36.イエローダイアモンド
「わぁきれい!」
「うぅ……美しさに涙がどまらないですだ」
「結婚式でもないのに、なに泣いてんだい!でも、本当に綺麗ねぇ……さすが私だよ」
さらり、と揺れるドレスの裾。美しく染められたエンペラーブルーに、星屑を散らしたように眩く輝くラメのレース。
舞踏会当日。私を飾るために集まってくれた、ミーナ、モカちゃん、ロザリー夫人が私を見てうっとりとした溜息を吐いた。
私はというと、初心者ばかりのエステティックサロンを開催して三日目を過ぎた辺りから、モカちゃんに鏡見るの禁止令を出されていた為、現状の自分の状態すら分からないまま望んだ今日。
メイクも終わり、ドレスに着替え、やっと自分とのご対面である。
「さあ、ごらん」
ロザリー夫人に連れられたのは全身が映る大きな鏡の前。私はドキドキした胸を抑え、目を開けて自身を見つめた。
「えっだれ」
鏡に映っていたのは、今まで見たことがない程美しい女性だ。
艶々とした黒髪はアホ毛一つなくシルバーの髪留めで綺麗に纏められ、動くたびに煌めくブルーのドレス。上品に広がって魅せるデコルテは雪のように白く、美しい。
「その誰よりも美しい女性は、お嬢様ですだ」
「うそ……」
何より驚いたのは、顔だ。もちろん素材は何一つ変わっていない。目も鼻も唇の形も、私だと分かるけど……。
ほっそりとした顎周り、吹き出物ひとつない柔らかな白肌。頬は薄らと桃色に色付いて、唇はぷっくりと林檎のように瑞々しい。
心なしが瞳も大きくなって、きらきらと輝いている。
「……やっぱり、誰だ」
「だから、魔女さんだってば!」
「がうっ!」
コトラを抱きしめたモカちゃんが笑った。
「俺モ信ジラレナイ!詐欺ダカァー!」
「アンタは信じなさいよ!従魔でしょうが!」
失礼なクロウにみんなが笑う。
本当はコトラもクロウも王宮に連れていけたらよかったんだけど、王宮には色々な人間が集まるから、やめておいた方がいいとジオンに言われ、ミーナに預かってもらう予定だ。
「さてさて、ジオン様からイエローダイアモンドのイヤリングを預かってるからね。これをつけて私の仕事は終わりだよ」
「あの、ロザリー夫人。ありがとうございました。こんなに素敵なドレスを仕立ててもらって、メイクまで」
「私も年甲斐もなく張り切っちゃったよ!楽しかったさぁ!」
「それで、あの……イヤリングは、二人につけてもらっても?」
そう言って私が振り返ったのは、ミーナとモカちゃんだ。
「もちろん」
にっこり笑ってロザリー夫人は、私にジュエリーボックスを渡す。それすらしっかりとした美しいものだ。
「お、恐れ多いですだっ!!」
「その宝石一個で街まるごと買えちゃうって聞いたもん!モカも触れないっ!」
「それを耳からぶら下げる私にいうの?」
「「うっ……!」」
「ふふっ!さぁさ!ジオン様もお待ちだよ!」
ロザリー夫人が創りの複雑そうな鍵をボックスの鍵穴に差し込む。ぱかりと開いたボックスに鎮座した輝く大きな宝石。
これがイエローダイアモンド。
「うわぁ……高そう……」
「それが一番の感想かいな」
だって大粒の涙型のイエローダイアモンドがぶら下がってるのは揺れる部分で、耳朶のところには大きな透明のクリスタル。これも輝き方から見てダイアだと思う。その周りを囲う繊細な装飾も、一流のものだ。正直、眩し過ぎて目が眩む。ミーナなんか眩しすぎるのか目を瞑り過ぎて絶対見えてない。
「ミーナ、お願い」
「わ、分かりましただ……」
ボックスからひとつ取るように言うと、覚悟を決めて頷く。震える指でイヤリングを摘むと、恐る恐る私の耳朶へと。
「落とさないように……絶対落とさないように……」
まるで呪いの呪文のように呟くミーナに笑いを堪えるのが大変だった。
「ありがとう、ミーナ。ミーナのおかげで、こんな私でも自信を持って舞踏会に行けるようになったよ」
「お手伝いが出来て、本当に嬉しかったですだ!誰がなんと言おうと!お嬢様が世界で一番美しいですだっ!」
未だミーナの瞼からこぼれ落ちる涙にロザリー夫人は呆れていたけど、そんなロザリー夫人の目の淵にも光るものがある。
「モカちゃん、お願い」
「はぁいっ!」
コトラをおろし、スカートで二、三度手を拭う。そして珍しく緊張した表情でイヤリングに手を伸ばした。
「ジオン様に幸せにして貰ってね」
「こらこら、結婚式じゃないんだから」
「じゃあプロポーズされたら教えてね」
「もう」
おませなモカちゃんに笑う。イエローダイアモンドがモカちゃんの綺麗な瞳をきらきらと輝かせた。
二人にイヤリングをつけてもらい終わり、もう一度鏡を見る。
ロザリー夫人からこのダイアの話を聞いた時、そんな高価なものを身につけて不相応だと笑われないか心配だった。
でも、ミーナとモカちゃん。そしてロザリー夫人のおかげで、胸を張って歩くことが出来そうだ。
「さあ、ジオン様がお待ちかねだよ」
ロザリー夫人に差し出された手を取って、扉へと向かう。この扉一枚向こうにジオンがいる。
この私を見て一体彼はどんな顔をするだろう。高鳴る胸を抑えるように、息を吸った。
◇
「……っ」
「……はっ!」
ミーナが扉を開き、そこにいたジオンと目が合った瞬間。呼吸を忘れた。
いつも無造作に流されている黒髪は、後ろに撫で付けられ、似合いすぎるオールバックがジオンの色気をこれでもかと言うほど醸し出している。
遠目で見ても分かるほど質の良い艶やかな生地の燕尾服に、銀糸で編み込まれた華やかな刺繍が至る所に施されている。
胸元のスカーフは私のドレスと同じ色、お揃いだ。
元よりスタイルが良く、何を着ても似合うだろうが、これは、どうしよう。
一気に隣に立つ自信が無くなってきた……。
そんなジオンから目を逸らすように俯くと、私の手を取ったのは、大きな掌。ゆっくりと持ち上げられるその手の先を見ればジオンの瞳が私を捕えた。
イエローダイアモンドにも負けない、強い輝きを放つその目で私を見つめ、そして言った。
「……とても、綺麗だ」
ゆっくりと、優しく。私の手の甲に口付ける。
熱を持つ彼の瞳に、私の頬も負けじと熱を持った。きっと今、私の顔は恥ずかしいくらい真っ赤だろう。
「……セバス。ネックレスを」
「はい。こちらに」
「イヤリングとこのネックレスは俺からのプレゼントだ。受け取って欲しい」
「いや、受け取れませんっ」
「むっ……なぜだ」
「高価すぎる!!!」
借りるならまだしも、受け取ることは出来ない。
「貰ったところでつけていく場所も、保管しとく場所もないからよ!」
「だが、マコへの贈り物はこのくらいのものじゃないと」
「だから坊ちゃ……ご主人様言いましたでしょう。あまりに高価すぎるとマコ様が遠慮してしまうと」
「まさに東の方の言葉「魔獣にベルガ」というものですね」
ディランの言った「魔獣にベルガ」は異世界でいうところの「猫に小判」というものか。
じろり、とディランを睨むと、ディランはわざとらしく咳払いをして、言った。
「ただ、今日のあなたは認めてやってもいい」
「認める……?」
「ジオン様の隣に立つことを」
ふん!と鼻を鳴らしたディランの頬は少し赤い。彼の精一杯のようだ。その顔が面白くて少し笑ってしまう。
「だが、マコには俺の……俺の瞳と同じ色を身につけて貰いたかった」
しょんぼりと項垂れるジオン。
「あんな高価な贈り物をして怒られるとか、ジオン様可哀想……」
「がるぅ……」
「まあ、お相手はお嬢様ですだ。その辺のご令嬢とは違って一筋縄じゃいかないですだ」
「貰エルモンハ貰ットケ!」
……外野がうるさい。別に、怒ってるとかじゃない。だって本当は。
「ジオン……あのね、本当は嬉しいの。男性からプレゼントして貰ったこととかなかったから……」
「そ、そうか……!」
「だけど、ちょっと高価すぎて受け取るのが怖いの。だから、大事にしたいから、管理はセバスさんにお願いしてもいい?」
「ああっ……もちろん!」
嬉しそうに笑みを浮かべたジオンの後ろで、胸に手を当て私に一礼するセバスさん。あれは「お任せください」と言っているはずだ。
「じゃあ、贈らせてもらっても?」
私が頷くと、セバスさんが箱に鍵を差し込み開ける。ジオンが手に取ったもの。大きな涙型のイエローダイアモンド。イヤリングと同じようにその周りを(イエローダイアモンドよりは小粒の)クリスタルダイアが飾っている。
「綺麗……」
誰もが息を呑む美しさだ。
ジオンが私の後ろにゆっくりと周り、優しくデコルテへと触れるひんやりとした感覚。カチリと音がしたと思いきや、首もとに触れた柔らかく温かいもの。ちゅ、っと鳴った音に、そこから熱が上がる。
「……ひぇ」
私の口から溢れたのは、初めて出会った時みたいに情けない声で。真っ赤になった私を、いつの間にか余裕たっぷりな表情でジオンが笑う。
「もっと高価なものにするべきだった。今日のマコは綺麗過ぎて、どんな宝石ですら叶わない」
「ひぇ」
もう一度溢れた、情けない声。
そんな私を「可愛すぎて堪らない」といった表情で見つめるジオン。誰かこの男を止めてくれ。
「嗚呼、なんということでしょう。まさか、女性嫌いで結婚なんか一生しないと言っていたあの坊ちゃんがこんな風にレディへ甘い言葉を囁く日が来るなんて」
「セバスさんも苦労したもんねぇ……」
「歩ク身代金ダカァ……」
「早く婚約しちゃえばいいのに」
「全部すっ飛ばして結婚すればいいんですだ」
「「(舞踏会行くのやめて結婚式にすれば良かったのに……)」」
そんな甘いムードをぶち壊したのは、床からぬぅーんと現れた生首。
「やっほーマコちゃん!ちょっと早いけど迎えに来ちゃった!準備できた〜?」
ジオンの城に絶叫が響いた。




