第四話 魂の器
「時間停止の術式ですか?」
エイディはカームザールに尋ねた。
「そうだ。先ほど、パルヴァネル様の持つ術式はお前に完全には移っていないと言っただろう?
術式継承に向けこれからエイディ・ラーズィンという器を育てる訳だが、その間にパルヴァネル様の魂の器が朽ちてしまっては元も子もない。」
「なるほど、それで遺体に時間停止の術をかけると...」
カームザールは「遺体」という言い方に少し顔を顰めたが、それについては触れず頷いた。
そしてエイディに尋ねる。
「時間停止の術式を組んだことはあるか?」
「人間相手に施術したことはありませんが、手順は問題ありません。今すぐにでも始めましょう。」
「良かろう。」
私も人間相手に施したことなどないわ、と毒付きながら、カームザールはローブを脱ぎ捨てた。
「準備を始めよう。」
山積みの本を何とか端に寄せ、師匠のベッドを部屋の真ん中に移動させた。何とか術を展開できる広さだ。
時間停止の術式は、最低でも術者が二人必要な術式である。
カームザールは下地となる魔法陣を魔力で練って作り始めた。
エイディはその様子を片目で見ながら、自身の準備を進めていく。
(胡散臭い男だけど、魔力の質はいいな。陣引きも丁寧で綺麗だ。師匠には全然及ばないけど。
魔法紙を使わず杖で一発書きか...)
エイディは思わず感心してしまった。
足元に下地の陣が揺らめき立つ。
負けじと時間停止の陣が描かれた魔法紙を引っ張り出してきて、問題が無いか確かめる。師匠に合格をもらった自信の一作だ。
そうしている間に、カームザールによる下地の魔法陣の展開が終わった。
カームザールは魔法紙も準備するつもりだったのだが、エイディが完成品を用意しているのを見て、魔法紙から魔法陣を展開するのはエイディに任せることにした。魔法紙を核にして陣を展開する場合、魔法紙の制作者と陣の形成者は同格のほうが魔力を通しやすいからだ。
今度はエイディが魔力を練り始める。
カームザールは下地の細かい処理をしつつ、彼女の様子を眺めていた。
その表情がだんだんと険しくなる。
(何という魔力量だ...)
漏れ出る魔力が尋常では無い。魔力操作がぶれると余分な魔力が漏れ出るのだが、その量が明らかに多かった。それも、魔力操作が下手な訳では無い。魔力の流れが大きいために、わずかなブレで過剰に溢れてしまう、そんな様子だった。
みるみるうちに魔力を練り上げていく。
(見た目には10歳前後の少女に見えるが、それにしてもこの魔力量と精密な操作...
もしや森と共にある人々の血を引いているのだろうか。私が知る限り子を残せそうな純血の森と共にある人々はもういないはずだが。ひょっとすると根源たる大地の民であるパルヴァネル様と何か関わりがあるのかもしれない。彼女が一族最後のお一人だと聞いていたが...)
「すみません、何か手順に問題がありましたか?」
あまりにもカームザールがまじまじと手元を見るので、エイディは思わずそう尋ねてしまった。
「いや...見事な魔力練りだな。
お前、歳は幾つだ?」
「明日十二歳になります。」
「十二だと?」
「?はい、師匠からもらった暦帳が正しければですけど。それにしても、魔力操作がちょっとやりにくいですね。師匠から術式を賜った過程で少し魔力が増えたのかもしれません。」
(これで少し多い程度なのか)
カームザールは黙って、再びエイディの手元を眺め始めた。
数刻も経たず、エイディの魔力が練り上がった。
魔法紙に慎重に魔力を通していく。
カームザールの展開した下地に、時間停止の魔法陣が組み上がっていった。カームザールはエイディの手元から目を離し、魔法陣の調整をはじめた。
「今です!」
エイディの掛け声で、カームザールは要素固定の重ね掛けを始める。時間停止に術者が複数人必要な理由がこの瞬間だ。
二人の足元が輝き出した。光の玉が魔法陣を巡り、二つの術式が複雑に絡まり合う。最後に一際明るく、魔法陣が輝いた。光が収まると、そこには一つの美しい魔法陣が完成されていた。
(できた...)
エイディにとってはかなり久しぶりの術式だった。4年前、師匠と一緒に魔術袋に付与して以来だ。生物の亡骸に展開するにはもっと高度な技術が必要なはずだが、その辺の調整をカームザールが行なっていたようだ。認めたくないが、優秀な魔術師なのは本当らしい。
「問題無く作動しているようだな。」
金縁の片眼鏡越しに師匠を観察していたカームザールが言った。エイディはほっと息を吐く。
そんな彼女を、カームザールは複雑そうな表情で見つめていた。
「パルヴァネル様はお前にどのような指導を行なっていたのだ?」
やや硬い声で男は問う。エイディは困ってしまった。指導、と言われてもどうにも説明しづらい。
「...まぁ、いろいろ。
それよりお腹が空いたと思いませんか?」




