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#45 正義

 美玲が上方向に振るった刃に、突然押さえつけられるように黒い棘棍棒が振り下ろされた。

 美玲は腰を落とし、刀を持つ腕に目一杯、力を集中させる。

 このままでは刀が弾かれてしまう。悪霊は吹き抜け部分から落ちてきたようだ。一体何者?

 自分と同じ、白いトレンチコートを羽織る身体が視界に入った美玲は、動揺の視線を刀から上方向に向けていき、悪霊の顔を確認した。


「そのトレンチコ————」


 美玲は悪霊の顔を見て、言葉を失った。

 髪の毛をかき上げて露わになっている額からは、黒く鋭い二本の角が。そして襟足は肩の辺りまで伸びている。男前な顔立ちをしたその顔を、往年、美玲はよく眺めていた。一時いっときも忘れはしない、その顔は……


「どうして……どうしてあなたがここに居るの? 大ちゃん」


「……だから、その呼び方をお前がするな」


 力が抜けた美玲の手からは、簡単に刀が弾かれた。そして、それはカランと音を立てながら向こうの方に落ちていった。

 美玲はその場にへたり込んだ。顔の前に棘棍棒の先が向けられる。

 ポルターガイストの館で報告のあった、大鬼の悪霊。その正体は美玲のかつての同僚である、如月きさらぎ大輝だいきであった。彼の額から生えている二本の角からは悪霊特有の黒いオーラが滲み出ている。


「幽霊になってたの? どうして……なんで……だってあなたは……」


 美玲が涙声で呟く。


「あなたはそれを狩る側の人間でしょう?」


 美玲は目をぎゅっと瞑り、涙を溢れさせた。


「今でも瞼の裏には、あの時の光景が鮮明に焼き付いてる。桃子が消えたあの日の光景が。……俺はお前を許せない」


 大輝は棘棍棒を振り上げ、美玲に向かって振り下ろした。その瞬間、美玲は神器の顕現を解除して、すぐに自らの手に再顕現させた。そして棘棍棒を刀の峰で受け止める。


「だめだよ大ちゃん。……私が……私が今、除霊してあげるから。せめて、私が!!」


 美玲は棘棍棒を弾き返すと、華麗な剣捌きで大輝に向かって何度も何度も切り掛かった。それを大輝は棘棍棒で受け止め続ける。


「くそっ」


 大輝は眉間に皺を寄せ、顔を怖くさせた。彼の黒いオーラは、額の角からだけでなく、だんだんと体からも立ち込めさせてきている。


「鬼ちゃん! 憎しみに呑み込まれないで!! 暴走したら、またゼロちゃんに怒られちゃうよ!! どうどーう」


「うるせぇ星奈、わかってる!」


 大輝は着物の幽霊から飛ぶ宥めの野次に、イラつきながら叫んだ。

 美玲の刀はどんどん速さを増していく。美しく長い黒髪を乱れさせながら、次々に切り掛かっていく。


「大ちゃんがこれ以上悪さをしないように! 罪を重ねないように! ここで私が! 私が!!」


 棘棍棒で防ぎきれなかった太刀が、大輝の腕を擦り、そこから煙のようなものが上がっていく。痛みが走り、大輝は「チッ」と舌打ちをした。


「大ちゃんは警察官なんだよ! ぶっきらぼうだけど優しくて、皆んなを守るかっこいい人なの! 正しいことをするかっこいい人なの! これ以上、大ちゃんを汚させはしない!!」


 美玲はそう叫ぶと、刀を高く振り上げて、そのまま真下に振り下ろした。大輝はそれを頭上で横に構えた棘棍棒で受け止める。


「お前の勝手な理想を押しつけるな。俺が守るのは、俺にとって大切な人だけだし、かっこよくもなんともない。何が正しいことなのかすらわかってない」


 そういって大輝は棘棍棒を弧を描くように振り上げた。ガキンと音を立てながら刀は弾かれて、美玲の手から離れ、飛んでいく。


「だけどな……これが、俺にとっての正義なんだよ!」


「ああ——」


 大輝は美玲の体に横から薙ぎ払うように棘棍棒を打ち付けた。その衝撃で美玲の躯体は、くの字に曲がり、そのまま倒れていく。

 美玲は幽霊対策局に自分が配属された時のことを思い出した。


『はっ、はじめまして! 本日付けて、この局に配属されました。斉藤美玲です。よろしくお願いします!』


『俺は如月大輝だ。あー、わからないことがあったら、なんでも聞いてくれていいから。幽霊退治、頑張ろうな』


 そう言って少し恥ずかしそうにだけど、あなたは私に握手の手を差し伸べてくれた。何もわからない私に色々教えてくれた。辛い時、私の愚痴を聞いてくれた。

 ああ、大ちゃん。私はずっとずっと、あなたが大好きでした——




 着物の幽霊と大輝は、涙を流しながら横たわる美玲の元へと近づいた。


「ちょっと、鬼ちゃん。殺したんじゃないでしょうね」


「大丈夫だ、気絶してるだけだよ。連れ帰るぞー」


 大輝が頭を掻きながら、気だるそうに返事をする。


「なら、いいんだけど。……ん?」


 着物の幽霊は、床に落ちているスマホが振動していることに気がついた。どうやら美玲のコートから落ちてしまっていたようだ。何処かから着信が入っている。


「どーする? これ」


「放っておいていいだろ、さっさと行くぞ」


 大輝が美玲の体をひょいと担ぎ上げた。


「おお! さすが悪霊の亜種! 力持ちだねぇー。よく憎しみに呑まれて暴走するけど」


「うるせぇ」


 着物の幽霊と大輝は、ショッピングモールの廃墟から去っていった。




「美玲さん、出ないな。……まあ非通知だし、仕方ないか」


 美波は荷物をまとめると、ネットカフェを後にした。




「だめっす。斉藤さん、連絡つかないっす」


 GH本部では、ちょっとした騒ぎになっていた。美玲が連絡も付かず、忽然と姿を消した。

 GH局員の立て続けの失踪に渡辺明日香は苛立ちを見せていた。


「だあー! どうなってんだよ! 鏑木さんに続いて、斉藤まで。おい、浜辺! お前、斉藤と一緒にいたんだよなあ!」


「一緒にいたっすよ。 でも、幽霊二体を見つけて、それを二手に分かれて除霊しに向かったんっす。でも、俺は幽霊を見失っちゃったからすぐに連絡入れようとしたんすよ」


「デモ繋ガラナカッタト。コレハ神隠シカ何カカ? 全ク、面倒事ハヤメテホシイヨ」

 

 ケビン・舘脇はやれやれといった様子でスマホの画面に目を向けた。


「ポルターガイストの館で、天馬から報告のあった天狗の仕業か? あいつ姫川のことを連れ去ったんだろ?」


「そうなんすかね、正直、わからないっす」


「ン……ンーー?」


「このままだと、GHもどんどん人がいなくなっていっちまう。てか今、全員で何人いるんだ?」


「局長、副局長、俺、渡辺さん、ケビンさん、天馬さん、カモクちゃん、宇和さん……あれ? これしかいないっすか?」


「ンンンン!! ア、ア、ア……」


「八人か……これ、新しい人が入ってこないとまずいんじゃないか? てか、宇和さんはいつまで戻ってこないんだよ!」


「さあ。俺、あの人とあまり話したことがないからなんともっす……」


「アアアアアア!!!!」


「ケビン!! さっきから『あーあーあーあー』うるせーぞ! スマホなんて見て何やってんだ!」


「チョット、コレ見テヨ! コレ!!」


 ケビンが慌てふたむきながら、スマホの画面を明日香と圭に見せた。二人はスマホの画面を覗き込む。



『どうもー、海族の皆様ー! ワカサギマッチョくんです! 今回は都市伝説企画、秘密組織「ゴーストハンター」の謎について迫っていきたいと思います』


 動画を見る明日香が「ああ? なんだこれ」と顔を顰める。画面の中では、白衣姿で気持ちの悪いお面を被った男がどこかの小部屋で話している。動画は続いていく。


『まず、皆様は幽霊の存在を信じていますかー? うんうん、信じてない? 信じてる? 怖いですよね。おしっこちびりそうになりますよね。……ここで断言します。なんと幽霊はこの世に存在しています』


 ワカサギマッチョくんが画面に近づいて人差し指を立てた。動画は続く。


『そして、私は……私たちは、その幽霊を駆除……いわゆる除霊をする組織、幽霊対策局こと「ゴーストハンター」なる存在があることを突き止めました』


 ワカサギマッチョくんが手をパチパチと叩き、高速で拍手をする。動画は続く。


『ゴーストハンターは皆様のことを幽霊から守る正義のヒーロー!! ……というわけでもなく、脅迫や器物損壊、そしてその隠蔽……さらには殺人なんかまで犯しているヤバい組織らしいんです』


 明日香が「おい、なんだこれ、どういうことだよ」と声を上げる。動画は続く。


『そこで私たちはその実態を探るべく、ゴーストハンターたちに直接話を聞いてみることにしました。すでに、何人かと接触済みなので乞うご期待!! っとここで

海族の皆様に重要なお知らせがあります。先ほどから「私たち」という発言をしていますが、私たちは次回の動画からグループユアームーバーとなります!! そこで、私もキャラチェンジを』


 ワカサギマッチョくんは後ろを振り向くと、魚のお面を外して、違うお面に付け替えた。彼は再び前を向く。白い天狗の面を付けて。


『私、ワカサギマッチョくん改め、白天狗くんは、ギャル、大鬼、ポールターガイスト、と共に「Aster」というグループを結成いたします!!』


「ギャル、大鬼、ポルターガイスト……これって……!!」


「アア、ポルターガイストノ館ニテ、花蓮、オクシラリーカラ報告ノアッタ幽霊ト、同ジ特長ダ」


 目を見開く明日香に、真面目な顔でケビンが答えた。圭は「姫川さんを連れ去った奴らってことっすか」と引き攣った笑顔で動画を見続ける。


『そして! 私たち「Aster」は、これより本格的にゴーストハンター狩りを行う!』

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