#49 沈む
小屋の中で一人の幽霊少女がぼうっとしながら横たわっている。
小窓から見える外の景色は清々しく、自分の心とは対極的だ。いつもは心地よく聞こえる小鳥の囀りさえも、鬱陶しいノイズのように聞こえてくる。それを自覚し、死装束姿の幽霊少女——レイの気分はさらに落ち込んでいった。
「ハーピバースデートゥユー、ハーピバースデートゥユー……」
力のない声でレイが口づさむ。
四月十日。一年前のこの日、レイはカフェ陰陽の仲間たちと、ある青年の誕生日を祝った。偶然いたずらに入ったアパートの一室で出会い、幽霊と触れ合うことのできた不思議な青年。
彼と過ごした日々は短いながらとても楽しかった。でももう、彼は帰ってこない。楽しかったあの日々は、もう戻ってはこない。
アクタやマッチョは自らの道を進むために行ってしまった。春明やお嬢にだって、いつまでも迷惑はかけていられない。大切な仲間だと思っていたショタは、因縁の悪霊だった。
私はどうしたい? どこを目指している?
レイはそう自らに問いかける。
もう一度、カフェ陰陽で穏やかな日々を過ごすこと? それともやっぱり、自分の過去を紐解いて成仏すること? それとも…………
考えれば考えるほどにわからなくなっていく。深みに嵌っていく。まるで、暗い暗い闇の中に吸い込まれて入ってしまいそうになる。
そうだ、彼女はなぜ私を助けてくれようとしたのだろう。
レイは美波の姿を頭に思い浮かべた。いつも眉を吊り上げさせて、偉そうな事ばかり言ってくる彼女のことを。もちろん最初は、元GHであった彼女のことを警戒していた。それでも、彼女はレイのことを真剣に考えてくれていた。
レイは美波に心を許すようになっていたが、それでも素直に接することができたなかった。完全に心を許して仕舞えば、また離れ離れになった時に辛くなってしまうから。
ようやく……ようやく、彼女はレイの元から離れていった。しかし、レイの心の中でモヤモヤとした気持ちが大きくなっていく。
どうしてこんな気持ちに……
レイは飛び起きて、自らの頬をぱんぱんと二度叩いた。このまま、考えていたら気がおかしくなってしまいそうだった。
「うだうだ考えていてもダメだよね……私も行動に移さないと……」
レイは「ははっ……」と乾いた笑い声を溢して、小屋を後にした。
「いやー随分と歩き回っているが、やはり見つからないな。ハッハッハッ!!」
「そうだね。彼はそんな俺たちの様子を何処かから覗き見て嘲笑っているのかもね」
とある住宅街を、豪快な笑い声を上げるマッチョと真剣な顔つきで何か考え事をしているアクタが歩いていた。
「しかしあれだな! アクタ少年も一丁前に春明少年に気なんか使って。彼はそんなに迷惑だと思っていないと思うけどな!」
「いいんだ。確かに春明は俺たちのことを迷惑なんて思ってないと思う。だけど、彼は抱えているものが多すぎる。これ以上の負担を彼にかけたくないんだよ」
「そうだな! そのためにワタクシたちでショタ少年を見つけ出して、しっかりと叱りつけてやらなければな! ハハハ!!」
「ああ、絶対に見つけ出す」
アクタとマッチョは東京都を歩き回り、彷徨う幽霊たちからピエロに関する情報を集めていた。
聞き込みを開始してから幽霊に出会った数、二十八人。その内、ピエロに関する情報を持っていた人は三人。悪霊となり、話もできない状態だった人が四人。
ピエロに関する情報を持っていた人、一人目は、黄色のワンピースを着た若い女の幽霊だった。
二週間前ほどに東京の街を放浪中、ピエロに声をかけられる。その際、生前の記憶を想起させるような言葉を耳元で囁かれた。女は怖くなり逃走。しばらく付き纏われるも、諦めたのか最近はその姿を見ていないとのこと。
二人目は、ランニングシャツに半ズボン姿の小汚いおじさん幽霊。
こちらも二週間ほど前に、突如としてピエロが目の前に現れる。ピエロの話から生前ホームレス生活を送っていたことを思い出しひどく落ち込む。
それからは別れた妻の元にいる娘を一目見るために、心当たりのある場所を彷徨っていた。ピエロの姿を見たのは一度きりで、それからは彼の元にピエロは現れていない。
三人目は、花柄のシャツを着た小太りなおばさんの幽霊。
こちらの幽霊は半悪霊状態で錯乱していたが、アクタとマッチョが応戦。その後、かろうじて話を聞くことができた。
一週間ほど前、ピエロに唆されて、生前に嫌がらせをされていた近所のおばさんに復讐することを決意。アクタとマッチョが彼女に出会ったのは、まさに復讐を行なっている最中だった。復讐と言っても物を隠すなど些細なこと。悪霊としての害は大きいものではなかったが、二度とそんなことをしないようにアクタとマッチョは強く釘を刺しておいた。近所のおばさんへの復讐は切望していたものではなく、ただピエロに言われたからやったとのこと。彼女の本当の未練は覚えていないらしい。
彼ら三人から話を聞いて浮かび上がったピエロと接触した人の共通点。それは生前、何かに対して強い恨みや憎しみを持っていたかもしれない、ということ。
「ショタは意図的に悪霊を生み出していっている。どうしてそんなことをするんだろう」
アクタが考える。ショタはなぜ幽霊になってしまったのか。なぜ、悪霊としてあそこまで成長してしまったのか。そして、何を目的として行動をしているのか。
彼は悪霊となり、苦しむ幽霊の姿を傍観して楽しんでいるようだった。しかし、カフェ陰陽で実際のショタにあった時、彼の笑顔は貼り付けられたような歪さを感じさせるものだった。まさにピエロのように。
「君は一体、何を考えているんだ……」
「きゃーーーーー!!」
アクタが目線を下げて考え事を続けていると、向こうの方から悲鳴が聞こえてきた。若い女の鋭い悲鳴が。
「おい今の声……アクタ少年、ちょっと見にいってみよう!」
マッチョの提案に、「ああ」とアクタは短く返事をした。
悲鳴が聞こえてきた方へと向かったアクタとマッチョは、路地に倒れる若い女の幽霊を発見した。そして、女のすぐ手前には、白いトレンチコートを着た男の後ろ姿が。
彼は鎖に繋がれた鉄球の神器を持っていた。その鉄球には複数の棘が付いている。おそらく、中世ヨーロッパで使われていた武器『モーニングスター』を模した物だろう。
「こんなのを振り回してるところ、誰かに見られたらあまり良くないからさ。すぐに楽にしてやる」
そう言って男が鉄球を振り被る。その瞬間、マッチョが女のところへと走り込み、カーディガン姿の彼女を抱きかかえた。マッチョは鉄球が彼女に向かって叩きつけられる直前に、それを回避することに成功した。
「大丈夫か!! カーディガンの少女!!」
「うわっ、新手の幽霊かよ」
驚いた様子のGHの男が、左手できつくパーマのかかった髪を掻き分ける。口元と顎には短めの髭を生やし、整った顔立ちの彼は続けて呟いた。
「あれ? この幽霊、除霊禁止令の出ていたマッチョの幽霊じゃないか?」
そう呟いたのち、彼は後ろに気配を感じて咄嗟に振り返った。
アクタがGHの男のすぐ後ろで拳を構えている。その姿を見て、男は目を丸くしながら、腕を体の前で構えて防御姿勢をとった。アクタの拳はGHの男の腕に直撃し、そしてすぐにすり抜けた。
アクタはその勢いのまま、男の体をすり抜けてマッチョの隣に並んだ。一瞬当たったアクタの拳によって、男の腕には瞬間的に痛みが走り、「くっ」と声を漏らす。
「まさか、こんなところでGHに出くわすとはね」
「いや、本当に。間一髪だったな。ハハハハハ!!」
女は声も出さずに、マッチョの腕の中で震え続けている。相当怖い思いをしたのだろう。
「は……ははっ」
力の抜けたような笑い声を出すGHの男は、左手で目元を覆いながらゆっくりとアクタの方へ振り返った。アクタはすぐに攻撃に移れるよう、拳を構える。
「まさか、こんなに早く会うことになるなんてな……俺はなんて不運なんだ。久しぶり……だな、涼夜」
GHの男はそう言って左腕を下げながら、アクタのことを真っ直ぐに見つめる。そんな言葉をかけられたアクタは、「は?」と困惑の声を漏らした。




