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35.エステティックサロン



「何それっ!すっごく楽しそうっ!」


 ミーナを連れて我が家(魔女の家)に戻り、案の定コトラと遊んでいたモカちゃんに事の顛末を話すと、思った以上にノってくれてぜひ手伝わせて欲しいと言ってくれた。

 農民の子であるミーナが文字を読めないとなると、商人の子であるモカちゃんはどうなんだろうと思ったけど、どうやらガルシアでは簡単な学習塾(簡単な文字の読み書きや計算)を教えてくれる場所は至る所にあるらしい。ジオンが行った教育向上の政策である為、学費は無料。ただ通うことが義務化されていない為、畑の手伝いを第一優先とされる農民の子が通うのは稀だとミーナは言った。


「大分古い本だけど、どうやら実際にお姫様に仕えていた侍女様が書いた本みたい。タイトルは「プリンセスあるがために」」


 本をパラパラと捲ってモカちゃんが言った。

 七歳児に本を読み聞かせしてもらうのはちょっと恥ずかしい(今後文字の読み書きを勉強しようと心に決めた)が、現状この本を読めるのはモカちゃんだけなので仕方ない。

 ミーナはこの本を城のメイド室から発見して以来、ずっと宝物のように持っていたらしい。そしてこの本に魅せられて女主人へ仕えることへの憧れを抱き、主人を迎えることを今か今かと楽しみにしていたようだ。


「ところで、侍女様って?メイドのこと?」

「侍女様っていうのは……女主人の身の回りの世話をする方ですだ」

「それってメイドと同じじゃないの?」

「全っ然違いますだ!侍女様は……本当は……貴族の女性にしか許されない役職なんです」

「え?貴族の女性が貴族に仕えるの?」

「はい。ワタシみたいな元農民は召使という立場。侍女様になれるのは、それなりの立場の方でしかなれません。セバス様に教えて頂きました。お嬢様をお慕いしてるからと言って、あまり出しゃばる真似をしてはならないと」


 執務室で叱られたミーナを思い出す。

 いつも元気いっぱいのミーナの落ち込んだ表情。まるで自身にはその資格がないと言わんばかりの表情だ。

 異世界から来た私には、身分差や階級などよく理解出来ない。だからこそ、ジオンを呼び捨てにしていたり、それが許されている。

 ミーナから話を聞けばは、まだまだ身分差は根強く残っているものだと知った。


「ただジオン様は、お嬢様はそんなことを気にする人ではないからと私にお嬢様のことをお任せしてくださいました!だから、ワタシ嬉しくて!」


 そもそも、そういうジオンがあまり気にしていないようにも思える。私に対する態度も双子に対する態度も。だからこそ農民の出であるミーナを雇ったりしてるわけで。

 

「それに私は女主人ではないしね。ミーナがどれだけ私に仕えようと身分なんて関係ないわ」


 本当は仕えてもらう立場じゃないのは私の方なのに、ミーナは私の言葉を聞いて嬉しそうに返事をした。そんな私たちを横目に、本に目を通していたモカちゃんが顔を上げる。


「ねえ、魔女さん。前にお手伝いした時、魔女さんが作ったものは威力が何倍も上がるって言ってたでしょう?」

「うん?そうだけど」

「なら、ここに書いてあるボディオイルとかヘアートリートメントとか、フェイスパックとか……魔女さんが作ったものを使ったらそれだけで効果が上がるんじゃない?」

「た、確かに……!」


 ミーナには申し訳ないけど、いくら磨いたらところで素材がコレ(私)だもんなと思っていた。

 けど……モカちゃんが言っていることはよく理解できる。元いた世界でも、よく分かっていたことだ。効き目のある美容液の素晴らしさ、は!

 けれど、効き目がある=高価なもの。

 の、方程式の前に万年金欠の私にはなす術もなく。それが今自身で作れるわけだ。それを使わない手はない。


 舞踏会に行くことは決定事項だ。それもあれだけハンサムなジオンのエスコート付きで。

 有名なデザイナーが仕立てる美しいドレスも、銀行に預けなければ危ないほど高価な宝石も用意してもらった。

 後は自身を磨くだけだ。素材云々言ってられない。努力はするべき。

 大事なことをミーナに気づかせてもらった気がする。


「ミーナありがとう!二人とも私が少しでも綺麗になれるように手を貸してね!」

「はいですだ!」

「はーいっ!」


 それから私は1日かけて用意した。

 エステティックセットを!!!


 ◇


「わぁ……!」

「すごい……魔女さんの本気を見たって感じ……」


 ミーナとモカちゃんの目の前にずらりと並べた薬瓶。クレンジングに始まり、マッサージオイル、スクラブ、化粧水、乳液、美容液、シルクで出来た布を浸した顔パックなど。もちろんヘアケア用品も欠かさず作った。

 用途を間違えないように二人に一つずつ説明していく。

 ちなみに場所はジオンが私のために用意してくれたという部屋だ。もちろんモカちゃんを入城させていいかの許可はジオンに貰っている。


「まあ、元の世界でエステなんて高価なところ不相ぎて行ったことがないけど、こんなものかな?」

「元の世界?」


 モカちゃんが首を傾げる。そういえば二人にはまだ言ってなかったな。


「あぁ、私。異世界から召喚されたの」

「ってことは……女神様って……こと?」

「まあ、そう呼ばれてるけどね。ただ二人召喚されちゃって、追い出された私は女神でもなんでも……って、どうしたの?」


 黙った二人を見れば、信じられない生き物を見たように目をまんまるくして、ミーナに至ってはぶるぶる、わなわなと震えている。

 そして、ミーナは私に向かって勢いよく土下座を繰り出した。


「ははぁっ!お嬢様ではなく女神様だったとは……数々のご無礼もっ申し訳」

「す、すごぉい!モカ!本物の女神様初めて見た!!!」

「やめてふたりともお願いだから」

「ですが!お嬢っ女神様!」

「女神様じゃないってば。召喚されただけで、そんな大したものじゃないの」

「でもモカはなんか納得しちゃった!だって魔女さん、なんか普通じゃないもん!」

「普通じゃ……ない?」

「うんっ!」


 産まれてこの方、自分を平凡で普通だと思って生きてきたのに。


「ど、どのへんが?」

「うぅ〜ん……上手く言えないんだけど、すごくぼろっちぃ服来て、ぼろっちぃ家に住んでるのに、憧れるっていうか、一緒にいたくなっちゃうっていうか」

「全部含めて魅力的ですだ!」

 

 二人の言葉に頬が赤く染まる。

 今まで言われたことがない言葉に、なんだか、ちょっと嬉しい。


「なおさら張り切ってしまいますだ!」

「だねっ!まずは手順1の入浴から始めよう!」


 ミーナが鼻息荒く腕を捲り、モカちゃんが本のページを捲る。そんな二人を見て、正直美しくなるとかならないとか、どうでもよくなるくらい。舞踏会までの一週間。ふたりと楽しく過ごせそうだと私は笑った。


 まさか一週間後の舞踏会当日――。鏡に映る自分があんなことになるとは、この時の私は少しも思ってもいなかった。

 

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