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30.森の祠


 翌日も明朝から歩き始め、疲れ切った私達が辿り着いたのは大きく開けた場所だった。


「なに、ここ……」


 あれだけ鬱蒼と茂っていた樹々は円をかくように生えておらず、陽がよく当たっていて艶々とした明るい色の草花が風に揺れている。

 空気さえも澄んでいて、水の流れる優しい音も聞こえた。


「間違いない。ここが神獣の棲む祠だ」


 とても神秘的な場所。

 コトラはきっとここにいる。

 辺りを見回すと、向こう側の森から大きな影が動いた。ゆっくりと陽の当たる場所までくると、その美しい毛並みがきらきらと輝く。


「神獣の主……」

 

 あまりの神々しいその姿に私たちが言葉を失っていると、ゆっくり中央にある大きな白っぽい石の台座へと足を進める。

 そして、そこへ腰を下ろすと私たちを見た。


「まさか、こんなところにまで来るとはな」


 呆れたような低い声。私は怯まないように拳を握ると口を大きく開いた。

 

「コトラに会いたい!本当に帰りたいのか聞きたいんです!」

「帰るも何も、ここがあやつの生きる場所だ」

「それはコトラに決めさせて欲しい」


 主の言う事も分かる。ジオンにだってそう言われた。でも、正しいことがコトラの生きたい場所になるんだろうか。

 それをコトラに会ってどうしても確かめたかった。

 

「……息子よ。貴様はどうしたい」


 静かな祠に主の声が響く。

 森から歩いて来たのは小さな影。項垂れるように一歩、一歩、私たちへと歩いてくる。


「コトラ!」

「カァ!」


 私達の声に顔をあげる。堪らずコトラの元へと走っていけば、コトラの大きな瞳が揺れた。

 

「分かっているな。息子よ」


 地を這うような、低い声。

 

「さっさと其奴と従魔契約を破棄し、追い払え」


 その声にコトラの身体がビクリと震えた。


(許せない。これじゃあ脅しじゃないか)

 

 私は主を見上げて強く睨みつけると、コトラの目を見つめて言った。


「コトラ、本当にここにいたい?」

「……ガルゥ」

「私たち迎えに来たの。家族だからね」

「ソウダ!帰ッテ来イ!」


 コトラの頭を撫でる。いつも通りの柔らかな毛並み。応えるようにコトラは目を瞑った。


 そんな私たちを見て主が立ち上がり吠える。


「何をしている!息子よ、貴様が出来ぬなら……!」


 コトラはハッとしたように目を見開くと、牙を見せて私たちに向かって吼えた。

 

「ガウウゥッ!!」


 剥き出しにした爪を振り上げる。

 私は目を瞑った。コトラにされるなら、痛いのだって平気。そうしなきゃいけないコトラの方が痛くて堪らないだろうから。

 いくら傷つけられても「大丈夫だよ」って笑ってあげられる自信だってある。

 

「……がぅ」

 

 次の瞬間、私の頬にぽんっと触れたのは、コトラの柔らかい肉球だ。

 

「コトラ……?」

 

 もう一度、頬をぽんと叩く。

 思ってもいなかったその衝撃にゆっくりと目を開く、と。

 

「がぅ……」

 

 ぽろぽろ、コトラは大きな猫目から涙を溢していた。

 私を傷つけることさえ、出来ない優しいコトラ。

 

「一緒に帰ろう、コトラ」


 思わず流れる涙に触れようとした瞬間、コトラに押し飛ばされた。


「……っう!」


 いったい、なにが……。

 くらくらする視界でコトラの姿を探す。なぜか私から離れた場所で倒れているコトラ。

 真っ白な毛並みにじわりと血の色が広がっていくのがここからでも分かった。


「コトラッ!」

「待て、マコ!」

「やばいっ!あいつだ!」

「ジオン様を傷つけた奴!」


 双子のその声の方に顔を向けると、逆毛だった兄虎の姿が。

 

「ガウウッ!!!」

 

 兄虎の狙いはどうやら私らしい。私に狙いを定めると目を真っ赤に光らせ、口から炎を吐き出す。


「危ねぇっ!」


 間一髪のところでジオンに強い力で引っ張られ、助かった。

 しかし炎は消えるどころか、草花に飛び火し、燃え広がる。その様子を見てジオンが息を呑んだ。

 

「……さすが神獣と言ったところか。まさか炎を操れるとは」

「そんなのコトラだって……そうだ!コトラ!」


 慌ててコトラを見ると、傷ついた体を引きずり、弱々しい足取りで草に燃え広がった炎へと向かっていた。そして体を押し付けるように寝転がる。

 

「コトラ……いったい何して……」

「炎を扱えるんだろ。纏ってるんじゃないのか」

 

 ……纏ってる?

 違う。焼けて焦げた真っ白の毛。爛れた皮膚。

 

「炎を消してるんだ」

 

 ――兄虎の炎から、この祠を護る為に。

 

「ガルルルゥッッ!!」


 大きな咆哮響き、兄虎と目が合う。

 兄虎の瞳の色は真っ赤に光っていた。


 そこからは全てスローモーションに見えた。


 大きく口を開いた兄虎。それに気付いたコトラが私の元へと走ろうとするが、傷を負った身体が自由を許さず地面を擦った。


 私を襲うのは兄虎だけではない。

 いつの間にか立ち上がっていた主が大きく腕を振り上げている。

 

 ――殺される。

 

 そう感じた時、私の身体が包まれたのは温もりだ。ぎゅっ、と強く抱きしめられる。


「ジ、オン……」

 

 そうか。また、私、守られるんだ。


「ギャオンッ!!!!」


 聞こえてきた悲鳴。慌てて見ると、主の腕で吹き飛んだのは、ジオンでもなくコトラでもなく、兄虎の方だった。


「ど、どうして、兄虎の方を……」


 ジオンと顔を見合わせ、主へと向ける。

 主はゆっくりと再び台座へと腰を下ろすと、静かに言った。

 

「森の主の使命は護ることにある」


 その視線の先には、傷を負い倒れたコトラがいた。

 

「そやつは生まれた時から体も小さく気も弱い。だか、森を身を挺して守れる優しい子だ」


 知ってる。コトラが優しい子だって。

 小さな女の子をびっくりさせてしまったことを気にしてずっとベッドの横で心配そうに見つめていたコトラだもの。

 初めて炎を吐き出した時の表情も、コトラはきっと知っていたんだと思う。

 森を焼いてしまう、炎の恐ろしさを。

 

「私が死んだら次の主はそやつに任せるつもりだった」

「コトラに……?」

「それを知ったこやつが追い出すために乱暴し、そちのところへ逃げたのだろう」


 未だ主の手足に押さえつけられている兄虎の表情はなんとも罰が悪そうだ。

 私は急いでジオンの腕から抜け出し、コトラへと駆け寄る。

 見れば見るほど酷い怪我だ。血に濡れた毛並み、焼け爛れた皮膚。鞄から傷薬を取り出すとそこへと塗ってやる。


「コトラ、よくがんばったね」

「がぅ……」


 傷は治るが、毛も元通りというわけにはいかない。傷を一通り治し終えると、ぐったりとした身体で、それでも嬉しそうに私を見つめるコトラを抱きしめた。

 

「まさか壁向こうまで逃げていたとは。どうりで探せど探せど見つからぬわけだ」


 そう言った主の顔は、母の顔だった。

 きっと心配して森を探し回っていたんだろう。

 

 もしかして……あれ?

 一番最初に双子と出会った時、壁に穴が開いていたって言ったよね?それってコトラが壊して入って来たってこと?

 その後、神獣の森の主の気が立っていて壁際に魔獣が逃げて来ていたのって、コトラを主が探し回っていたから……?

 それを知らない私がコトラをペットとして可愛がって匿っていた。

 ってことは……ぜんぶ、私のせい?

 

 ちらっとジオンの顔を見ると私をじろっと見る。

 あの顔は「おまえのせいだったんか」って言ってる顔だ。

 

「そして、貴様。この世界の人ではないな。異世界人というやつだろう」

「そうですけど」


 ジオンにバレてからというもの、別に隠しても仕方がないので素直に返した。

 驚いたのは主ではなく双子だ。


「は?」

「えぇ」

「「魔女さんって特異の女神だったの!?」」

「……言ってなかったっけ?」

「「聞いてねーよ!」」


 目をまん丸くして、私を見る。

 その顔はおとぎ話に出てくる妖精を初めて見たような表情だ。

 

「どうして分かるの?」

「昔、会ったことがある」

「それってまさか」

「度々森に入ってきて、よく話し相手をしてやったもんだ」

「じゃあクロウ知ってたんじゃ」

「魔女サマガ俺ト会ッタノハ年寄リニナッテカラダ」


 あれだけ色んな知識を持ったお師匠様だから、若い頃はきっと色々な無茶をしてたに違いない。通りでお師匠様の本に魔女の探検グッツの章があるわけだ。


「異世界から来る人間の魔力は膨大で強靭だ。森の主の我といえど、貴様が結んだ従魔契約はそう易々と解除できまい」


 はぁ……と深いため息をついて、森の主は私と腕に抱かれたコトラを見た。

 

「……認めてやってもいい。しかし、我にとっても可愛い息子だ。たまに顔を見せに来い」


 そう言って母の顔を見せた主は柔らかな日差しに当たって、とても美しかった。


「ありがとう」


 会いに来るたび命懸けだけど、またコトラの為にも連れて来てあげよう。

 

 

 

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