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#31 開戦

 雷明と桔梗は、雷明が呼び寄せた式神、『青龍』に乗って上空を移動していた。


「陰陽寮に突入するぞ」


 陰陽寮は陰陽師たちの張った結界で包囲され、守られている。青龍が陰陽寮の周りに張られた結界にぶつかると、それをいとも簡単に喰い破った。


「雷明、前から何か来る」


「むっ」

 

 雷明が目を凝らすと、前から式神の上位種である朱色の大鳥、『朱雀』が猛スピードで突進して来ていた。


「来い、朱雀」

 

 雷明がそう言うと、どこからともなくもう一体の朱雀が現れて、向こうから飛んでくる朱雀と衝突した。二体の式神が相打ちとなり消えていく。その陰から雷明たちに向かって、さらにもう一体の朱雀が飛んで来た。


「何? もう一体だと」


「防御が間に合わない!」


 桔梗が叫ぶと同時に、朱雀は雷明たちの乗る青龍とすれ違った。すれ違い様に鋭い嘴で腹を裂かれた青龍は消えて、雷明と桔梗が地に向かって落ちていく。


「雷明!!」


「私は大丈夫だ。桔梗は安全に降りろ」


 雷明が桔梗に向かって手を伸ばす。すると青龍が現れて、その大きな口で桔梗を掴もうとした。しかし、先ほど青龍の腹を裂いた朱雀が飛んで戻ってきて、青龍を避けながら桔梗の事を咥え込んでしまった。そしてそのまま何処かへ飛び去ろうとする。


「来い、悪霊ども!!」


「うばあばばばば」


 鋭い嘴に咥えられた桔梗が叫ぶと、背後から二体の大きな悪霊が現れて、朱雀に掴み掛かる。バランスを崩し、揚力を失った朱雀は桔梗とともに雑木林の方へと落ちていった。


「桔梗!!」


 雷明は叫びながら落ちていく。そしてそのまま、地に見える石畳のアプローチに向かって自由落下していった。



 長い長いアプローチ。両脇には桜の花が咲き誇っている。

 上空から落ちて来たとは思えぬほどに軽やかに着地した雷明は、石畳の地面からゆっくりと視線を前に向けた。視線の先には白い着物姿の一人の陰陽師が。烏帽子の下の顔面は端正で、散りゆく桜の花びらがそれを一層に際立たせている。


「貴様、私を封印していた奴だな」


 雷明は視線の先に居るの陰陽師のことを睨みつけた。雷明の真っ白な短髪が、そよ風に吹かれて微かに揺れる。


「ようこそ陰陽寮へ。私の名は安倍太茂津(たもつ)、改め、三十七代目安倍晴明。ここで君を祓う者だ」


 雷明の数メートル先に居る晴明が彼に向かって自己紹介をした。その凛とした晴明の言動は、陰陽師頭首としての風格を放っている。


「ほう、貴様が今の晴明か。私の自己紹介はいらないな。なぜならば、今から私たちは貴様らを滅ぼすのだから」


 その瞬間、晴明のすぐ目の前に大きな口を広げた青龍がどこからともなく現れた。晴明のことを飲み込もうと、石畳を捲り上げさせながらその口を近づけていく。


「白虎」


 晴明がそう呟くと、横から現れた白虎の式神が、大きな前足で青龍の事を地面に叩きつけた。土煙が上がり、その煙幕の中からは烏帽子が脱げて少し長めの黒髪を乱した晴明が、雷明に向かって呪符を構えながら飛び出していく。


「朱雀」

「朱雀」


 晴明の手が雷明に届きそうになったその時、両者から呼び出された二体の朱雀が、彼らの目の前で衝突した。雷明の式神召喚にすぐに反応した晴明が被せるように同じ式神を召喚したのだ。


「急急如律令呪符退魔」

「解」


 晴明が雷明の腕に呪符を貼り付けるとほぼ同時に、雷明の呪文によって呪符は焼き切れた。それを見た晴明は一旦後方へと退く。


「そんなこともできるのか」


 少し驚いた顔の晴明に、雷明は「ああ」と短く返事をする。


「へぇー。まあでも、ここは通さないよ。通りたければ私を倒してから行くんだな」


 晴明は雷明にニヤリ顔を向けた。雷明の腕は少しだけ傷つき、白い煙のようなものを昇らせていた。一瞬だけではあったが呪符による攻撃を与えられていた。


「この時代にも少しは骨のある奴が居たようだな。いいだろう、一族を滅ぼす前に貴様の相手をしてやる」


 雷明は春明に向かって、首を少し傾げながら目を見開いた。




「始まったか。いきなりすげー戦いだな」


 陰陽寮入り口近くの階段から、春明、お嬢、吉平、吉昌は、晴明の戦いを見守っていた。


「晴明が雷明に勝てる見込みはありますの?」


 お嬢が吉平と吉昌に問いかける。


「正直、わからない。晴明様は確かに歴代の安倍晴明の中でも屈指の強さを誇っている。……ただ、相手は史上最恐の悪霊だ。当時の陰陽師たちでは手も足も出なかったそうだからな」


 吉平が難しい顔で答えた。それに対してお嬢はさらに質問を重ねる。


「でも封印はできたのですわよね? 除霊することができなくても、最悪、また封印すればよろしいのではなくて?」


「封印できたといっても、ほとんど不意を突くかたちだったらしいんだよ。当時雷明を封印したのは、彼が唯一心を許していた大親友、『安倍明親』だったらしいからね」


「安倍明親……春明さんのご先祖様ですわよね。彼が雷明を封印したことは春明さんから聞いたことがありますわ」


 吉昌からの回答に、お嬢は「不意を突いたものだったのですわね」と納得した。


「今回の戦いは晴明さんと雷明の一対一での真っ向勝負。実力勝負で晴明さんが先祖たちに恐れられていた大悪霊に勝てるのかどうか」


 春明が生唾をごくりと飲み込んで、晴明と雷明の戦いを注視した。彼らは最高位の式神を召喚して衝突させ合っている。まだまだどちらも疲労の様子は見られない。春明たちは改めて晴明の化け物ぶりを認識した。

 彼らのどちらが先に体力が尽きるか、この拮抗状態が崩れた時に勝敗が決まることになるだろう。




 本殿の近く、その雑木林の中に桔梗と朱雀は墜落した。それを、その場で待機していた芦屋光樹、賀茂忠司率いる、芦屋家と賀茂家の百人近い陰陽師たちが呪符を構えて取り囲む。


「観念しろ橘桔梗! 陰陽寮を襲ったその咎、きっちりと償わせてやるからな」


 光樹が呪符を桔梗に向かって突き出しながら言い放った。桔梗が中性的な彼女の顔を睨みつけながらゆっくりと立ち上がる。


「償わせるだと……? 笑わせるな阿呆ども。償うのは貴様らの方だ。ただ……ただ仲の悪い家系同士だったというだけで、私たちを罵り、虐げたのはどこのどいつだ。貴様らの先祖だろう? 私たちは静かに暮らしたかっただけなのに……。これは報復だ。恨むなら貴様らの先祖を恨めばいい」


 すると、桔梗の周りの地面から数十体の悪霊が姿を現した。どの悪霊も禍々しく、憎しみに呑まれ肥大化している。


「こおしてあう」


「ゆうあない」


 悪霊たちは体をゆらゆらと揺らしながら、何やら喚いている。


「思う存分に怒りをぶつければいい。いけ悪霊ども」


 桔梗の合図と共に悪霊たちは陰陽師に飛びかかった。


「式神を使って悪霊の動きを封じろ! 複数人で連携して一体の悪霊を相手するんだ!」


「鷹!」

「大蛇!」


 光樹の指示を受けて、陰陽師たちは一斉に式神を召喚させる。

 芦屋家と賀茂家の連携プレー。大蛇で悪霊の動きを封じてから、鷹で攻撃して悪霊を弱らせる。そうしてから呪符を使って悪霊を祓っていく。


「よし、これならいける!」


 手際よく一体目の悪霊を除霊した陰陽師たちに、笑みが溢れる。


「なるほど。よく連携が取れている。けどな私の悪霊たちもやわじゃない」


 すると、大蛇に絡みつかれた悪霊たちが、次々に大蛇を振り飛ばしていった。悪霊の大きな拳が陰陽師たちに襲いかかる。陰陽師たちは声を掛け合って悪霊の攻撃を躱した。


「まあそう簡単にいかないことはわかっていたが、それでも俺たちは抗い続ける。陰陽寮を守るために!」

 

 一人の陰陽師が声を上げた。それに続いて陰陽師たちが『おおーーー!!!!』と掛け声を上げていく。


「懲りない奴らだ。ここにいる悪霊たちは十六年前、陰陽寮を襲った時の悪霊たちよりも強い。貴様らに勝てる見込みなんて、皆無に等しいんだよ」


「そんなことはない」


 忠司の否定の言葉を聞いて、桔梗が顔を歪ませる。


「晴明様が雷明の相手を一人でしてくださっているのだ。我々はここを任された以上、負けるなんて許されない」


 忠司が「朱雀」と呟くと、彼の持っていた形代はみるみると朱雀の姿へと変貌していった。


「そうだな、あなたは私が必ず食い止める。芦屋家頭首の名にかけて」


 光樹も形代を使って青龍を呼び寄せる。


「はあ、貴様らはつくづく……。いいだろう。貴様ら阿呆二人は、私が直接相手をしてやろう」


 桔梗がすっと右手を挙げると、ドス黒いオーラが桔梗の周りに立ち込め始めた。

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