#39 募る憎しみ
芦屋家の陰陽師たちに連れられて、雷明と明親は陰陽寮、寝殿造の庭に伏せさせられた。神殿づくりの縁側には冷たい目をした安倍晴明が立っている。
「晴明様、私めが捕らえて参りました。逆賊の賀茂雷明と安倍明親でございます」
「橘の娘はどうした?」
「申し訳ございません。私が行った時にはすでにどこかに行ってしまっていたようで」
「……まあ、良い。娘を捕らえて、あのクソ一族から文句を言われようものなら癪だからな。川人、よくやった」
「ありがたきお言葉」
川人が晴明に向かって深々と頭を下げる。
「それで、光善。雷明の処遇はどうする?」
晴明は隣に立っている賀茂光善に、ギョロっと目を向けた。
「もちろん、死刑でございます」
「そうだよな。我ら一族の血を外部に漏れさせることなど決して許されない。ましてや相手が橘など……子をこさえる前に捕えることができて本当によかった」
晴明の言葉を聞いてはっとした雷明は、川人の方をチラリと見た。川人が晴明に何かを告げ口する様子はない。正道のことを川人は気づいていなかった。きっと桔梗が抱えるタオルを何か荷物だとでも思っていたのだろう。
雷明は少しだけホッとした。
「待ってください!!」
晴明に向かって明親が声をあげる。
「なんだ? 明親」
「いくらなんでも死刑はないでしょう! こいつは真面目で陰陽師としても優秀だ! たまたま好きになった人が橘だったってだけで、なんでそこまで責められなきゃならないんですか!」
明親が陰陽師たちに取り押さえられながら、懸命に体を晴明に向かって突き出した。
すると晴明はやれやれといった様子で縁側から降りて、明親に近づいていく。
「明親、大人になれよ。一族の尊厳を傷つける行いは決して許されることじゃない」
「やだね。尊厳なんかに囚われて、友も救えないような大人になんかなりたくない」
「そうか」
次の瞬間、晴明の強烈な拳が明親の顎に打ち込まれた。その衝撃で明親の意識は飛び、体をぐったりとさせる。
雷明が、「明親!」と叫び声をあげた。
「鍵付きの部屋にでも放り込んでおけ。雷明の処刑は明日行う」
陰陽師たちに引きづられて行く明親を、雷明は絶望の表情で眺めた。明日には処刑が行われる。もう桔梗にも正道にも会うことはできない。
雷明の目からは涙がこぼれ落ちた。
そして翌日、雷明は腕を縄で縛られ、白い布で目隠しの状態で寝殿造の庭に座らされた。周りには百人近く、ほとんどの陰陽師が集められていた。
「それでは処刑を行う」
雷明の周りに灰色の着物を着た八人の陰陽師が立ち、雷明に向かって形代を構えた。
いよいよ処刑されてしまう。雷明の感情はぐちゃぐちゃになっていた。そしてそれは、意図せず言葉として発せられた。
「会いたい。桔梗……。嫌だ、死にたくない! 嫌だ!! 桔梗! 桔梗!」
こうなるともう止まらなかった。抑えていた思いが、決壊したダムの如く言葉として溢れていった。雷明は必死に身を捩らせながら、桔梗の名を叫び続けた。
「女々しい奴め。……そうだいいことを教えてやろう」
晴明が意地悪そうに声をあげる。
「桔梗という女は川人が殺した。橘の使者から伝達があってな。娘のことはもうどのようにしても構わないと言われたそうだ。だから殺した」
「は? え? なんで? はえ? え? え!?」
晴明の言葉を聞いて固まった雷明が狂ったように声をあげる。
「もういい。やれ」
「はっ」
晴明からの命令を受けて、雷明を取り囲む八人の陰陽師たちが、雷明の首元に形代を近づける。
「許さない! 絶対に許さない! 殺してやる!! 陰陽師はみんな! お前らみんな、殺してやる!!!!」
「来い、鷹」
陰陽師たちに呼び寄せられた八羽の鷹は、鋭い嘴を八方向から雷明の首にめり込ませた。
ぐちゃ。
雷明が気がつくと、そこは陰陽寮のアプローチだった。脇には桜の木が綺麗なピンクの花を咲かせている。
全てを鮮明に覚えている。桔梗と出会い、陰陽寮を飛び出して桔梗と、息子と、共に旅をした。それから陰陽師や町奉行たちに追われて、陰陽師に捕まって、そして処刑された。
なぜまだ自分がここにいるのか。なぜ現世にいるのか訳がわからない。ただ……ただ、ただ憎しみだけが込み上げてくる。
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
雷明が叫び声を上げた。周りでは耳を劈くような鈴の音が響いている。
「悪霊が現れた! しかも陰陽寮の中でだ!」
二人の陰陽師が雷明のところへと走ってきた。灰色の着物を着た賀茂家の陰陽師だ。雷明は彼らのことを睨みつけた。
「お……お前は! 雷明!! 悪霊になったのか……!」
突如、陰陽寮に現れた悪霊が雷明だとわかった二人は動揺の表情を見せた。
「許さぬ……」
雷明が呪符を構える二人に向かって手を伸ばす。すると何処からともなく朱雀が現れて、彼らの首を飛ばした。
それからは、手当たり次第に殺して周った。
雷明に対する陰陽師の反応は様々だった。驚く者、罵倒する者、応戦しようとする者、泣き叫びながら必死に許しを請う者。
ただ、ひたすらに殺して周った。皆一様に、平等に。
すると、騒ぎを聞きつけ、慌ててやって来た晴明と雷明は鉢合わせた。
さすがに陰陽師の頭首というだけあって晴明はなかなかしぶとかった。だが最終的には、晴明は膝まずき、雷明が彼を見下すかたちとなっていた。
晴明は命乞いをしているようだったが、雷明は全く気にしなかった。只々、こいつのことが憎らしい。もう、殺してやろう。
「雷明!!」
「なっ」
雷明の目には、自分に向かって走り込んでくる明親が映った。彼は呪符を持っている。
どうして。なぜ…………なぜ邪魔をする。
明親は、驚き固まっている雷明に呪符を貼り付けた。
「我、この悪霊を封ずる、急急如律令」




