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#44 シシャ

「君は天池達海に、何を吹き込まれた?」

 

 白衣の男が春明を睨みつけながら、しかし口角を少し上げながら言った。


「……質問の意味がわかりませんね。あなたはその……天池と知り合いだったんですか?」


 春明は眉根を顰めたままに、一瞬言葉を詰まらせてから尋ね返した。張り詰めたような緊張感が二人の間に漂っている。


「おい、とぼけるなよ。天池達海から私のことも聞いていたんだろう? だから、君は私が来た時に、そんなにも警戒した」


 白衣の男は揶揄うように、さらに春明のことを挑発する。鼓動が速るのを感じながら、そんな彼の意図には乗せられまいと春明は慎重に言葉を紡いでいった。


「さあ、あんたのことなんて知らないな。そもそも天池は去年の六月にこの世を去った。それまでに、あんたみたいな知り合いが居るなんて聞いたこともない」


「へぇー。もし……天池達海が幽霊になっていたとしたら? 君はつい最近にも彼に会ったはずだ」


「だから! 俺は知らない!! あいつは幽霊になんてなっていない!!」


 春明は声を荒げ、下を向きながらキッチン台を拳で叩きつけた。そんな春明のことを白衣の男は真っ直ぐに見る。


「どうして幽霊になっていないなんて言い切れる。幽霊の存在を認知している君が。天池達海という男が幽霊になっていても全然不思議ではないだろう? それとも、君は彼が別の何かになってしまったことを知っているのかい?」


 男の言葉に春明は体を震わせながら、キッチン台を睨み続けた。その震えは恐怖によるものだけではなく、まるで怒りをも感じさせるものだった。

 白衣の男がカウンター越しにチラリとサイフォンの方に目をやる。


「コーヒー、落ち切っているよ」



 白衣の男は、春明から差し出されたコーヒーを味わうことなく、クイっと飲み干すと、再び春明に話しかけた。


「君はあくまでしらばっくれたままでいるつもりなんだな。まあいい、私は()()()の邪魔さえしなければ、もう何も言わないよ。彼には彼の使命がある」


 そう言って白衣の男はカウンターにコーヒーの代金を置いて立ち上がった。彼はそのまま出口に向かって行き、ドアに手をかける。


「コーヒーごちそうさま。美味しかったよ」


「待て」


 春明は、店を出ようとする白衣の男を呼び止めた。


「あんた、なんで俺を探るような真似をした? あんたの目的は? あんた一体何者なんだよ!?」


 不安げな表情で捲し立てるような春明の問いに、白衣の男が出口を向いたまま乾いた笑い声を上げる。


「やれやれ、質問が多いな」


 何も言わずに自分のことを見つめたままでいる春明に痺れを切らし、一つため息を吐いた白衣の男は、静かに口を開いた。


「……仕方ない、一つだけ答えてやろうか」


 男が春明の方へ振り返り、ニヤリと笑う。


「私は死者の魂をあの世へと導く者。…………そうだなぁ……君たちがよく言う死神ってやつさ」


 白衣の男はドアを開くと「これ以上は深入りをするな。でなければ痛い目を見ることになるよ」と言い残して、去っていってしまった。

 春明が大きくため息を吐き、誰もいなくなったドアから床へと視線を落とす。


「一体、あんたらはなんなんだよ。なあ、天池」




 美波は都内のネットカフェを訪れていた。この場所は、美波がGHから逃げ出し、寒さを凌ぐためにしばし寝泊まりしていた場所でもある。

 灰色のブラウスと白のパンツを着用し、そして、あまり目立たぬように黒のキャップとサングラスを身につけて入店した美波は、部屋に入るなりキャップとサングラスを剥ぎ取った。

 少し硬めのリクライニングチェアに腰掛け、早速コンピューターの操作を始める。


「橘家に関する記事は……」


 美波は検索バーに『橘家 死亡』と入力してマウスをクリックした。画面上には検索結果の一覧がずらりと並ぶ。


「うーん。これといった記事はなさそうだなあ」


 画面に映る文字を眺めながら、下へ下へとスクロールしていった。

 死装束の半悪霊“レイ”は、橘の一族なのではないかと考えた美波は、生前のレイに関する記事がSNS上に載っているかもしれないと調べようとしていた。しかし、検索で出てくる記事は関係のなさそうなものばかり。

 次に美波はこう検索バーに入力した。『橘凛たちばなりん 娘』と。

 橘凛は現警察庁長官であり、幽霊対策局《GH》副局長“橘麻里香”の父親である。

 検索した結果、やはり目ぼしい記事はなく、彼には二人の娘がいるということがわかっただけだった。


「さすが警察庁長官。不要な個人情報が出回らないようにしっかりと対策してるんだなぁ。……橘の人間が若くして死んだ、なんて情報もないし。やっぱり私の勘違いかなぁ」


『橘凛 娘 死亡』 クリック。そして下へとスクロール。


「娘が二人……一人は副局長だとして、もう一人は何をしている人なんだろう? …………ん?」


 美波は一つの検索結果を見てスクロールの指を止めた。


「『都市伝説 呪われた家族 警察庁長官の家族は殺されている』?……これって」


 美波は固唾を呑み、リンクにカーソルを合わせてクリックした。


『404 Not Found』


 真っ白な画面に表示された黒文字を見て、「だあーーー」と叫びながら美波は頭を抱えた。


「でも、こんな記事があったってことはやっぱり……。火のないところに煙は立たないなんて言葉もあるくらいだし。でも、ふざけ半分で面白おかしく記事を書く人だっているからなぁ」


 美波はキーボードに伏してから少しだけ顔を上げた。


「幽霊対策局……ゴーストハンター……ね」


 美波の頭には、GH本部で最後に見た霊魂だらけの部屋の光景が浮かぶ。

 あの部屋はなんだったのだろう。単なる霊魂の保管場所? それにしては大それた装置のようなものがいくつもあった。GHはあの部屋で何をしようとしているのだろうか。幽霊を狩って集めた霊魂をどうするつもりなんだろうか。


「ただの『幽霊から皆んなを守る正義の組織』って訳じゃない気がするんだよなあ」


 次第に美波の疑問は、探究心へと変化していく。GHに手を出すことは、自分にとってもレイにとっても危険なことだと頭ではわかっている。でも、それでも——


「調べてみるか……GH」


 そう美波は呟くと、徐にポケットからスマホを取り出した。GHの局員で連絡先を唯一知っている人物。


「連絡とってみるか……元気にしてるかな、美玲さん」


 こちらは幽霊対策局から逃げ出した身。ましてや同僚を殺したとされている天池達海を逃してからの逃走だ。きっと美玲だって怒っているだろう。でも、バディを組んでいた彼女なら、少しは耳を傾けてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱く。


「よし」


 美波は意を決して、通話画面をタップした。




 美波が美玲に電話をかける少し前。美玲は都内の住宅街を走っていた。同僚の浜辺圭と共にパトロール中、二体の幽霊を見つけたのだ。

 一体は黒のレースを来た小柄な幽霊。もう一体は、灰色の着物を着た幽霊。幽霊たちはGHに気がつくと二手に分かれて走り出した。

 すぐに美玲と圭も二手に分かれて幽霊を追いかける。

 そして、美玲はあるショッピングモールの廃屋にまでやって来た。

 一階から三階まで吹き抜けになった広い空間。床にはコンクリートの塊が散見される。上を見ると天井は崩れ、そこから外の明かりが差し込んでいた。近くには、もう動くことのないエスカレーターがある。

 美玲がトレンチコートのポケットから呪符を一枚取り出すと、それを廃屋の壁に貼り付ける。そしてすぐに、指にはめられた虹色の指輪から刀の神器を顕現した。


「うふふ、逃げられると思ったのかしら? 残念だけど袋のネズミよ。出てらっしゃい」


 すると、灰色の着物を着たギャル風の女が柱の影から顔を覗かせた。


「ありゃりゃ、追いつかれちゃったか。でも残念なのはそっちだよ。誘い込んだのはウチの方なんだから」


 着物の幽霊が美玲に向かって手を伸ばす。


「鷹!」


 彼女の掛け声と共にどこからともなく現れた鷹の式神が、美玲に向かって滑空しながら突進してきた。

 美玲は鷹に向かって逆袈裟斬りで刀を振るった。鷹は翼をはためかせながらそれを避けると、吹き抜けを通して上へと飛んでいく。

 飛んで行く鷹を視線で追いかけた次の瞬間、美玲の首筋に一瞬だけヒヤリと冷たい感触が伝わった。着物の幽霊の手が美玲の首に触れている。

 しまった、鷹に気を取られている間に隙を見せてしまった。と、美玲は少しだけ顔を引き攣らせた。


「我、この者の動きを封ずる、急急如律令」


 着物の幽霊が呪文を唱えると、美玲の体は金縛りにあったかのように固まってしまった。

 着物の幽霊が美玲の首元から手を離し、「ふー」と一仕事終えた時のように、額の汗を拭うような動作を見せる。すると、先ほどの鷹が空から舞い戻り、着物の幽霊の肩に止まった。嘴で羽づくろいを始めた鷹の頬を、着物の幽霊が「よーし、いい子だ」と言いながら指先で軽く撫でてやる。

 美玲は目の前の灰色の着物を着た女幽霊をまじまじと見た。体が固まってしまったといっても、眼球は動かせた。

 彼女の着物の胸元には五芒星の紋章があしらわれている。ウェーブの掛かった茶髪でギャルのような風貌。そして、先ほどの鷹の式神。おそらくこの娘は、ポルターガイストの館でオクシラリーから報告のあった幽霊だろう。陰陽師の力を使う謎の幽霊。


「あー、あー」


 美玲は声を出せるかどうか確かめると、着物の幽霊に向かって話しかけた。


「あなた、悪霊の亜種かしら? 私をどうするつもり?」


 その言葉を聞いて、着物の幽霊は「あはは」と笑う。


「嫌だなー。ウチは悪霊じゃないよ。ピチピチの善霊でーす。君をどうするかっていうのは、うーん。捕える? 無力化する? だからさ……」


 美玲がひっそりと腕に力を込め続けた。この幽霊が掛けた拘束力は、どうやらそんなに強いものではないようだ。体が少しづつ動いていく。


「だからさ、殺しちゃだめだよ。鬼ちゃん」


 美玲の拘束が解けて、彼女が刀を振り上げようとしたその瞬間。建物の吹き抜け部分から、額に角を生やした悪霊が降ってきて、美玲の刀に向かって真っ黒な棘棍棒を振り下ろした。

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