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34.仕事人間たち


 ジオンの執務室に案内されるのも、その度ディランに睨まれるのも慣れたもの。ただジオンから向けられる満面の笑みには、いつまでも慣れない。


「ドレス注文して来たの。あ、ありがとう」

「そうか。ロザリー婦人もさぞ張り切ってることだろう」

「ジオン様のお洋服をお仕立てする度に「早くドレスが縫いたいわ〜」と小言を頂いてましたからね」


 セバスさんが当たり前のように紅茶をカップへと注ぎ、私を執務室のソファーへと座らせる。美しい花柄の描かれたお皿には、美味しそうなクッキーまで用意してくれた。

 せっかく用意してくれたものだし、頂こうと手を伸ばす。一口齧るとほろりと口の中で溶けるクッキー。お……おいしいっ!


「さて、俺も休憩するか」

「ジオン様が休憩……!?」


 そう言って立ち上がると、ジオンの言葉に目を白黒させるディランを気にもせず、私と向かい合わせになったソファーへと腰を下ろした。


「いつも休憩しないの?」

「ああ。まあ、息抜きにお忍びで出たりはするが」

「基本的にジオン様は休まれるのが嫌いなのです。お忍びも街の見回りですからね」


 ディランがまるで自身のことのように自慢げに話す。だが、そう言った後少しだけ心配そうな表情を見せた。


「ただもう少し休まれては、と思っていたところです」

「本当に。いくら休まれて欲しいとお伝えしても「俺は丈夫だから」と返されてしまって」

「何をいう。俺は本当に丈夫なんだ。無理なんかしたことがない」


 ジオンのその言葉に私は疑いの目を向ける。

 私を守ろうとして傷を負ったり、それでも懲りずに神獣の森でも私を守ろうとした。たくさんのものを背負ってるくせに、その重さを感じさせないように笑う。

 私の視線から逃れるように逸らすと、ジオンは小さな声で言った。

 

「まあ……あれだ。好きなんだ、仕事が」


 仕事人間というヤツなんだろう。

 辺境伯というものが、一体どんな仕事なのか分からないけど、ただ討伐をしてるだけではなく、魔物達との共存の関係を保ち、領地や領民との関係も保ち、あっちが崩れてもだめ、そっちが崩れてもだめ。とても難しい仕事だと思う。

 貴族なんて上に行けば行くほど偉そうにふんぞり返ってるイメージだったけど、地味な仕事の方が圧倒的に多いのかもしれない。

 そんな仕事を好きだと言えるジオンは少し、やっぱりすごくかっこいいと思った。


「でも無茶はダメ。万が一ジオンが倒れたら大変なことになっちゃう」

「ああ、分かってる。だからマコが来たらこうやって休憩するさ」

「私が来なくても休憩してよ」

「休憩のタイミングがわからない」

「……思ったより重度だった」


 思わず頭を抱える。そんな私を面白そうに見ているジオンは、背後に立つ二人に声をかける。


「俺が休憩するから、お前らも休憩するといい。さあ」


 そう言って執務室の扉を指差すジオン。首を横に振るのは、ディランだ。


「いいえ。私はジオン様の従者ですので、片時もお側を離れるわけにはいきません」


 何この世界。仕事人間ばっかりか。


「ジオン様はマコ様とお二人で休憩されたいのですよ。ディラン様」

「な……!それは余計だめだ!婚約者でもない男女が部屋で二人っきりなど」


 今まで結構二人でいる時あったけどな……。それを伝えるのはディランが怖いから黙っておこう……。

 セバスさんが反抗するディランを羽交い締めにし、扉へとズリズリ引き摺っていると反対側から扉が大きく開いた。


「お迎えに上がりましたですだ!!!お嬢様!!!」

「ミーナ!?」

「はいっ!」


 私を見て嬉しそうに満面の笑みを浮かべるミーナ。


「ミーナ。部屋に入る前に必ずノックしなさいと何度申し上げたら、あなたはお分かりになりますか?」


 そんなミーナを静かな低い声で叱るセバスさん。こ、怖い。


「も、申し訳ありませんですだ!!!」


 震え上がったミーナが可哀想でつい口を出してしまう。


「ミーナ、どうしたの?お迎えの時間にはまだ早い気がするけど……」

「お嬢様!私め、ミーナに全てお任せください!」

「な、何を?」

「ミーナは素晴らしい本を手に入れましただ!お嬢様を今よりもっと美しく完璧なプリンセスに!」

「は?」

「これ以上は殿方の前でお話しできません!ではジオン様!失礼致しますだ!!!」


 ミーナは勢いよく頭を下げる。そして、私の腕をぐわしっ!と掴むと私を連れてジオンの執務室を飛び出した。


「ジオン様……」

「残念でしたね、ジオン様」

「…………もういい。仕事する」


 ◇


「あの、ミーナ……勝手に入っちゃって大丈夫なの?」

「はい!心配ありませんですだ!この部屋はジオン様がお嬢様のためにご用意されたお部屋ですから!」

「ジオンが……私に?」


 ちょっと、待て。


「それって客間ってこと?」

「いいえ?この部屋はお嬢様のお部屋ですだ」


 ぐるり、と見回す。私の家(お師匠様の魔女の家)がすっぽりと入ってしまいそうなぐらい広い部屋。天井も壁紙も白で統一されており、壁紙には薄らと美しい花が描かれている。置いてある家具も、この無骨だった城にはなかったような可愛らしいデザイン。

 大きなベッドにはピンクのレースの天板。女の子なら一度は誰もが夢に見るプリンセスの部屋みたいだ。


「どうして私の部屋なんか」

「毎晩お風呂に入られた後、疲れたらここで休ませるように言われていますだ。お嬢様はいつも晩餐を終えるとすぐに帰られてしまうので、ずっとご案内できずにいました」

「じゃあ、あの申し訳ないけどジオンに必要ないから大丈夫だと伝えて」

「そんな恐ろしいことミーナにはお伝えできません!」


 顔色を真っ青にしてフルフルと首を振る。


「でも、勿体無いわ。こんな可愛い部屋」

「大丈夫ですだ!これからお嬢様がお使いになるので!」

「私には似合わないでしょ」

「おかしいですだ。ジオン様はこの部屋を改装するときにお嬢様のイメージを職人達にお伝えしていた筈です」

「どんなイメージよ」

「ジオン様はお嬢様をこのように可愛らしく思われていらっしゃるということでは?」


 ミーナに言われて、頬に熱が集まった。

 ジオンから見た私のイメージがこれって。

 真っ白の壁紙に、美しい花柄、ピンクの天板。


 ……ジオン、大丈夫だろうか。

あの二人と一緒になってもう少し真剣に休みを取らせることを考えなくては。


「ところで、ミーナ。私に用事ってこの部屋に案内することだったの?」

「いいえ!ワタシがお嬢様にして差し上げたかったのは、これですだ!」

「……本?」


 ミーナから受け取ったのは、文庫本ほどの大きさの本だった。

 表紙にはドレスを身に纏ってこちらを振り返るお姫様のイラストが描かれている。パラパラと中を覗くと、連なった異国語にちょこちょこイラストが載っている。

 こちらの文字は私には読めないが、載っている絵を見るとお化粧の仕方だったり、マッサージの仕方のようだ。


「セバス様から聞きましただ!お嬢様が舞踏会に参加されると!ヘアメイクとお仕立てはロザリー夫人がやると聞かされました。ワタシはまだメイドとして半人前ですだ……でも、お嬢様の美しさはこのミーナが一番知っています!それでワタシができることを考えました!」

「ミーナができること?」

「はいっ!舞踏会までにお嬢様も今よりももっと艶々プルプルにすることです!!!」


 つまり、ボディケア、下準備をしてくれるということらしい。

 キラキラとした目で私を見るミーナ。

 正直、嬉しかった。ミーナが女主人(私は主人ではないけど……)に仕えたがっていたのは知ってる。でも、私のために一生懸命出来ることを探してくれたのが嬉しかった。


「分かった。ミーナにお願いするわ」

「はいっ!お任せくださいですだ!」

「ところで……ミーナ。文字は読めるの?」


 元々農民の出だと聞いていたけど……。

 そんな私の質問にミーナは、少し黙った後、言った。


「絵で、なんとなくは……」


 私はミーナに静かに頷くと、家でコトラと遊んでいるであろう我が魔女屋の会計士、スーパー七歳児モカちゃんに翻訳をお願いすることにした。もちろん特別手当を出すつもりで。

 


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