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#16 帰省

「おかえり、春明くん。それとも、お勤めご苦労様とでも言っておいた方が良いのかい?」


「うるせー、罪も犯してない人間が刑務所にぶち込まれるなんて、世も末だよ」


 澄み渡ったあおい空に反し、曇り顔の春明はニヤリ顔の晴明に悪態を吐く。

 ここは京都刑務所。今日、出所した安倍春明を陰陽師の頭首、安倍晴明が迎えにきていたのだ。

 春明の髪や髭は伸び、すっかり黒色になっている。

 彼は約八ヶ月ほど前、公務執行妨害及び、傷害の罪で逮捕されていた。元は東京都内の刑務所に勾留されていたのだが、晴明の便宜により京都へと移送されたのだ。

 春明はワンボックスに乗り込み、晴明の運転で陰陽寮へと向かった。


「いやー、君が捕まったって聞いた時は、自分の耳を疑ったよ。まさか、君が警察官に暴行を働くなんて」


「だから仕方なかったって言ってるじゃないですか。突然、自分の店を襲われたんだ。正当防衛でしょうよ」


 春明は疲れ果てた顔をしながら、淡々とした口調で文句を言った。


「あはは、わかってるって。彼らには私から釘を刺しておいたはずなのに、それでも君たちに手を出したんだ。これはある種、彼らから……いや、道竹からの宣戦布告だと思っている。これから、陰陽師とGHの戦争なんてことにもなりかねないかもね」


「はっ、歴史は繰り返す、か」


 そう言って春明は冷笑する。


「……確かに、構図としては『陰陽師』対『橘』と捉えることもできる訳だ。でも私もバカじゃあない。あの悲惨な歴史を繰り返すつもりは毛頭ない。ひとまず、彼らがまたおかしな動きをしないか、しばらくは様子をみてみようと思う。それに今は、彼らと争っている場合じゃないしね」


 そんな会話を交わしていると、車は陰陽寮へと到着した。


「まあ、今日はゆっくり休むといい。彩葉さんもお嬢ちゃんも君の帰りを待ち侘びているよ」


 春明が陰陽寮の門を潜ると、すぐそこには春明の母である彩葉が立っていた。


「おかえり、良く耐えたね」

 

 彩葉は春明に近づいてそれだけ言うと、彼の右手を両手で強く握った。春明は何も言わなかったが、安心したような表情が溢れていた。

 すると、春明の方へもう一つの人影が近づいてきた。


「お嬢……!!」


 色白でハーフツインの髪型の、まるでお嬢様のような格好をした幼女の幽霊——

お嬢は、目に涙を浮かべながらゆっくりと春明のそばに寄って、彼の腰に抱きついた。


「おかえりなさい。心配しましたのよ、ばか」


 春明は、涙声の彼女の頭にそっと右手を翳して頭を撫でる動作をした。


「ああ、ただいま」



 その日、春明は彩葉が作った夕食を食べると、すぐに寝室へと入った。

 翌朝、春明は深緑色の寝巻きから着慣れた普段着に着替え、窓からぼんやりと澄み渡った空を眺めていると、晴明が部屋を訪れた。晴明が窓の外に向かってクイっと親指を刺す。


「少し話さないかい?」




 陰陽寮の庭を春明と晴明が共に歩く。


「君が陰陽寮でそのチャラついた格好をしているのは、なんだか違和感があるね」


「ああ、すぐに東京に戻るつもりだったんで」


「そうなのかい? そっけないな。もう少しゆっくりしていけば良いのに……と言いたいところだが、私も元よりそのつもりだ」


「と言いますと?」


 春明はなんだか嫌な予感がして、怪訝な表情で晴明に尋ねた。


「私も君と一緒に東京に行こうと思う。雷明の封印がだいぶ弱まっているみたいなんだ。封印をはり直すのを君にも協力してほしい」


「そういうことだったんですね。そのために俺を早く出所させる必要があったと」


「もちろん大切な友人が冤罪? で捕まったことが納得いかなくて刑期を短くするように駆けあったんだよ。半分は」


「はあ、それはわかりましたけど……別に俺じゃなくても吉平や吉昌を連れていけば良いじゃないですか」


「それじゃあ、私がいなくなったここは誰が守るんだ。光樹や忠司を信用していない訳じゃないが、やはり任せることができるのは彼らしかいない。保憲もまだご傷心だしね」


「まあ……わかりましたよ。付き合いますよ。元々、俺たちの仕事でもありますし」


 あしらうように返事をする春明に、「あら? なんだか不機嫌?」と晴明は茶化すように言った。


「ああ、あと天池くんについてだけどね」


 晴明の言葉に春明がピクリと反応する。


「私では彼の死体を引き取ることはできなかった。彼の叔父さんは別に引き取るつもりは無いという様子だったけれどね。全く、ひどい人だよ。このままじゃ、彼も報われないだろうから、東京にある知り合いの寺に形だけでも墓石を建ててやったんだ」


 それを聞いて「はあ」と浮かない返事をする春明に、晴明は少し戸惑いの表情をみせた。


「東京に行ったら、一緒に彼の墓に手を合わせに行こう。……それとレイ、アクタ、マッチョについてだけれど、彼らについては行方がわかっていないんだ。心配だね」


「そうですね……。あの……天池の墓参りですけど、俺は遠慮しておきます」


「ちょっと、それはどういうことだい?」


 先ほどから素っ気の無い態度の春明に対して、晴明は少しだけ険しい表情となった。


「俺にゃ、あいつに手を合わせる必要はない。晴明さん一人で行ってやってください」


「おい、それはいくらなんでもひどいんじゃないのかい? お嬢から君が天池くんと喧嘩していたことは聞いているが、そんな態度はないだろう。まだ怒っているのかい?」


「そりゃ、めちゃくちゃに怒ってますよ! ……今すぐあいつに会って殴り飛ばしてやりたいくらいには」


 やるせない表情でそう言った後、春明は手を上げてひらひらとさせると、安倍家の屋敷の方へと歩いて行ってしまった。


「おい! 春明くん!! ……全く、仕方がないな」


 晴明はやれやれと苦い顔をすると、彼の後を追うように歩いて行った。




 翌日、春明と晴明、そしてお嬢の三人は大阪国際空港へとタクシーに乗って向かった。

 空港に到着すると、彼らは搭乗ロビーへと歩く。飛行機のチケットは晴明が事前に大人二人分を用意していた。それを見た春明は「用意周到なことで」と苦笑いの表情をした。

 晴明がお嬢に「飛行機に乗るのは怖くないかい?」と尋ねると、彼女は「二回目だから大丈夫ですわ」と凛とした表情で返事をした。

 彼らは飛行機に乗り込み、約一時間ほどの空の旅を終えると、東京の空港へと到着した。



 春明たちが飛行機から降りて、ロビーを歩いていると、航空会社カウンター付近で何やら言い争う声が聞こえてきた。


「なんでですか! 身分証がなくてもチケット取れるって聞いてるんですけれど」


「ですが、当空港では身分が証明できなければチケットを販売できない決まりでして……」


「だから、身分証は忘れてきたんです!」


「えとー……」


 春明がそちらの方を見てみると、黒いキャップを被り、サングラスをかけた、赤髪ツインテールの女がスタッフの人と言い争いをしていた。

 潔く諦めれば良いのに、と春明は冷めた目で彼女のことを見ながら航空会社カウンターを通り過ぎて行く。


「春明? お嬢?」


 突然、近くから聞こえてきた懐かしくも聞き馴染みのある声に、春明はすぐに声する方へ顔を向けた。


「レイ……!!」


 そこには死装束姿の少女の幽霊——レイが立っていた。

 春明は驚きのあまり目を見開いた。お嬢は「レイさん!!」と叫びながら彼女に駆け寄って、そのまま抱きついた。

 春明と晴明はゆっくりとレイの元へと歩いて行く。


「レイ……無事だったんだな。でも……その腕と足……」


 春明は、レイの両手足から出ている微かな黒いオーラを見て動揺の顔を見せる。


「春明……私……」


 レイの目には涙が溜まっていった。そして、その涙は張り詰めた糸が切れたように溢れ出した。


「私の所為で、アクタもマッチョも達海も、皆んな居なくなっちゃった。私の所為で……私の所為で……ごめんなさい……ごめんなさい……」


「心配させやがってバカやろう。とりあえず、あんたが……あんたが無事で本当に良かったよ」


 ボロボロと涙を流すレイに、春明は少しだけ涙を浮かべながら優しく言った。

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