#12 もういいかい
壊れた扉の向こうには白いトレンチコート姿でマシンガンを持った女、若菜が立っていた。
「いらっしゃい」
女の子が若菜に不気味な作り笑いを向ける。
次の瞬間、若菜に向かって額縁やランプの傘などが次々に飛んできた。若菜はそれを左方向に走って避けると、部屋の中に突入し女の子目掛けてマシンガンを連射してきた。女の子は部屋の脇にあったクローゼットを盾にしてそれを防いだ。
「そんなものも動かせるんだ。怖い、怖い」
若菜が走ってクローゼットの後ろに回り込むと素早く銃口を向ける。しかし、そこに女の子の姿はなく、代わりにあったハサミが若菜の顔目掛けて飛んできた。若菜は素早く首を捻らせてハサミを躱したものの、刃が若菜の頬を微かに掠めツウーっと血が滴り落ちてくる。
「どこに行ったのかな? 出ておいでー」
背後に気配を感じた若菜がすぐさま振り向いた。後ろには女の子が立っている。
「とっても素直な子ですねぇー」
目をかっ開いて銃口を向けた若菜の背後から、斧が縦回転で飛んできた。
「そんな攻撃お見通しだよぉー、あ……」
若菜はすぐに左に躱そうとしたものの、動かした足は下に転がる死体に引っかかり滑ってしまった。若菜の体は左方向に倒れこみ、飛んできた斧の刃が、彼女の右手掠めた。
「ぎゃーーーーーーーーー!!!!」
中指と人差し指の第一関節付近を切り落とされた若菜が、患部を抑えて蹲る。女の子はそんな若菜の背後から近づいていった。
「なんだ、全然強くないじゃん。それじゃあ、今すぐ私とお揃いにしてあげるからね」
床に落ちた斧が宙に浮き上がった、その瞬間。
パン!
銃声と共に女の子の右足に痛みが走った。女の子がゆっくりと振り向くと、彼女のすぐ後ろには虹色の拳銃を構えた赤縁メガネの女が立っている。
いつの間に部屋に入り込んだ? そもそも、こんなに近づかれているのになぜ気が付かなかった?
女の子は考えを巡らせながら、硝煙をあげる銃を片手に持つ女、花蓮から急いで距離を取った。
「ごめんね、若菜先輩。遅くなって」
花蓮がトレンチコートのポケットから小さなポーチを取り出すと、そこからさらにガーゼと包帯を取り出して、若菜の傷口に巻きつけた。
「謝らないで花蓮ちゃん……私が突っ走ったのがいけないの。でもすごく痛いよ。怖いよ」
「若菜先輩はここで休んでて」
花蓮がポーチをポケットにしまうと、静かに女の子の方を向いた。
この人は関わってはいけない人だ、黒天狗の男が言っていた人はこの人のことだったんだ、と女の子は直感した。今、ここで確実に消されてしまうという怖さ。何故だかはわからないが、実力の差がひしひしと伝わってくるようだ。恐怖のあまり口元が吊り上がってくる。意図しない笑い声が溢れていく。
「ははは。ねえ、お姉ちゃんも私と遊んでよ!」
女の子は力を使って、床に落ちていたハサミや裁縫道具の針を花蓮目掛けて飛ばしていった。しかし、花蓮は華麗に躱しながらそれらに向かって的確に弾丸を撃ち込んでいった。弾丸を撃ち込まれた物体は力を失い床に落ちていく。
もっと、もっと強く力を込めなければ。女の子は斧を宙に浮かせて花蓮に飛ばした。花蓮は落ち着いた様子で斧に弾丸を撃ち込んでいく。五発、六発目を撃ち込まれた時に、斧は力を失い大きな金属音を上げながら床に落ちてしまった。
「くっ!」
女の子は長い髪を乱れさせながら、歯を食いしばって右肩を前突き出した。
「皆んな! 友達なら私を守ってよ! あの女を倒して!!」
すると、床に転がっていた腕のない死体たちがゆっくりと起き上がった。それはさながらゾンビのようである。
死体たちは、ゾンビにそぐわない素早い動きで花蓮に襲いかかった。自らのスピードについていけず、死体の肉片がボロボロと落ちていく。それでも、操られている死体たちは攻撃の手を止めなかった。
しかし、花蓮は全く動じずに死体に向かって銃弾を撃ち込んでいった。さらには、花蓮のすぐ近くまで来た死体を華奢なその体で蹴り飛ばした。
女の子が力で操っている死体たちは倒しても倒しても再び起き上がってくる。女の子はさらに、斧も宙へと浮かして花蓮に攻撃をしようとした。
「きりがないね。……そろそろ、もういいかな」
花蓮はそう呟くと、女の子に向かって走り込んできた。襲いかかる死体を躱しつつ銃弾を撃ち込み、素早い動きで女の子に迫ってくる。
「あっ」
花蓮は瞬く間に女の子の背後へと回り込んだ。女の子の足に銃口を向け、パン、パン、と二発の銃弾を撃ち込んだ。
「あああああああああああああああ!」
女の子は叫んだ。
痛い。体が焼けるように熱い。痛い、熱い、痛い、痛い、痛い!
体を震わせながら倒れ込む女の子の額に向かって花蓮が銃口を突きつける。
ああ、私はここで消されてしまうんだ。
女の子は生前のことを思い起こした。
冬子という女の子は物心がつく前に、事故によって両腕を失った。誤って熱湯に両腕が浸かり、細胞が壊死してしまったのだ。一命は取り留めたのだが、それから地獄のような日々が続いた。
保育所に通うようになると、冬子は自らの体に疑問を持ち始めた。みんなは手を使って、おままごとやボール遊びをしている。けれど、自分にはそれができない。先生に付きっきりで居てもらわないと自分は何もできない。そのことが幼いながらとても悔しかった。
小学校に通うようになると、自分の体がおかしいと思うことがより増えていった。冬子は体に障害を持つ特別学級に入れられた。周りの子供達は手を使い、文字を書いたりスポーツをしている。冬子にはそれが何もできなかった。子供とは残酷なもので、普通学級に通う子たちから腕が無いことを馬鹿にされることも多くなった。
ある日、冬子は母親になぜみんなと違って自分の腕は無いのかと尋ねてみた。母親は顔をぐしゃぐしゃにしながら「ごめんねぇ、ごめんねぇ」と只、謝るだけだった。
小学二年生になったある時、普通学級の女の子たちから遊びに誘われた。冬子は自分のことが認められた気がしてとても嬉しかった。女の子たちとやってきたのは森に佇む古びた館。ここでかくれんぼをしようと言われた冬子は女の子たちの言われるがままに、中に入って行った。
「私が鬼ね。みんな隠れて」
一人の女の子が一階の入り口付近で目を伏せた。冬子を含めた他、四人の女の子は隠れ場所を探しに館の中を一緒に走り回った。
三階の一番奥の部屋、ベッドルームに冬子たちは足を踏み入れた。
「ここがいいんじゃない? 冬子ちゃん、ここに入りなよ」
部屋の端に置いてあったクローゼットの中に冬子は押し込まれた。
「鬼に見つかるまでここに隠れてるんだよ」
女の子たちはそう言ってクローゼットの扉を閉めた。それが冬子が生きている間に聞いた、生者の最後の言葉だった。
鬼はいつまでたっても冬子のことを見つけには来なかった。
「もういいよ! もういいよ!」
冬子は必死に叫んだ。それでも、誰も見つけに来てはくれない。肩で扉を押してもクローゼットの扉が開くことはなかった。そこで冬子は気がついた。女の子たちは最初から私と遊ぶつもりなんてなかったのだ。私を虐めて嘲笑うためにここに連れてきたのだ、と。
どのくらいの時間が経ったのかもわからない。段々と意識が遠のいていく。冬子はこのまま自分は死んでしまうのではないかと酷く怯えた。
「助けて!! ねえ! 誰か助けてよ!!」
もし、自分に腕があったならこの扉も簡単に開くことができたのではないか。もし、自分に腕があったなら皆んなから馬鹿にされることもなかったのではないか。もし、自分に腕があったなら——
冬子が最後に感じた感情。それは、悲しみでも恐怖でもなく、憎しみだった。
眠ってしまっていたのだろうか。冬子は目を覚ました。なんだか体が軽く感じる。クローゼットの扉を肩で押すと、体が扉をすり抜けて外に出ることができた。何が起こっているのだろう。
そんな冬子にとって、さらに嬉しいことが起きた。動かしたいと強く念じたものを動かすことができるようになったのだ。これで手が無くたって大丈夫。これでやっと自由になれる。
けれど、冬子は外に出ようとはしなかった。なぜか体がそれを拒んだからだ。それでも冬子は全然良いと思っていた。
ある日、館の中に数人、誰かが入ってきた。一緒に遊んであげよう。私が皆んなに合わせるのではなく。皆んなを私と同じにしてあげればいいんだ。
「かくれんぼしましょう。もういいかい?」
冬子の顔には笑みが溢れた。
そう、皆んな私と同じ目に遭ってしまえばいいんだ。本当に私が望んでいることは私を馬鹿にした奴らを、蔑んだ奴らを、皆んな不幸にすることだ。そのはずなんだ。
花蓮に銃口を向けられた女の子——冬子は涙をこぼした。
消えたくない。消えたくない。きっと私は、私がされてきたこと以上に酷いことをしてきた。それでも消えたくはない。だって……だってこのままずっと一人は寂しいから、、、
「助けてよ……」
冬子の呟きに花蓮が首を傾げる。すると冬子は大きな声で叫び始めた。
「助けられるものなら、助けてみなさいよ!! どうせ……どうせ私なんて!!……」
冬子は涙を流しながら顔を伏せた。その様子を気にも留めずに、花蓮は無慈悲に引き金へ指をかける。
「もういいかい? そろそろ終わらせないと。それじゃあ、さようなら」
パン!!
銃声が鳴り響いた。
銃弾が冬子に当たることはなかった。
不思議に思った冬子がゆっくりと顔をあげる。
「もういいよ。よく言えました」
冬子の目の前で、黒天狗の男が左手で握り拳を作っていた。黒天狗がゆっくりと握り拳を開くと、そこから銃弾が落ちて床に転がった。




