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05.かわいい従魔の飼い方



 ぼんやり白っぽく光る本。開かれたページは真っ白で、じっと見つめると文字が浮かんでくる。なにやらご丁寧にイラストまで描かれていた。


『魔女のお掃除〜基本中の基本!棲む家を清潔に保とう!〜』


(これ……掃除の指南書だ……)


 本を持とうとすると手が本からすり抜けた。


「実体はないんだ……」


 もう一度本へと手を伸ばし、触れるか触れないかのところで捲る動作をすると羊皮紙の音を立ててページが捲られる。

 しかし、次のページは真っ白でいくらジッと見ても睨んでみても笑ってみても。文字が浮かんでくる様子はちっとも感じなかった。


「とりあえず……この本通りにやってみるか」


 ページを元に戻し、タイトルの下をなぞる。どうやら明かりの灯し方のようだ。


「ランタンを綺麗に磨き、灯したいだけのお砂糖(囁き木の樹液でも可)を入れて夜を待つ……なんじゃ、こりゃ」


 でも、灯りか……。ぼんやりと本が光り多少なりとも明るいけれど、気がついたら部屋の中は既に真っ暗。すでに夜が訪れていた。


 急いで周囲を見回し、持ち手のついた卓上のランタンを見つけた。雰囲気のあるお洒落なアンティーク調のランタンだ。割らないように気をつけてスーツの裾で汚れを拭き取り、磨くのはこれでオーケー。


 次は、お砂糖だ。キッチンであろう場所の目処はついてる。薬棚の下にある、あそこだ。


 私が動くと本もついて来てくれる。そのおかげで手元もよく見えた。


 キッチンの上で好き勝手に散らかっている枯れ草を退かし、砂糖の瓶を探す。並んでいた白い色のホーロー瓶の蓋を開け、中を覗き込むと真っ白な……お砂糖?


「うーん……舐めて確かめる勇気でない……」


 だって、たぶんこれ何十年前かの砂糖だろうし…。

 どうしようかと悩んでいたら。突然、目の前を眩しい光が通りすぎ、そのまま瓶の中へと入っていった。


「あっ!案内人さん…!」


 瓶の中を覗き込めば、森で迷子になっていた私をこの屋敷まで連れてきてくれた。あの小さな虫。


「あなた、夜になるとこんなに明るいのね」


 思わぬ再会に、うるっと涙腺が緩む。しかし、小さな虫が次から次へと灯りが飛んできて、瓶の中へ。


(お砂糖が無くなっちゃう……!)


 慌てて涙を引っ込めて、とりあえず試しにスプーン二杯分をランタンの中に入れた。


「すごいな……この本……」


 ランタン、ひとつ。それでも部屋が随分と明るくなった気がする。

明かりは大事だ。真っ暗だと気持ちまで暗く沈んでしまうから。


「はぁ、ちょっと休もう……」


 思えば、三日間慣れない馬車での移動。護衛たちからの脱走に、森での迷子。もう、クタクタだ。

ゆっくりと息を吐き、近くにあったアンティークな椅子に腰を下ろそうとすると、


「ぎゃっ!!!」


 いきなり黒い物体が猛スピードで目の前を通り過ぎる。


 ガラン!ゴロン!ガシャン!!!


 音がしたキッチンの方へ目を向けると大きな壺に、なにか、すっぽりと嵌って……


「カラス……?」


 壺に嵌ったままバサバサともがいて黒い羽根を散らしている。このままじゃ可哀想だ。


「お願いだから暴れないでよ〜」


 恐る恐る細い脚を掴んで引き抜く。すぽんっ!と小気味いい音と共に、飛び出したのはやっぱりカラスだった。


「カァ!キサマ!ナニ奴!此処ハ魔女様ノ棲家!」

「えっ!鴉が喋った……!」

「俺ハ鴉ジャナイ!カァー!出テケ!出テケ!」


 甲高い声で叫びながら、黄色い嘴で私の頭を突いてくる。


「痛っ!私っマコ!魔女様って、あの水晶玉の!?」


 部屋の真ん中にある水晶玉を指差す。それを見てカラスは大きく羽根を広げて驚いた。


「ナッ!水晶玉ガ光ッテ!?封印ヲ解イタノカ!?」

「封印?」

「アノ水晶玉ハ魔女様ノ……デモ!俺認メナイ!絶対!ダメ!ダメ!」


 ダメ!ダメ!に合わせて何度も突いてくるカラスにイラッとして、思わず叫んだ。


「ちょっと落ち着きなさいよ!こんのダメ鴉!」

「カァーーッ!!!俺ハダメ鴉ジャナイ!」

「じゃあ何よ!ガァ太郎?クロ男?」

「ヤッ!ヤメロ!俺ニダサイ名前ヲツケルナ!」


 ダ、ダサい名前……。

 いいわよ。思わずしびれちゃうような、カッコいい名前をつけてやるわ!


「じゃあ貴方の名前は……クロウよ!」


 呼んだ瞬間、カラスの動きがとまった。


「クッ、クロウ……クロウ……」


 何度も名前を呟くと、


「カァァー……終ワッタ……」


 へなへなとキッチン台に落ちていく。慌てて近寄るとクロウの額が金色に光り、焼け付くように太陽の紋章が現れた。


「ちょっ……!なんかおでこに……!これ大丈夫なの!?」

「俺ミタイナ弱イ魔物ハ名前ヲ気ニ入ッテシマッタラ従魔ニナッテシマウンダ……」


 額の紋章は、私の従魔になった証拠らしい。

 ああ、私が素敵な名前をつけたばっかりに……。あまりの落ち込み具合に申し訳なくなってきた。


「あ、本」


 いつの間にか消えていた本が、急にまた現れた。勝手にページが捲られる。


『可愛い従魔の飼い方〜従魔がいれば、もう寂しくなんかない!〜』


 さ、寂しかったのか……魔女様……。


「確かに……その一、従魔にしたい魔物が気に入る名前をつけようって書いてある。餌は主人となる人間の魔力を吸収するぅ!?」


 その文字にぎょっとしてクロウをみる。


「心配ナイ。マコノ魔力ハ底ガナイ」

「は?底がない?っていうか、クロウ……その目……」


 オッドアイだ。黒の左目と、右目は瞼に傷があって赤色の目をしていた。私をじっと見つめる赤い方の瞳がぼんやりと光っている。


「鑑定眼ダ。魔女様カラノ贈リ物。死ヌ前ニ、ズット見エナカッタ俺ニクレタ」

「鑑定眼?」

「ソウダ。魔女様ノ能力、人間モ魔物モ植物モ。全テ鑑定出来タ」


(魔女様って、もしかして………)


 ある一つの考えが頭をよぎる。クロウに聞くのをぐっと思いとどまったのは、未だ何も分からない世界で決めつけるのはまだ早いと思ったからだ。


「ソノ知識ヲ詰メ込ンダノガ、アノ水晶玉ダ」

「……なるほど。そんな大事なものをあげるなんて、あなた大事にされてたのね」


 死ぬ前と言っても、自分の目玉をあげるなんて愛情がなくては出来ないことだ。

 しゅんと大人しくなったクロウの額、太陽の紋章を指で撫でてやる。



「カァ…魔女ハ寂シガリ。マコ…モ、カァ?」



 何故かクロウの言葉で思い出したのは、母の笑顔だった。


 向こうの世界で、たぶん死んじゃってる私。お母さん……どう思っただろう。

 がんばってね、と笑って送り出してくれた。いつまでも帰ってこなくて、すごく心配したと思う。


 私が、死んだって聞いて、きっと……、



「……う、ん。私も、寂しがり。一緒にいてくれる?」



 思わず涙が溢れた。慌てて拭っても、次から次へと頬に流れる涙をクロウの赤い瞳が追う。


「イテヤル……ッ!マコノ従魔ダカラ!マコモ寂シガリダカラ!」

「うん……っ……ありがと、……クロウ」



 お母さん、ごめんなさい。

 わたし、たぶん、そっちで死んじゃったと思うけど。

 ボロい魔女の家と一緒に居てくれる従魔もいて、私らしくそれなりに、元気に生きてゆくから。なんだかんだで、頑張って生きていくから。

  だから、もう泣かないでね、お母さん。


 

 

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