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37.舞踏会


 いつもの如く、突如床下から現れた美月さんの装いはドレスではなく、以前見たキャビンアテンダントの制服だった。舞踏会なのにドレスでなくて大丈夫なのかと問えば「太客が集まるまたとない機会に宣伝しなくてどうする」と商魂逞しい台詞が返ってきた。


「でも、マコちゃんすごく綺麗ね」


 私を見てにっこりと笑った美月さん。同じ異世界からやって来てリクルートスーツ姿の私を知っている美月さんにドレス姿を見せるのは少し恥ずかしいけど、ミーナやモカちゃん、ロザリー夫人。そしてジオンが着飾ってくれた私は胸を張って立つことが出来る。


「さあ、二人ともこっちに来て」


 美月さんが以前から持っていた先端が月型のロッド。そのロッドにまるで観光ツアーのように旗が添えられている。美月さんがフロアにロッドで円を描くとその円が白っぽく光る。どうやらその中に入ると移動できるようだ。同じように理解したジオンが私を連れて円に入り、自分の腕に私の手を掴ませる。きちんとエスコートしてくれるらしい。


 ジオンに捕まっている反対の手で、みんなに手を振る。みんなも同じように笑顔で手を振ってくれた。もちろん同行出来ず拗ねているディラン以外だけど……。

 

「じゃあ、行くわよ!ルーカスタ王宮行き、出発いたします〜!」


 瞬間、眩しい靄に覆われる。あまりの眩しさに思わず目を瞑った。


「おぉ、見事なもんだな……」


 ジオンが漏らしたその声と、周りから聞こえたどよめいた声に恐る恐る瞼を上げる。

 すると、そこには――。


「すごい……もう着いちゃった……」


 煌びやかなシャンデリア。広々とした大理石のフロア。美しいドレスで着飾った人たち。

 まるで映画の中に入り込んだ気持ちになって、ほぅとため息が溢れた。


「あっという間に行きたい場所へ!ムーン航空をご利用頂きありがとうございました〜!またのご利用お待ちしておりま〜す!」


 美月さんはここぞとばかりに旗を振って声を張り上げる。

 いつの間にか彼女が小脇に抱えていたものを見れば、料金プランが書かれている羊皮紙だった。所謂、宣伝用チラシ。どうやらこの会場でばら撒く気満々らしい。

 帰りも送ってくれるそうで(もちろん出来る限り人がたくさんいる前で)意気揚々と貴婦人たちに向かっていく美月さんを見送った。


「っていうか……もう、美月さんってば」


 はっと気がつけば、周囲の目がこちらへ向いていることに気がついた。なんたってここはフロアのど真ん中。絶対宣伝効果を狙ってわざと目立つところに到着したのだろう。


「さぁ、どうする?とりあえず踊るか?」

「踊れないこと知ってるくせに……」

「はは、大丈夫だ。踏まれてもいいように丈夫な革靴を履いて来たからな」


 悪戯な笑みを浮かべるジオン。

 もちろん練習はした。しかし、そんな短期間で運動能力まで平凡の私が華麗に踊れるはずもなく、幾度となくジオンの足を踏む羽目になった。踏まれる前提でダンスを申し込んでくるジオンの器の大きさがしんどい。


「ジオン様……」


 彼を呼ぶ声がした。

 振り返るとそこにはシャンデリアの光を浴びて輝く金色の髪。くるりんと巻かれた縦ロール。豪勢なフリルのついたピンクのドレス。私のつけたイエローダイアモンドには負けるが、首元には大きな宝石をぶら下げている女性が立っていた。

 彼女は、まさしく……

 エ、エリザベーテ様だ……!!!


「ジオンの元婚約者……」


 うっかり漏らした私の言葉にジオンがもの凄く嫌そうな顔をした。

 そんなジオンの表情とは反対に、エリザベーテ様はジオンへ近寄ると瞳を潤ませ上目遣いでジオンに問いかける。


「どうして、なぜ……そのような女を……」


 私は選んでくれなかったのにと、続きが聞こえて来そうだ。

 選ぶも何も、勝手にやって来て勝手に逃げ出したと聞いている。


「あなたが辺境ではなく王位を継いでくだされば……私だって……」


 私たちにしか聞こえないような小さな声だった。

 それでも、王太子さまのお嫁さんであり、この国のお姫様が言うことではない。


「マコ、行こう。向こうにマコが好きそうなケーキがある」

「お待ちください!ジオン様!」


 何事もなかったかのように無視するジオンの背中へ叫ぶエリザベーテ。

 集まっていた周囲の目が興味深く私たちを見つめ「やはりエリザベーテ様はまだジオン様のことを……」扇子で覆いきれない言葉が聞こえてくる。

 いくらジオンを好きだとはいえ、すでにこの国の姫でありゆくゆくは王妃様として国を支えていかねばならないのに大丈夫かと……色んな意味で不安げにジオンを見つめる。

 そんな私を安心させるように、ジオンは私を見つめて微笑んだ。そして振り返る。


「呆れて言葉もない。それだけだ」


 初めて聞いた低い声。ジオンは吐き捨てるように言うと、もう一度、私へと向き返りまた笑みを浮かべる。


「さぁ、マコ行こうか」


 ……温度差が怖い。

 ちらり、と後ろを見れば真っ青になり、体を震わせ涙を浮かべるエリザベーテ様。


「未来の王妃たるものが、なんと情けない。君を選んだのは本当に間違いだったよ、エリザベーテ」


 凛とした声が響く。エリザベーテの後ろから、ゆっくりと歩み出して来たのは。


「ハルク王太子……」


 真っ白に煌びやかな金の刺繍が施された衣装に、余裕たっぷりの笑み。相変わらずキラキラとして見えて、アイドルみたいだ。


「ジオン、ありがとう。彼女を連れてきてくれて」


 そう言ってジオンに礼を言う。そのセリフの前に「僕のために」が隠されているのが見え見えで、私は表情を曇らせる。そんな私以上に表情を歪めたのはジオンだ。


「お前の為に連れてきたんじゃない。マコのドレス姿が見たかった俺の為に連れて来たんだ」


 次に顔を歪めたのはハルク王太子だ。呆れたように鼻で笑う。


「彼女に惚れてるのか?だが、残念だったな。君にその権利はない。特異の女神を娶る権利があるのは、僕だけだ」


 そう言って私に手を差し伸べる。

 もちろん私にその手を取るつもりは一切ない。

 私が伝える前に、ジオンによってその手は払い除けられる。


「お前はマコに求婚する前に、あいつの散財をやめさせろ」


 ジオンが顎で刺したのはエリザベーテだ。真っ青だった顔を真っ赤に染めて首元にぶら下がっていた大きな宝石を隠すように俯いた。


「お前たちは俺にどれだけ貸しがあると思ってるんだ」

「それは、」


 王宮に金がない、とモヘジさんが言っていた。

 資金集めを集めるため「特異の女神」を召喚していたことも知っている。その上、辺境伯であるジオンにまでお金を借りていたとは……。


「西の辺境伯の言うとおりだ。貸したものがもう返って来るとは思ってもいないが、たかだか王太子の分際で何を偉そうに」


 真っ赤な衣装に身を包み、孔雀の羽根のような鮮やかな扇子を持った男性が言った。雰囲気のある彼を見て誰かが「南の辺境伯様だ……」と呟いたのが聞こえた。


「やぁ、ジオン。君がレディを連れるなんて夢を見ているみたいだよ」

「王宮の舞踏会なんて気が乗らなかったけど、こんな面白いものが見れるなんて来てよかったな」

「お似合いじゃないか、ジオン」

「うるせぇ」


 ジオンを揶揄うように笑みを浮かべる南の辺境伯。その後ろにいた、一際目立つ二人組。雰囲気からして彼らも辺境伯だろう。北と、東。彼らにジオンが言い返す様子は仲睦まじい感じかした。

 

 しかし私は「王太子の分際で」の言葉に首を傾げる。一番の権力を持っているはずの王様。その次に冠を被るはずの王太子を鼻で笑う辺境伯爵たち。

 それに意を唱えるものは現れない。

 

「東西南北、辺境の地を護る俺たちがいるからお前たちは呑気に玉座に座り冠をかぶっていられるんだろう」


 そう言ってジオンが見上げたのは大きな玉座に座る王様だ(全然気づかなかった……)それほどまでに存在感を消していた王様は、ジオンに睨まれると更に小さく肩を縮こませる。

 

「し!しかし、王家が女神を娶るのは決まりだ!」


 白け切った場を盛り返すようにハルク王太子が叫んだ。ジオンはため息をつくと、言葉を返す。

 

「俺だって王家の血筋だ。俺がお前の従兄弟だってこと忘れたのか」


 その言葉に目を見開いてジオンを見た。

 ジオンが王子の従兄弟。つまり、ジオンの祖父が元王様ってことになる。


「だが王家の象徴を守るためにも、」

「くだらない。そんなことの為にマコを犠牲にさせてたまるか」


 ピシャリと言い返したジオンに、もう何も返せないハルク王太子。


 私も美月さんも。好きでこの世界にやって来たわけじゃない。

 自分たちが必要だからと結婚させて、いらなかったら辺境へと追いやって。ジオンの言う通り、それは王家のための犠牲だった。

 そして、私が辿り着いたのは、古くて寂れた魔女の家。でもいつの間にか、それはどこよりも温かい場所になった。


「私は……この先もずっと、ガルシアで暮らしていきます」


 ゆっくりと唇を開いて伝えた私の思いを聞いてジオンの瞳が嬉しそうに輝いて私を見つめる。

 

 ハルク王太子は三人の辺境伯たちにも睨まれ、諦めたように肩を落とした。


「……ジオン、お前には昔から何一つ敵わない」


 小さな声だった。しかし静まり返った大理石のフロアにはよく響く。


「いつだって誰よりも強く、誰よりも賢かった。大人になってから得てきた財力も、兵力も、それを纏め上げる力も。何も敵わなかった。お前に唯一勝っていたのは継承権だけだ。俺よりも、お前の方が、きっと――」

「ハッ、馬鹿言うな。俺は王子様なんて柄じゃない」


 ジオンは呆れたように首を振る。そして、私の腰を引き寄せ強く抱くと笑った。

 

「ただひとつ言えるのは、マコの隣が似合うのは俺だけだ」


 その言葉に私の頬が赤く染まる。そんな私を見てジオンは満足そうに笑うと、美月さんを呼びつけた。


「送ってくれ、旅行屋」


 美月さんは大喜びで駆けつけ、私とジオンの周りを円で囲う。


「アテンションプリーズ!ガルシア辺境ボロ小屋行き、まもなく出発致します〜閉まる魔法陣にご注意下さい〜!」


 周囲にお得意の営業スマイルでにっこりと笑って右手をかかげ、そして。


「それでは出発いたしま〜す!」


 ロッドで床を叩くと、また眩しい光に包まれる。最後に呆気に取られたハルク王子とエリザベーテ様の顔が少しだけ面白くて、ちょっぴり笑った。


 

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