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#46 Aster

  窓もない小さな部屋。角に置かれている縦長の四段ラックには、細かなトレーニング器具が並べられてあり、他に余計なものは一切ない。部屋の隅に置かれた真っ白で素朴なシングルベットでは、黒色のジャージを着た一人の青年が、すやすやと眠っている。


「ゼロ! 起きて!」


 ドアも開けずに透過して部屋に入ってきた腕なしの幽霊が、ベッドで眠る青年にダイブした。


「うわっ、びっくりした。……どうしたの? ポルコちゃん」


『ゼロ』と呼ばれた青年は眠そうに、くまのついている目を擦りながら、身体を起こした。

 ゼロの膝の上で座るポルコが、彼に満面の笑みを向ける。


「朝だよ。早く来て」


 ゼロはポルコに急かされると、ゆっくりとベットから降りて部屋を移動した。

 ゼロたちが入ってきた部屋は、先ほどの部屋同様に窓はない。しかし、先ほどの部屋よりも少し広く、部屋の真ん中にはダイニングテーブルが置かれ、角には簡易的なキッチンもある。

 テーブルの上には食パンと焼きベーコン、そして少し不恰好な卵焼きが、ワンプレートに収められ、二食分置かれている。それらは湯気とともに食欲のそそる匂いを昇らせ、でき立てだからすぐに食べてくれと主張しているようだった。

 テーブル席には、白衣を着た金髪おかっぱが座っていた。彼がゼロに爽やかな笑顔を向ける。


「やあ、おはよう相棒!」


「おはようございます。……こんなにしっかりとした朝食、珍しいですね」


 すると、キッチンの方から灰色の着物を着た、ギャル風の幽霊がニコニコしながらやって来た。


「今日はね、なんとポルコちゃんが作ってくれたんだよ! すごいでしょ! ゼロちゃんと累さんのために作ったんだよ」


 灰色の着物の幽霊——星奈はゼロに向かって楽しそうに話した。どうやら、ポルコがポルターガイストの力で材料や料理器具を動かして作ってくれたようだ。

 

「一所懸命作ったんだよ。どうかな?」


 ポルコが星奈の影から恥ずかしそうにゼロを見上げる。


「うん。とっても美味しそうだ」


 そう言ってゼロは白衣の男——累の対面に座った。そして「いただきます」と手を合わせると、箸を手に取り卵焼きにかぶりつく。


「甘くて美味しい。とても良い味付けだよ」


 ゼロの言葉を聞いてポルコは恥ずかしそうに笑みを溢した。


「うん、実にトレビアン! 幽霊が作った料理の中では間違いなく上位に入る美味しさだろう!!」


 累がまるでミュージカル俳優のように叫ぶと、ポルコはスンと真顔になった。


「なんで私にはそんな反応!!?」


 衝撃を受ける累に、星奈はジト目を向ける。


「感想が大袈裟でわざとらしすぎるんだよ。もっとゼロちゃんみたいに温かい言葉で伝えなきゃ」


「なっ! それはすまなかった。美味しいというのは本当だよ」


「だってさ。よかったね。ポルコちゃん」

 

 星奈がポルコに笑顔を向けると、「うん」とポルコも笑顔で返事をした。




「……大輝さんはどこにいますか?」


 朝食を食べ終わったゼロが、累に問いかけた。


「ああ、彼なら《《上》》にいるんじゃないかな?」


「わかりました」


 ゼロは部屋から出ると、細い廊下を進んでいき階段を登った。そして目の前に現れた扉を開くと、そこには森が広がっている。鳥の鳴き声や川の流れなど、自然の音が鼓膜を心地よく振動させる。

 ゼロが辺りを見回すと、少し離れたところで、白いトレンチコートを着た大柄な男が真っ黒な棘棍棒を振るっていた。


「精が出ますね、大輝さん」


 大輝は棍棒の素振りを止め、ゼロの方へと振り向いた。それと同時に黒い棘棍棒はオーラが発散するように消えていく。


「なんだ、お前か。なんか用かよ」


 そう言うと大輝は近くにあった自分の身長ほどの大きな岩に飛び乗り、片膝を立てて座り込んだ。


「君が美玲を捕らえて来たんですね。……少しは心の整理が着きましたか?」


 ゼロはそう言いながら、大輝が座る岩に軽く寄りかかった。


「さあ、たぶん着いてねーよ。けど、それは美玲を殺したところで着くもんでもねーと思う。きっといつまでもモヤモヤが残って、途方もない憎しみに溺れ続けるんだ。自我を失った悪霊が暴れ狂う訳だよ」


 大輝が気だるそうに「はあ」とため息を吐く。


「君も以前、何度も自我を失いかけてましたけどね。君は悪霊の亜種なのか、亜種じゃないのか。僕はよくわかりませんよ」


「あれはそのー、あれだよ! ついカッとなっちまって、決して自我を失って暴走していた訳じゃねーからな! 決して!」


 大輝は腕を振って必死に言い訳をした。けれどすぐに、「その……レイを襲っちまったのは本当に悪かったよ」と反省の意をみせる。そんな大輝の様子を見て、ゼロは笑みを溢した。


「まあ、最近は感情のコントロールもできているようですし、良い傾向です。……トレーニング中、邪魔をしてすみませんでした」


 ゼロが扉に向かって歩き始めた。大輝は立ち上がるとひょいと岩から飛び降りる。


「お前のその気持ち悪い言葉遣い……まあ、もう慣れてきたけどよ。……俺は最後までお前について行くからな! お前のおかげで、今の俺があるんだ」


 大輝の言葉を聞いてゼロは少しだけ振り返った。そして「ありがとう」とだけ言うと扉の中へと消えていった。大輝を見るゼロのその目はとても優しかった。




 ここはとある森の中にある地下室。ダイニングテーブルのある部屋に累、ゼロ、大輝、星奈、ポルコが集まった。累とゼロはテーブルの椅子に座り、他の三人は近くに立っている。この空間に何処となく張り詰めた空気が漂う。


「この前、ユアームーブに動画を投稿してから五日。私のアカウントが削除された。きっと今頃、GHでは騒ぎになっているだろうな」


 累が皆んなに向かって話した。


「せっかく、登録者増えてきてたのに、もったいなーい。ゼロちゃんも頑張ってたのに」


 そう言って星奈が残念そうに肩を落とした。


「そうですね。ちょっと寂しいような気もします」


 ゼロは少し懐かしむように笑みを溢した。彼にとっても、このアカウントは撮影や編集など、それなりに思い出が詰まっていた。


「確かに、私の美声が皆に届くことがなくなるのは、少し心苦しい。だが、このアカウントは大いに役目を全うしてくれた。君にも本当に感謝するよ、相棒」


「いえ、感謝するにはまだ早いですよ、累さん」


「……そうだな。ここからだ」


 累が肘を机につき、目を瞑りながら組んだ手を自らの額にくっつける。


「いよいよ、やるんだな」


 大輝は覚悟を決めた顔をした。

 累がゆっくりと目を開く。


「ああ、私たち『Aster』はGHの無力化、そして()()()()()()()使()()()()()()()べく行動を開始する」


 累の言葉に、ゼロ、星奈、大輝は静かに頷いた。ポルコは、不安そうな顔でゼロのことを見つめる。


「大丈夫。僕たちならできるよ」


 ゼロは、そんなポルコの頭を優しく撫でた。


 


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