07.魔女の小物入れ
フラワーソープを使って今度は部屋の中を綺麗にしていく。今はこんな風に荒れてしまっているけど、魔女さんは元々綺麗好きだったようでデッキブラシを始め掃除道具はわりと充実していた。窓を磨き、ブラシで床を擦る。
「壊スナヨ〜割ルナヨ〜」
「うるさいなぁ、もう」
この家の頭脳と言える大事な水晶玉は割ってしまうことがないように、壁際の棚の近くへと移動させた。
棚には他にも色々な魔女グッズが並んでおり、その手前には作業台がある。ひとつひとつ見ていると掃除が進まないのでそこはサッと適当に一拭きで終わらせた。
水晶玉の変わりに移動させて来たのは、端の方で埃を被っていたアンティーク調の大きな丸い一本足のテーブル。お揃いの椅子も二つあって、いいダイニングテーブルになりそう。
「でも、ちょっと殺風景よね……」
テーブルの真ん中には、空瓶にフラワーソープを挿した花瓶を供える。
「うん!なかなかいいんじゃない?」
お掃除の最後の難関である大釜の暖炉とキッチンの掃除をしていて気づいたのは、薪を使って火を焼べる仕様だと言うことだ。
「ねえ、本当にないの?」
「ナイ」
「ほら、魔力を通したら熱くるなる魔石とか」
「ナイ」
諦めきれずしつこく聞く私にクロウは呆れた様子で首を振った。何度聞いてもそんな便利な物はないらしい。もちろん水元も外よりひと回り小さい手押し式ポンプだった。
(……なんてことだ)
薄々気づいていたけど、ここはどちらかと言えば不便な異世界らしい。ちくしょう……魔力ひとつでお湯が出たりする異世界が羨ましい。
しかし全くもって便利なものがないと言うわけではなかった。
「すごい!これ冷蔵庫じゃない!?」
キッチンのすぐ隣に木製の棚を見つけ扉を開くと中はひんやり。のぞくと金属製の壁面に大きな雪の結晶が張り付いている。
「北ノ冷結晶ダ!」
「ふぅん…でも中はすっからかん。まあ、腐ってなかっただけマシかぁ…」
ぐぅぅぎゅるるぅぅ、お腹が鳴った。
バタバタしててすっかり忘れていたけど、昨日馬車から逃げ出して以来何も食べてない。
「でも、食べ物買うお金もないし。どうしよう…」
「金…?ベルガノコトカァー?」
「ベルガ?」
「チョット待ッテロ!」
そう言ってクロウは作業台の引き出しから何かを取り出してきた。
「鍵?」
「髑髏ノ鍵ダ!魔女様大事ナ物入レテタ」
「髑髏の鍵…あっ!あれか!」
棚に並んだ不気味な魔女グッズのひとつ。大きな頭蓋骨の置物だ。なんの、というかどなたの頭なのか分からないけど、どうやら小物入れになっているらしい。
「鍵ヲ右鼻ニ挿スンダ」
「うっ…なんかやだな〜」
恐る恐る右鼻の中に鍵を入れて回すと開いた音と共に頭蓋骨の頭がパカリ!と開いた。
「あ、巾着だ」
薄汚れた麻の巾着袋。開くと中にはコインが。
「これがお金?このコインで物が買えるの?」
「ソウダ!」
金、銀、銅。中身をテーブルに出すと三種類のコインが入っていた。クロウが言うには、銅はパンをひとつ買える価値で、銀は十個買える。金ともなれば百個買えちゃうらしい。
元の世界の価値にすると、大体銅が百円、銀が千円、金が一万円ってところか。
魔女さんの巾着袋に入っていたのは、大体一万三千円。空腹に背は腹に変えられない。有り難くお借りすることにした。
「クロウ、街まで案内して!」
林を抜けるとすぐ市場があるらしい。異世界に来て初めての街だ。ドキドキする胸を抑え、巾着袋をベストのポケットに大事に仕舞った。