27.真夜中の襲来
――それは真夜中のことだった。
「……地震っ!?」
ガバっと布団から飛び起きる。
地響きのような揺れを感じたからだ。慌ててコトラを叩き起こそうと見やれば、コトラはすでに起きていた。
「……コトラ?」
様子がおかしい。
ベッドの上でお座りをして宙をじっと見つめ、動かない。頬を撫でようとすると、ゆっくり私へと瞳を向けた。
丸窓から差し込んでくる月夜に光ったコトラの瞳はどこか潤んでいるようにも見える。
差し出した掌からすり抜けて、私の頬をぺろりと舐める。
そして――。
「コトラ!?」
階段を駆け下り家から飛び出した。
「いったいこんな夜中にどこへ……」
「ンニャ……ナニゴトダカァー……?」
「クロウ、今コトラがね」
「ン?ナンカァ騒ガシイ……向ウダ!」
「あ!ちょっと!」
「城ノ方ヘ見二言ッテ来ル!」
さすがスピークビークといったところか。野次馬根性がすごい。
でも確かにクロウの言う通り城の方が騒がしい。外へ出て見ると騒がしさは一層増した。兵士たちの叫ぶ声。もしかしたら危険な魔物が押し入って来たのかも知れない。
私は棚に置いてある魔女の傷薬をあるだけ引っ掴むと鞄へと押し込み、家を飛び出す。背の高い林の砂利道を走り城の裏門へ。
いつもはここに護衛がいるはずなのに今日は姿がなく、やはり城で何か起こってるに違いない。
城の中心にある開けた部分まで行くと武装した兵士たちでごった返していた。
そして、その中心にいたのは。
「おっきな……コトラ……?」
コトラを何倍も大きくしたような、真っ白な獣。白虎の魔獣だ。
その大きな獣の後ろにコトラを一回り大きくしたような白虎が一匹。子供だろうか。どっしりと構える大きな白虎とは違い、気が立っているようで兵士たちが近寄らないよう威嚇するように大きな牙を向ける。
「我は神獣の森の主である。息子を迎えに来た」
大きな白虎が口を開くと声が響いた。
魔獣が喋れることにも驚きだが、それより今、神獣の森の主だって言った?それに、息子……?
――まさか、それって。
「コトラ……っ!!!」
兵士の中から、重たい足取りで出て来たのはコトラだった。
目の前の二匹に比べると、とても小さく見える。
「待って!コトラッ!」
「ダメですっ!魔女さん!危ないですから!」
「でもコトラがっ!」
思わず飛び出しそうになった身を兵士に止められる。ガタイのある屈強な兵士に止められて、コトラに近寄ることも出来ない。
大きな白虎の目がコトラを捉えた。
「やはりここにいたか、息子よ」
「がぅ……」
「なんだ、その紋章は……まさか従魔契約を結んだのか」
コトラへ牙を剥き出し怒りを露わにする。
私は大きな白虎に気を取られた兵士を力一杯押し出し、兵士たちの群れから飛び出した。
「わっ!私がその子の主ですっ!!!」
……正直、怖い。
もうめちゃくちゃ怖い。
近くへ寄ると更に大きく見え、睨まれると足がガクガクと震えた。
でも、コトラも怯えてる気がする。そんなコトラをこのまま帰すのは、やっぱり出来ない。
「まだ子供といえど神獣と契約を交わすとは……まあ、よい。こんなものすぐに消してくれるわ」
「ぁ……、やめてっ!」
私の制止する叫び声を気にも止めず、主がコトラの額の紋章を大きな舌でひと舐めする。
そして、目を見開いた。
「む……!消えぬ!」
どうやら、従魔契約の紋章は消えなかったらしい。コトラの額にはまだ私の従魔である太陽の紋章が残っている。
「貴様……ただの人ではないな」
金色の瞳が私を射抜く。何か見透かすように私をじっと見やると、再び口を開いた。
「やれ」
顎で私を差すと、飛び出して来たのはコトラより一回り大きな白虎だ。
――早いっ!!!
あっという間に目の前へ。
ザシュッ!爪で肉を裂く音が聞こえ、鮮明な血が視界に舞った。
私の、ではない。それは私の目の前で倒れていくジオンのものだった。
「ジオン……っ!!!」
「っ……!」
思わず手を出して抱き止める、が……私よりずっと大きなジオンの体を支え切れる訳もなく、二人そのまま地面に倒れ込んだ。
ジオンの白いシャツが紅く染まっていくのが目に入り、恐怖で身体が震える。
「ジオン様!」
「ジオンさまっ!!!」
「くそッ!やつに大砲を向けろ!」
「でもジオン様が神獣とは戦うなって!」
「じゃあどうすればっ……!」
ジオンが倒れ、兵士たちが一斉に騒ぎ出す。
動揺したひとりの兵士が広場に設置された大砲を主に向けた。
その大砲を主が睨みつけると「ひぃっ!」と声を上げ兵士は腰を抜かしたようにその場に座り込む。
「ふん……ゆくぞ、息子たち」
入って来た時に壊したのだろう、崩壊し瓦礫と化した門へと翻す主。その後ろを、子供達が連なるように歩いていく。
もちろん、コトラもだ。
「コトラ!待って行かないでっ!」
私の叫び声に、最後に一度だけ振り向いたコトラ。
涙で歪んだ視界でも分かる。今までたくさんのコトラを見て来たから。
ご飯を食べる時の幸せそうな顔。驚いた時の目を白黒させてる顔。モカちゃんと遊んでる時の楽しそうな顔。双子に昼寝用の枕にされて迷惑そうな顔。ジオンに撫でられた時の気持ちよさそうな顔。
そして、クロウと私。みんなといる時の安心した顔。だから、分かるの。コトラ。
初めて見る今のその顔は、悲しくてたまらない時に見せる顔だってこと。
「コトラ……だめよ、行ったら……」
思わず立ち上がって追おうとする私の腕を何かが掴んだ。
「っ……行くな、」
「ジオン……」
それは血に濡れたジオンの手。
痛みで顔を歪ませ、それでも私を掴むその手は力強い。
「……ごめん、なさい……ジオン。私のせいで……」
この手を振り払えるわけがない。
私は急いで鞄から魔女の傷薬を取り出す。ジオンのシャツを開き、そこで目を見開いた。
「この傷、は……あの時のコトラと同じ……」
お腹に三本の深い爪痕。
それはコトラと初めて会った時と同じものだ。
「マコ……?」
「ごめっ……っ、すぐ直すね」
薬を塗れば、傷はスッと消えていく。
周りで固唾を飲んで見守っていた兵士たちのホッとした安堵の息が聞こえた。
「コトラ……」
私は顔を上げて門を見る。もうそこにコトラの姿はなかった。




