#4 ボランティア
「人を殺してしまったかもしれないって、どういうことですか?」
美波が男の子に問いかけると、彼はひどく動揺した様子で話を始めた。
「突然思い出したんです。俺は机が何個も置いてある小さな部屋に居て、その部屋に居た怖いおじさんに向かって、銃を向けました」
「銃!? なんでこんな歳の子が?」
驚く美波に男の子は一瞬だけ視線を向けると、話を続けた。
「おじさんは周りにいる人たちに向かって何か叫んでいたような気が……します。だから俺は怖くなって、引き金を引いたんです。そこで俺の記憶は途切れました。……でもなんであんなところにいたのか、なんで銃を持っていたのか全く思い出せないんです」
声を振るわせながら話した男の子は、自らの顔を両手で覆った。レイは彼の豪勢な身なりを見て問いかける。
「君、どう見ても普通の子の格好じゃないよね。どこかのお金持ちの子かな。だから怖いおじさんに狙われたとか?」
「いや、お金持ちの子でもこんなに趣味の悪い格好はしませんよ」
美波がレイに反論して話を続ける。
「それに銃を持っていたとなると……思い当たるのは暴力団絡みってところですね。最近、ヤクザが妙な動きを見せていましたし」
美波は昨日、自らが巻き込まれた闇バイトのことを思い出していた。銃刀法違反の取り締まりが厳しくなっているこのご時世に、拳銃の取引が近場であったのだ。きっとヤクザ同士の間に何かがあったに違いない。
「小さな部屋にたくさんの机……。暴力団の事務所ってこと?」
「はい、その可能性が高いと思います。彼は暴力団に何かしら関わっていたのではないかと」
レイからの問いかけに、美波が人差し指を立てながら、したり顔で答えた。
「ねえ君、今の話で何か思い出した?」
レイが男の子に問いかけると、彼は何も言わずに俯いたまま首だけを横に振った。
「まあ、そうだよね。……それじゃあとりあえず、暴力団について虱潰しに調べるしかないか」
レイが顎に手を添えて難しい顔をしていると、美波がポツリと「川崎組……」と呟いた。
「ん?」
「実は昨日、レイと会う前にヤクザの取引に巻き込まれていたんですけど、チンピラの一人が川崎組の名前を出していたんです。もしかしたら、何か関係あるかもしれません」
「それじゃあ、川崎組について調べてみよう。……君、きっと大丈夫。私がなんとかするから」
レイは男の子に近づくと、彼の頭を優しく撫でた。
それから、レイが美波の方へと顔を向けると、部屋の隅で彼女は渋い顔をしてレイに手招きしている。レイは軽くため息を吐くと美波の元へと近づいた。
「何?」
「彼、人を殺しているかもしれないんですよね。悪霊になっちゃうんじゃないですか」
小声で話す美波にレイは異を唱える。
「彼の記憶は銃を撃ったところで途切れてる。まだ相手を殺したかどうかわからない。それに……」
レイは一瞬言葉を詰まらせてから話を続けた。
「それに、もし悪霊になったとしても私が退治する」
レイの覚悟が決まった表情を見て、美波はレイの目をまっすぐに見つめた。
「わかりました。その時は私も彼を除霊します。あなただけに責任は背負わせない」
レイは美波の言葉に一瞬目を見開くと、すぐに顔を背けて小屋の出口の方へと歩いていった。
「君は川崎組の事務所がどこにあるかわかるの?」
「ネットで調べれば出てくると思いますけど……」
「それじゃあ、行ってみようか」
「あれ、今日は休みたいんじゃなかったんですか?」
美波が少し意地悪に問いかけると、レイは真顔のまま振り返った。
「この子を放っておくことはできない。それに、生前の痕跡は早く見つけるに越したことはないから。さあ、ボランティアの時間だよ」
小屋から出ていくレイを見て、美波は静かに口角を上げた。
「さあ、あなたも行きましょう。あのお姉さんと私が、きっとあなたを成仏させてみせます」
黒のキャップとサングラスを身につけると、美波も男の子と共に小屋を後にした。
「ここが、川崎組の事務所ですね」
美波とレイ、そして男の子の三人は都内の繁華街にある、古びた建物の前へと来ていた。建物は三階建の縦長で、『川崎組』と大きく書かれた看板が堂々と取り付けられている。一階部分には閉じられたシャッターとその脇に小さな玄関が。二階、三階にはいくつか小窓が取り付けられているが、そこから中の様子を覗き見ることは難しかった。
「それじゃあ、こっそり中に入ってみようか。君は外で待ってて」
「一応、気をつけてくださいよ。もしかしたら、霊感がある人もいるかもしれないですから」
そう言いながら、美波は甘い鳴き声をあげながら足元に近づいた来た野良猫のことを撫でまわした。
「わかってる」
レイと男の子は、建物の玄関をすり抜けて、中へと入っていった。
レイと男の子が中に入ると、そこにはすぐに二階へと続く階段があった。
横の壁には、握り玉がつけられた素朴な扉があり、レイがすり抜けて扉の奥の様子を見てみると、そこには一台の高級車が停まっていた。どうやら、一階部分はガレージになっているらしい。
二人は階段を登ると、二階には一つの扉とさらに上へと続く階段があった。
「とりあえず、この部屋に入ってみようか」
レイと男の子は扉をすり抜けて部屋へと入る。
部屋にはいくつもの机が置かれており、部屋の端は様々な書類が乱雑に置かれた棚やロッカーで埋められていた。部屋の中では、黒いスーツを着た如何にもチンピラ風な男が四人、それぞれ何か作業をしている。
「どう、君が思い出した記憶の部屋はここ?」
レイの問いかけに男の子は小さく首を振った。
「違う。似ているけど、ここじゃないです。でもなんか懐かしいような……」
レイと男の子の二人は、少し部屋の中を散策するも、男の子の生前に繋がりそうなものを見つけることはできなかった。
「それじゃあ、三階にも行ってみよう」
三階にも一つの部屋があり、中に入ってみると見た目は二階の部屋とほぼ同じだった。この部屋でも五人ほどチンピラ風の人が何かしら作業をしている。
「この部屋にも何もないかな。何か思い出した?」
男の子は再び小さく首を横に振った。
「ここにも特に何もないか……。うん、それじゃあ、もう出ようか」
レイが扉をすり抜けようとしたその時、目の前の扉は勢いよく開かれた。
「お前ら! 準備はできてんだろうな! 今日にでも山谷組に乗り込んでやるぞ。悠太は絶対に山谷のところに行ったはずなんだ! 徹底的に問い詰めてやる!」
紺色のスーツでビシッと身なりを整えた中年の男が、レイをすり抜けながら勢いよく部屋の中へと入ってきた。
「もちろんです頭! 坊ちゃんを取り返しに行きましょう!」
「今回は何がなんでも許せません! やってやりましょう頭!」
中にいたチンピラ風な人たちが威勢よく返事をする。
「なんだよもう……びっくりしたな……」
レイは苦い表情で自らの額に手を当てた。
「君、もう行こう…………どうしたの?」
レイが男の子の方を見ると、彼は目を見開いて部屋へと入ってきた中年の男を凝視していた。そして彼は「親父……」とポツリ、呟いた。