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第三話 大魔導師パルヴァネル

目の前の男、カームザールは鐘のような明朗たる声色を潜め、師匠パルヴァネルに目を合わせたまま語り始めた。


「大魔導師パルヴァネル ──── 我々のお師匠様は、サンドリア大陸一の魔術師だ。それは知っているだろう?」


突然質問口調になったカームザールに、エイディはビクッとなった。彼は師匠に語り聞かせるような口調で話していて、エイディのことなどまるで眼中にない様子だったからだ。


「師匠が優れた魔術師であることは存じております」


思わず丁寧な口調で答えてしまう。エイディは師匠に敬語での受け答えをみっちり仕込まれてきたため、他人と会話する時は敬語がデフォルトである。最も、その唯一の会話相手である師匠自身の言葉遣いが荒い上、しょっちゅう塔外へ放蕩していたので、悪態を吐くのも上手くなってしまったが。


「その程度の認識なのか...

いいか、パルヴァネル様はもちろん優れた魔術師だが、ただ優秀な方ではない」


そこで言葉を切り、ようやくエイディの方にチラリと顔を向けた。


「この方は、サンドリア大陸の歴史上最も偉大な魔術師なのだ」


そしてまた師匠の向きに居直る。いちいち反応するのも鬱陶しく、どうせならずっと師匠の方を向いてたら良いのにと思いながら、エイディは口を開いた。


「それは、サンドリア大陸三千年の中で最も偉大であるということですか?

旧デザリア王国を建国し、自身も優秀な魔術師であったとされる、賢王リオヴァーン・ラズリアルよりも?」


「何故旧デザリアの初代国王が賢王であったことを知りながら、パルヴァネル様のことは存じ上げないのだ...」


カームザールは深くため息を吐くと、お労わしやとでも言わんばかりに師匠の顔を覗き込んだ。片膝をついて傅いているのである。石床が痛くは無いのだろうか。

エイディとしてはカームザールの舵取りのまま話が進んで行くのが不満で、無理やり初代国王の威光を借りたわけだか、思ったように話が進まなかった。

ついでに敬語を外すタイミングも見失ってしまった。


「師匠はなかなかご自分の話をされないのです。

それで、なぜお師匠様がサンドリア大陸の歴史上最も偉大な方だとおっしゃるんです?」


含みを持たせて尋ねたのだが、返ってきたのはため息だった。


「パルヴァネル様は大陸魔術協会の設立者だ。約四百年前、旧デザリア王国の魔術師達をまとめ上げ、国王に直訴して大陸議会に代表として出席し、大陸間の魔術師の情報交換の体制を築き上げた。

────── 簡易魔法陣の研究結果を引っ提げてな。」


「四百年前!?」


色々と耳慣れない言葉はあったが、エイディが驚いたのはそこだ。師匠が見た目通りの年でないのは分かっていたが、それほどまでとは思わなかった。


「簡易魔法陣の研究結果は大陸を震撼させた。それまで、大規模魔術は古代式魔法陣を使った大掛かりで複雑で魔力も必要な手順でしか発動出来なかったのだが、簡易魔法陣によって多くの術式が縮小され、大陸に普及していった。文明は大きく進歩したのだ。」


簡易魔法陣と古代式魔本陣については、エイディが師匠にもっともしごかれた分野である。他者と会話する機会が少なく、言語能力の発達が遅れていたエイディは、詠唱がありえないほど下手くそだったのだ。


魔法陣は詠唱と図形の意味を照らし合わせ術式を構築させる必要があるため、言語が成長しないと意味が無かった。師匠から本の朗読をする課題が出始めたのがこの頃だ。


ものぐさな師匠やけに張り切っているなと思っていたが、なるほど、得意分野だったのか。



「 ────── で、他にも領地規模の水害を補える魔呪具の開発や、錬金術の分野にも多大なる貢献を行い、魔術の発展と進歩を促したのだ。彼女がいなければ現在の我々魔術師が行使できる術式は十分の一ほどに狭まっていただろうと言われている。

彼女の胸中に秘められた未知なる術式は五万とあるに違いない。」


エイディが遠く過去、師匠との稽古に思いを馳せている間にも、カームザールによるパルヴァネル様武勇伝は止まらなかった。まるで舞台の台本でも読んでいるかのような滑らかさである。


「しかし遂に、パルヴァネル様は全てを我々に語り切らぬまま、細い御首を死神の鎌にかけられ御霊を悪鬼の業火に灼かれてしまった...

我らは、パルヴァネル様の描く天上の神々の御技と思しき、かの緻密で繊細な極上美たる魔法陣をこの地に顕現する機会を失ったのだ。

ただひとつ、ある方法を除いては。」


一体どれほどの時間喋り続けていたのだろう。もう乾いた口内に舌が張り付いて息が詰まるのでは無いか、と思えたころ、ようやくカームザールは本題に入った。


「昨日私はパルヴァネル様にある事を託された。それは、彼女の保有する魔術契約と魔呪具の権限を全て一人の人物に移行し、加えて、彼女が生前獲得した魔術式を継承する契約を行うことだ。

そう、つまりお前に。

心当たりがあるだろう?」


そう、エイディの身にはある変化が起こっていた。それは、今まで学んだことの無い魔術式や魔法陣がエイディの頭に刻みつけられていることだ。

エイディはカームザールに軽く頷いた。


「杖を出し"アラクノス"と唱えてみろ。」


エイディは言われるがまま懐から杖を取り出し、唱えた。


「"アラクノス"」


すると、杖が光り輝き、ナイフの形に変形した。


「このナイフは...」


見覚えのあるナイフだった。それは、昨日この男が師匠の胸に突き刺したものと非常によく似ていたのだ。


「それは"(アラクノス)"だ。パルヴァネル様とお前を繋ぐための。

パルヴァネル様が生前保有していた魔術契約と魔呪具の権限は全て譲渡された。

しかし、魔術式はその限りでは無い。

お前に移し切れなかった分の魔術式は、未だにパルヴァネル様の身体に眠っている。」


「なぜ全ての術式が継承されなかったのですか?」


「それはお前が器として不十分だったからだ。あれ以上の魔力をお前は受け止めることができたのか?」


その瞬間、エイディのこめかみがズキリと痛んだ。師匠の魔力と共にエイディを襲った、とんでもない頭痛を思い出したのだ。確かにあれ以上はエイディの身体が持たなかっただろう。


「それについては師匠も織り込み済みだ。全てを継承する前提の術式では無かったからな。」


カームザールはそこで言葉を切り、エイディのサンストーンの瞳を見据えた。金縁の片眼鏡が月明かりを反射してきらりと光る。


「お前が今後成すべき事は、大別して三つだ。


一つ目は、パルヴァネル様の術式を全て受け継ぐこと。術式を受け入れるための下地を整え、器を成長させ、彼女の身体に眠る全ての術式を継承しなければならない。


二つ目は、斜塔の石板の解読だ。旧デザリア王国の砂漠には、この塔以外にも幾つかの斜塔がある。古代エルディア王国の遺産だ。パルヴァネル様は、斜塔の石板解読にも力を入れておられた。お前にはある程度の知識を与えたと聞いている。引き続き解読に励め。


そして最後に三つ目、これが最も重要だ。」


エイディの口を挟む間も無く、カームザールは告げる。


「エイディ・ラーズィン。お前は、パルヴァネル様に成り代わり、大魔導師本人として、そのサンドリア史上最強の魔術師の名声を以ってサンドリア大陸に平和をもたらさなければならない。そして継承した魔術契約と魔呪具の管理を行うのだ。」


そこでようやく、カームザールは長きに渡る演説を終えた。シン...とした静寂が師匠の部屋に沈む。


エイディはと言えば、未だにこの現実を受け止め切れないでいた。エイディにとって、世界の全てはこの斜塔と師匠にある。書物を読み、彼女の記憶を覗いて塔外に思いを馳せることはあっても、生活の全てが塔内で完結していた。「十二歳になったら塔の外に連れ出してやる」と言われ、エイディはそこに希望を持って人生を過ごしてきたが、それでも、塔の外でたった一人生きていく自分を想像することはできなかった。

男は、そんなエイディに、外に出て使命を果たせと言っている。師匠の存在も無く。


この第一級魔導師とやらを名乗る目の前の胡散臭い男を、どれほど信用して良いのかも分からない。


「嫌だと言ったら?」


「拒否権はない。パルヴァネル様の庇護下でぬくぬくと生きてきたお前に、この砂漠で生き抜く術など無いだろう。」


図星だった。地下水の供給があるとは言え、この塔に採取可能な食糧源は無い。師匠は自分が塔を空ける間、エイディが餓死しないように魔法棚(マジックボックス)に大量の食糧を預けて出ていくのだが、それがエイディの食糧の全てだった。前回師匠が魔法棚を補充したのは半年以上前だ。今すぐ餓死することはないにしても、いずれは底が尽きる。


「どうして師匠は死んでしまったんだ...」


今になってそんな言葉が溢れた。人形のように身じろぎせず横たわる師匠を見つめる。この細い腕はもう本当に動かないのだろうか。エイディの焦げた料理を指差し思い切り馬鹿にしたり、石板の解読のために古文書を読み漁ったり、エイディの黄金色の髪をぎこちなく撫でたりはしないのだろうか。


「それについてもおいおい話そう。とにかく、お前はこの塔を出て、魔術師として生きていかねばならない。それだけは確かだ。

だが、無知なお前を一人で放り出したりはしない。パルヴァネル様に代わり、この私が保護者となって支える。お前がパルヴァネル様の代わりとなって動けるよう、最大限取り計らおう。」


苦々しげな口調でカームザールはそう言い放った。目の前の男が、師匠に代わりエイディの世話をするらしい。眉間に皺を寄せ、不満を隠そうともしない、始終不機嫌な様子の、この男がだ。

エイディは何とも言えない顔で、カームザールの琥珀の瞳を見つめ返した。この男の言いなりになるのは癪だが、かと言って言い返す言葉も見つからなかった。


「納得できないこともあるだろうが、今は取り敢えず飲み込んでくれ。先ほど言った三つのやるべきこと以前に、我らには急務があるのだ。まずはそちらを片付けよう。」


言いたいことは粗方言い終わったらしい。カームザールは立ち上がり、エイディに向き直った。


「パルヴァネル様に時間停止の魔術を施さなければならない。」



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