#43 来訪
大阪国際空港で飛行機に乗ったレイ、美波、春明、お嬢は東京へと到着した。
飛行機から降りると、ターンテーブルから荷物を受け取り、出口に向かって歩みを進める。
「そうだ春明、お嬢。ショタには会えたの?」
レイは前で並んで歩く春明とお嬢にそう問いかけた。
「……ピエロ姿の分身体には会えたが、まともに話はできなかったよ。レイは?」
「私は分身体にすら会えなかったよ」
「そうか。まあ、嫌でもそのうち向こうから顔を出すだろうよ。なんてったって、あんたはあいつにとって優秀な演者らしいからな」
「そうだね。じゃあその時はうんと叱りつけてやらないとだね」
「ですわね。私も言ってやりたいことがたくさんありますわ」
春明、レイ、お嬢はそんな会話を交わしながらクスッと笑う。
「それじゃあ、私はもう行くよ。次に調べてみたいことがあるんだ」
「そうか。俺はとりあえずカフェ陰陽の営業を再開するよ。困ったことがあったり、疲れちまった時はいつでも帰ってこいよ。待ってっから」
春明がレイに優しく笑いかける。
「北山、レイのことをよろしく頼む」
「任せてください」
美波はサングラス越しに春明の瞳をまっすぐに見つめながら、右手で握り拳を作って自らの胸を叩いた。
「それじゃあ、行こうお嬢」
「ええ、また顔を見せに陰陽に来てくださいまし。必ずですわよ」
空港の入り口でレイと美波、春明とお嬢は別れた。
カフェ陰陽に帰ってきた春明は、二階の仏間に行き、明宏の仏壇の線香に火をつけた。そしてリン棒で軽くリンを叩き、目を瞑って手を合わせる。静寂の中、リンの澄んだ音色が長く続く。
「悪い祖父さん、桔梗のやつを祓えなかった。……仇、取れなかった。あんな姿を見せられっちまったらさ、どうにもできねぇよ。本当の悪を……昔の陰陽師たちを裁くことはもうできない。どうするのが正解だったんだろうな」
春明は手を合わせるのをやめると、ゆっくりと目を開いた。
「これからは、細々とカフェ陰陽の経営をやっていくよ。俺の代でこの店を畳む訳には行かねえからな。この場所が、彷徨う幽霊たちの拠り所となれるように。それにあいつらの面倒もなるべく見てやらないとだしな。あとは……橘とショタのことも……きっちりと向き合わないと」
それから春明はカフェ陰陽のリフォームに取り掛かった。とは言っても、元の状態に戻しただけではあるが。
GH襲撃によりボロボロとなってしまった床や壁はすっかり綺麗になった。
空港からレイの小屋へと戻ったレイと美波は、話し合いをしていた。
「さて、どうしましょう。っていうか本当に調べたいことなんてあるんですか? 正直振り出しに戻ったような気もするんですけど」
美波がレイに向かって、訝しげな表情を見せる。
「……春明にこれ以上は迷惑をかけられないから。ただの別れの口実だよ」
「なーんだ。そんなことだろうと思いましたよ」
レイの言葉を聞いて、美波は小さな机に項垂れた。
レイの生前に関する情報は一切なし。頼みの綱であるショタも、何処にいるかわからない。暗闇を闇雲に探すような作業をするしかないのだろうかと、美波はため息を吐く。
「でも、調べてみたいことがあるって言うのは半分本当だよ」
「なんですか! 何か心当たりがあるんですか!?」
レイの発言を聞いた美波は勢いよく顔を上げた。そして早く返答をよこせとばかりにレイの顔を凝視する。
「君のがいた組織について、少し調べてみたい」
レイはそう言って美波のことを真っ直ぐに見つめ返した。
「GHですか? でもなんでまた……」
「GHのカモク? って女が、達海が通ってた大学で私に向かって言っていたことを思い出したんだよ。『君のお姉さんにもよろしく言っておくよ』って。彼女は私の家族のことを知っているのかもしれない」
「カモクちゃんですか……。彼女、無口だったので全然プライベートのことがわからなかったんですよね。……レイのお姉さんと交友関係があったのでしょうか……」
美波があごに手を添えて考える素振りをみせる。そして少しすると、彼女は「あっ」と声をあげた。
「どうしたの」
「あの……いえ、でもまさか…………」
「もったいぶってないで、早くいってよ」
レイが美波に顔を近づけて催促すると、彼女は話を始めた。
「今思ったんですけど、レイの顔が副局長に何処となく似ているなと」
「副局長って、GHの?」
「はい」
美波がそう返事をした瞬間、
「にゃー!」
甲高い鳴き声と共に、三毛猫が美波に向かって飛びかかった。美波はその出来事に一瞬で反応して、鮮やかに猫の首根を掴み、抱き寄せた。
「猫? どうしてこんなところに……。君は何処から来たのー? 迷い猫ちゃんですかぁ?」
甘い声を出しながら、暴れる猫の顔に頬を擦り付ける美波を、レイは冷ややかな目で見た。それに気がついた美波が「んんっ」と咳払いをする。
「野良猫ですかね?」
「さあ」
「この猫ちゃんに行く宛はあるのでしょうか?」
「さあ」
「…………この猫ちゃん飼いませんか?」
「私、君一人の面倒を見るので手一杯なんだけど……」
「誰がペットじゃ」
美波はとぼとぼと歩いて小屋の入り口まで行き、猫のことを手放した。猫は足早に去っていく。
「ばいばい、可愛い猫ちゃん」
「……それで、話を戻すけど、その人が私のお姉ちゃん?」
レイが呆れた様子でため息を漏らしながら、脱線していた話を戻した。
「わかりません。……『橘麻里香』と聞いて何か思い出しませんか?」
レイは頭を捻らせたが、どうにもピンとはこない様子であった。
「…………全然知らない」
「それじゃあ、私の思い違いだったかもしれないです」
「……『橘』って警察組織の家系だよね。ってことはその人が私のお姉ちゃんなら私は橘の人間だったってこと?」
「そうなりますね。お嬢様じゃないですか。……確か、副局長には双子の妹がいるって聞いたことがあるような気がしますが…………家族が死んだなんて聞いたことはないですね」
「それじゃあ、その……麻里香ってどんな人なの?」
「すごく堅実な人なんですけど……私の印象はとても冷たい人って感じがしましたね。目的のためなら仲間でも平然と切り捨てるような。……私の勝手なイメージですけどね」
「……だめ、全然思い出せない」
レイが首を激しく横に振る。
「やっぱり、私の勘違いかもしれないですね。……でも、カモクちゃんがレイのお姉さんと知り合いなことは確かなんですね」
「多分ね」
「でも……だとしてもGHに接触するなんて無謀だと思います。別の方法を考えましょうよ」
「そう……だよね。うーーん」
今度はレイが机に項垂れた。
レイの生前について何処かに手掛かりがないものだろうか。そんなことを考えながら美波がふと小窓の外に目をやる。すると黒い布切のようなものが、そこを横切ったような気がした。
なんだろう……気のせいかな…………まあ、いいか。
GH本部、事務室では、圭と美玲がパソコンに向かって作業をしていた。
「圭くん。剛さんと連絡ついた?」
ふと美玲は圭に問いかけた。
「それが全然。いくら電話をかけても全く繋がらないっす」
圭は首を横に振りながら答えた。
GH局員の鏑木剛。彼とは二週間以上連絡を取れていない。勤務態度も良好だった彼の突然の失踪に、局内では少しピリついた雰囲気が漂っていた。
「以前、イケメン幽霊とマッチョ幽霊を取り逃したことで自暴自棄になっちゃったんすかね。最近何か思い詰めていたみたいっすし」
「剛さんに限ってそんなことは……。それに、思い詰めていたってよりは、何か懸命に調べていたみたいだし……」
美玲が話している途中で事務室の扉が開き、GH副局長の麻里香が部屋に入ってきた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様っす」
美玲と圭は椅子から立ち上がり、軽く頭を下げる。
「お疲れ様。美玲と圭は最近どうだ? 体の調子は大丈夫か?」
麻里香は軽く笑顔を作って、美玲と圭に労いの言葉をかけた。
「大丈夫です。問題なく、元気ですよ」
「俺も大丈夫っす。最近、幽霊退治できてなくてむしろ体が鈍っちゃいそうっすよ」
美玲はどこか影のある表情で静かに答え、圭は冗談混じりに飄々と答えた。
「そうか。ならいいんだ。最近、幽霊による被害は減少しているが、GH局員が次々に居なくなってしまっているからな」
麻里香は目を伏せながら、悲しげな表情で言った。
昨年十一月に起きた天狗事件を皮切りに、加藤裕樹、姫川若菜、鏑木剛の三人が失踪している。そして、裕樹と若菜は天狗絡みの失踪であるため、剛もその可能性が十分にあると麻里香は踏んでいた。
「君たちも突然襲われるなんてことがあるかもしれないからな。気をつけるように。……そうだ、これを渡しておこう」
麻里香はスラックスのポケットに徐に手を突っ込むと、二つの小さな布袋を取り出して、二人に渡した。美玲には真っ赤な生地にピンクの花柄。圭には青の生地に水色の鞠柄があしらわれている。
「お守り……っすか?」
「ああ、正直こういうスピリチュアルなものは信用してないが、気休めにはなるだろう。コートの内ポケットにでも入れておけ」
「ありがとうございます! 副局長!」
「ありがとうございまっす」
「ではな」
そう言って麻里香は事務室から出ていった。
「これ、手作りっすよね。副局長も案外お茶目なところあるんすね」
「嬉しいな。私たちのこと、ちゃんと心配してくれてるんだね」
美玲と圭は、ハンガーラックにかけてあるトレンチコートの内ポケットに、麻里香からもらったお守りをしまい込んだ。
春明がカフェ陰陽のカウンター内で食器の手入れをしている。
久々に店を開けたことで昼時には常連客が何人も来てくれた。
バタバタとしていた春明だったが、夕方になりそれも漸く落ち着いたところであった。今は客もおらず、食器の金属音が心地良く響く。
すると、カフェ陰陽の入り口の引き戸がガラガラと音を立てながら開いた。
「営業はしているよね……入ってもいいかな?」
そこには、白衣姿で童顔な男が立っていた。
「……どうぞ」
春明は一瞬だけ顔を曇らせた後、作り笑いを浮かべて白衣の男を店内に招き入れた。
白衣の男は春明の目の前、カウンター席に腰を下ろすと、店内の様子をまじまじと眺めた。店の中には春明と男の二人きり。ここに住み着いている幽霊のお嬢は二階に居る。
「……お客様、ご注文は」
おかっぱの金髪を揺らしながら、店の中をキョロキョロと眺め続ける白衣の男に痺れを切らした春明は、少し引き攣った笑顔で注文を聞く。
「うん、おしゃれな雰囲気の店だ。動画撮影を是非したいな。ただ、陰陽師の装飾がガチャガチャしているのは、あまり好かない。あいつの顔がチラつくからね」
白衣の男は周りを見渡し続けながら、訳のわからぬことをぶつぶつと呟く。
「お客さん、注文は? 冷やかしに来たのなら帰ってくれ」
春明は白衣の男に顔を強張らせながら問いかけた。
「ああ、すまない。コーヒーを一つもらえるかな?」
男は人差し指を立たせながら、笑顔で春明に漸く注文をした。「……かしこまりました」と言った春明は黙々と作業に取り掛かる。
しばらく沈黙が続いてから、白衣の男は口を開いた。
「店主、一つ尋ねてもいいかな」
「なんですか……」
春明は眉根を顰めながら男の方を見た。
「おいおい、なんだよ。そんなに身構えるなよ。顔が怖くなってるぞ」
白衣の男は春明の顔を見て、そう言いながら手を叩いて笑うと、肘をカウンターについて、手を組みながら春明のことを睨みつける。
「君は天池達海に、何を吹き込まれた?」




