#5 子ごころ親知らず
レイ、美波、そして男の子はレイの小屋に戻ってきていた。
「それで、何か思い出したんですか? ……まあ、その様子を見ると思い出したんでしょうけど」
何か思い詰めたような顔をしている男の子に、美波が問いかけた。
「はい……。全部思い出しました。俺の名前は川崎悠太。さっき行ったところは親父の事務所です」
「じゃあ、君は川崎組の組長さんの息子だった訳だ。それで、なんで君が銃なんて持って他の組に乗り込んだのかな?」
壁に寄りかかったレイが腕組みをしながら悠太に聞いた。
「俺はただ……親父に認めてもらいたかったんです」
「認めてもらいたかった?」と怪訝な顔で問いかける美波に対して、悠太は「はい……」と返事をすると話を続けた。
「俺は、たくさんの仲間を従える親父のことをとても尊敬していました。俺も強くなりたい。親父のように格好良くなりたい。それで、親父の真似事ばかりをしていました」
「暴力団の父親の真似事なんて、どうせ碌な事じゃないでしょうに」
「そんな事ない!!」
呆れ顔の美波に悠太は強く反論した。
「確かに、普通の人から見たら親父の組織は野蛮かもしれない。暴力行為だって日常茶飯事だった。でも、親父は弱きを助け強きをくじくを志に、たくさんの人を救っていました。俺はそんな親父が大好きだった……でも……」
悠太は歯を食いしばって目を伏せた。「でも? でもどうしたの?」とレイがさらに問いかける。
「俺も将来親父のようになりたい。親父の仕事を継ぎたいと伝えたんです。だけど『お前は気が弱いからこの仕事は向いてない。お前には無理だ』と突っぱねられました。俺、すごく悔しくて……。そんな時に思い出したんです。親父が山谷組の連中と揉めていたのを。山谷を懲らしめれば親父は俺のことを認めてくれるかもしれない。気づいたら事務所に隠してある銃を持ち出して、山谷組に向かっていました」
悠太の話を聞いて、美波はわかりやすくため息をついた。
「つまり、あなたの死亡現場は山谷組の事務所ということですね。事務所で銃を取り出したところ、きっと反撃されたんでしょう」
「たぶん……そうなんだと思います」
美波はレイに近づくと「こんな危ない子供、私、助けたくないんですけど。というかここで除霊した方が良くないですか?」と耳打ちをした。
「ふーん、そんなこと言ったら私も危ない子供だよ」
そう言ってレイは美波のことを払い除けると、悠太の方へと歩いて行った。それを美波が冷ややかな目線で追いかける。
悠太の目の前で立ち止まったレイは彼に問いかけた。
「それで君はどうしたいの? 君が今、一番やりたいことは何?」
「俺は、親父に認めてもらいたい。俺が気弱なヘタレじゃないってことを親父にわからせてやりたい……です」
「それじゃあ、もう一度行こうか。君のお父さんのところに」
再度、川崎組の事務所にやって来たレイたちは、悠太の父親を探しに美波を外に残して中へと入っていった。しかし、事務所の中には人ひとりおらず、レイと悠太はすぐに外へと戻って来ていた。
「誰もいなかった。さっき来た時、山谷組に乗り込むみたいな話をしてたからもう行っちゃったのかもしれない」
「それじゃあ、山谷のところに行ってみますか。悠太くん、あなた山谷の頭がどこにいるのかも覚えていますか?」
美波からの問いに、こくりと悠太が頷く。
「山谷の頭、山谷蓮は組の事務所か屋敷にいるはずです。親父からあいつは屋敷に居ること多いって聞いたことがあるから、親父たちはきっと屋敷の方に向かったはずだ」
「それじゃあ、屋敷に行ってみましょうか」
レイたちは山谷組の屋敷へと向かった。
「ここが、山谷組の屋敷です」
悠太に連れられて、レイと美波は屋敷の前へと到着した。建物は木製で味のある塀に囲まれており、上の方に立派な瓦葺きの屋根が見えた。
「来たのはいいですけど……どうするんですか?」
門の前で美波がレイに尋ねた。
「私と悠太くんで中に入る」
「中に入って?」
「中に入って…………」
「ちょっと、まさか考えなしでここまで来たんですか!?」
美波が驚きの声を小さくあげた。暴力団の屋敷の目の前でなるべく目立つ行動はしたくない。
「そ、そんなことない! 君も一緒に入って悠太くんの気持ちを悠太くんのお父さんに伝える! そうしたら悠太くんはきっと!……」
「はあ!? そんな簡単にいく訳ないに決まってますよ! ……レイって結構、後先考えずに行動するタイプなんですね。だいたい、こんな屋敷に私が入れるわけが……」
少し慌てた様子のレイに対して、美波は怒りと呆れが混ざった表情を見せながら、塀続きの門に手をかけた。すると、門が奥に向かって動き出す。
「あれ? 錠がされてない? なんて不用心な」
どうやら、内開きの門には鍵がされていなかったようだ。美波はいとも簡単に屋敷の敷地内に入ることができた。大きな踏み石でできた道を玄関に向かって進んでいく。
「こんな立派な屋敷に住んでいる組長さんなのに、警備の人もいないんですね」
そう言いながら美波はキョロキョロと辺りを見渡す。
「おかしい、いつもは門番が居るはずなのに。だから俺は屋敷を諦めて事務所の方に行ったんだ。そしたらたまたま……」
「待って、奥の方からなんか聞こえない?」
悠太の言葉がレイによって遮られた。耳を澄ませると屋敷の奥の方から、男たちの言い争う怒号が聞こえてくる。
「親父たちだ!」
悠太が走り出して玄関をすり抜けた。レイと美波もそれを追いかける。しかし、美波は玄関の引き戸によってその行手を阻まれた。
「流石に玄関の鍵は閉めてるか」
「それじゃあ、私は行ってるね」
顰めっ面の美波をよそに、レイは玄関をすり抜けようとした。
「ちょ……っと待ってください!」
「何?」
怪訝な顔で振り返るレイに、美波は人差し指を立てて言った。
「私は屋敷の周りから中に入れそうな場所を探します。万が一、悠太くんに何かあった場合は、すぐに外に出てくるなり、私にわかるように合図をするなりしてください。場合によっては強行突破しますから」
美波の言う『何かあった場合』は悠太が悪霊になってしまうことを指していた。美波とレイにとってはそれが一番最悪の事態であり、一番可能性が高い事象であると美波は踏んでいた。
レイは「わかった」と短く返事をすると、玄関をすり抜けて行ってしまった。それを見届けた美波はすぐに、屋敷の周りを走り始めた。
「親父……親父……親父……!」
悠太は言い争う声の聞こえる方へと壁をどんどんすり抜けて行った。そして、悠太はその声がする部屋へと辿り着く。
その部屋では対立する形で二つの組の大人たちが互いに睨み合っていた。畳張の部屋で紫色の座布団に座った初老の二人が、少し距離を取りながら対面している。その二人の周りで、厳つい男たちが対立する組織の男たちを睨み、睨まれ、怒号を飛ばし合っていたのだ。
一方の頬にガーゼを貼り付けた初老の男が、もう一方の初老の男に向かって銃口を向けていた。
「親父!」
「みんな静かにしろ!!」
銃口を向けられた男が出したドスの聞いた声で、周りの人たちが一気に静まり返る。その男の元へと向かっていた悠太も、彼の声を聞いて静止した。