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06.魔女のクローゼット

 目が覚めたのは明け方だった。どうやら泣き疲れてそのまま眠ってしまったらしい。肩に掛かっていた薄汚れたブランケットはたぶんクロウの仕業。とても優しい子だ。


「ずっと泣いてなんかいらんないよね……」


 頬を叩いて、立ち上がる。私のやるべきことは、ひとつ。ここを綺麗で住み心地の良い私の棲家にする事だ。







「ゴホッ、ゲホッ!」


 本の指南通り、まずは箒で家中の埃を払う。私がそうしている間、クロウが部屋中の物を器用に嘴で外に出してゆく。


 屋根部分にあるステンドガラスで作られた丸窓は、どうやらクロウの為に作られた出入り口だったようで、出たり入ったりする度に窓がくるりと回転する仕組みになっていた。


スピークビーク(おしゃべりなくちばし)?」

「ソウダ!俺ノ種族皆オシャベリ!」

「カラスじゃないんだ……」


 見た目まんまカラスのクロウの正式な種族名はスピークビークと言うらしい。他にも様々な魔獣が生息しており街で人間と暮らしている魔獣も多いそう。


「魔獣ヲ飼ッテイル人間ハイルケド従魔ニデキルノハ魔力ヲモッタ人間ダケ」

「ふぅん魔力か……そうだ!私にも特異があるか見てくれない?」


 クロウの鑑定眼なら分かるはず。私をじっと見つめるクロウの赤い瞳が鈍く光った。


「マコの能力ハ……威力爆発ダ!!!」


 い、威力爆発……。


「なにその危なかっしいの」

「マコガ作ッタモノニ大キナ威力ガツク」

「び、微妙!」


 所謂、ちょっと出来の良いものが出来るって奴でしょ。

 せっかく異世界召喚されたっていうのに、そんな微妙な能力貰って。こんなところまで本当に平凡な人間なんだな、私って。


 もうひとりの……美月さんは何の特異を授かったんだろう。何にせよ、私が女神の器じゃないっていう事に確信を得てしまった気がする。


「しっかし思ったより広いな。この家……」


 自分の特異が大したもんじゃないと分かって興味を無くした私は何処か吹っ切れたように辺りを見回した。


 外から見た時はこじんまりとして見えたが円形の壁伝いに木製の階段が埋め込まれ、その先にはロフト状になった部屋があった。

 ギィ、ギィ、ギィ。踏むたびに軋む階段。恐る恐る上へと登って行くと。


「ベッドだぁ〜!!!」


 どうやらロフトは寝室として使っていたらしく黒色の鉄製フレームで出来たベッドの上には埃を被った布団、ちゃんと枕まである。


「クロウ!これは洗濯して干すから運んで!」

「ヘイヘイ…羽使イガ荒イカァ…」


 ベッドのそばには陽が入り込む大きな丸窓。外を覗き込めば、深い緑の樹々たちが風に揺られているのが見える。窓を押し開けると早朝の澄んだ空気が部屋の中に舞い込んだ。


 ベッドの隣にあった大きな戸の金具を引っ張ると並んでいたのは数々の洋服たち。


「これは……クローゼット?」


 突然、目の前に本が現れた。いつものように勝手にページが捲られる。


『魔女のクローゼット〜身だしなみを整えてお洒落を楽しもう〜』


 まるでファッション誌のようなコーディネート特集。どの洋服にも尖り帽子はマストアイテムらしい。


「しかし……さすが魔女。ボロ着ばっかり……」


 いくつも並んだ継ぎ接ぎ布のワンピースは、どの色も暗い。一番明るい色だったアイボリーのワンピースのワンピースを手に取る。


「えーっとこのワンピにお勧めなのは…『ブラックラム皮の金刺繍ベスト(温度調節機能付き)』に『虹羽根を織り込んだローブ(軽量特化)』…なるほど。便利」


 この服来てどこへ行けと?と思わす下手な現代の雑誌より実用性があって良い。洋服も保存状態が良かったのか、虫食いも見当たらなかった。


「よし!着替えよう!」


 やっとリクルートスーツから解放される!

 魔女さんおすすめコーディネートに身を包んだ私はどこからどう見ても魔女に見えるはず。きっと異世界人とは誰も思わないだろう。


「カァ!人が一生懸命運ンデヤッテルノニ!サボルナ!」

「ごめんごめん!でも、どう?魔女っぽい?」

「不思議ダ…魔女様ノ服ナノニ……タダノ貧乏人ニ見エル」

「ただの貧乏人」


 まあ、その通りなんだけど……。

 酷いこと言うクロウは放っておいて中断していた掃除を再開しよう。魔女の服を着たところで飛べない私はしこたま家中の埃、蜘蛛の巣、枯れ葉を箒で掃いて外へと追い出してゆく。


「一通り掃き終わったし、とりあえず先に洗濯しちゃおう!」


 そこで、また本が現れる。お次は『フラワーソープの使い方』。


「ふむ…花弁が石鹸になるのね!ねえ、クロウ。フラワーソープってどこで手に入るか知らない?」

「ソレナラ庭ニ一杯群生シテル!持ッテクル!」


 ぴゅん!っと外へと飛び出し、


「コレダ!」


 すぐに帰ってきたクロウが嘴に咥えていたのは、大きな花弁が五枚ある薄ピンク色の花。コスモスみたいな形をしていて、とても可愛い。嗅いでみるとソープの香りがした。


「よーし、さっそく使ってみよう!」

「庭ノ井戸ナラコッチダ!」

「ありがとう!クロウがいてくれて本当助かるわ!」


 なんだかんだ言いつつ、嬉しそうに私を案内するクロウ。魔女さんが亡くなって、きっとクロウも寂しかったんだろう。


「このタイプの井戸か……」

「コノ取手ヲ一杯押スンダ!」


 庭にあった井戸はよく漫画やイラストで見る手押しポンプ式タイプの古い井戸だった。深緑色で苔が生えており雰囲気はあるが、蛇口を捻ったら水が出た便利だった元の世界が一気に恋しくなる。

 クロウが外に立てかけてあった大きなタライを器用に足で転がして井戸の先へと置く。私はコキュ、コキュと必死に取っ手を押した。


「つ、つかれるぅ〜……!」

「ガンバレ!ガンバレ!マーコ!」

「あ!でたぁ!!!」


 勢いよく飛び出した水に感動!よかった、錆もなく綺麗な水だ。

 タライにフラワーソープの花弁を一枚入れてシーツも入れる。そして、靴を脱ぐとタライの中で足踏み。


「わ……!泡立ちがすごい……!」


 たった一枚の花弁しか入れてないのにすぐにブクブクと泡が立つ。踏むたびにお花と石鹸のいい匂いが辺りに広がった。シーツ、ふとん、ブランケット。あと枕カバー。


 クロウと協力しつつ、次から次へと洗濯してゆく。木と木の間に紐を結んで簡単に物干しを作り、そこへせっせと干していった。


「うーん、きもちいいね」


 パタパタとシーツが風に揺れる。本日はカラッとした快晴。きっと夕方には乾くはずだ。


 

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