26.おかしな辺境伯爵
「ジオンの様子がおかしい……?」
いつもの様に二人仲良く揃ってやって来た双子の兵士、レオとセオ。ちなみにオレンジ髪がレオで緑髪がセオだ。普段ヘラヘラしている二人だが、今日はやけに神妙そうな面持ちで店へとやって来た。
「ジオン様がおかしいっていうより、なぁ?」
「あぁ。命令が変なんだ」
「と、いうと?」
「まず、腕のいい庭師を探してくるように指示が下った」
「庭師?」
「それはいいんだ。兵士の中に親父が長年庭師をやってる奴がいて雇うことができたからよ」
「街の緑化計画でも始めたのかと思いきや、城の庭に花壇を作らせ始めたんだ。色とりどりのかわい〜いお花の。その上、今度は屋敷中に花を飾り始めたらしい」
「これはディラン様が言ってた」
「その花をあのジオン様がニコニコした笑顔で眺めてんだってよ」
「ジオン様のニコニコ顔なんて俺らに無理難題の仕事を吹っ掛ける時以外見たことがない」
「何か恐ろしいことが起きる前兆なのか……」
「どんな恐ろしい仕事なのか……」
「「……こわい」」
ブルブルと震える二人。花を眺めてニコニコしてるだけで部下を震えさせるって。
しかし、私は首を傾げる。そうは言われても、ジオンは元々よく冗談も言うし、よく笑う方だと思う。部下に見せる顔と他人の私に見せる顔はやっぱり違うものなんだろうか。
「あのディラン様ですら病気を疑ってる」
「北の領地から凄腕の医者を呼び寄せてるところだってよ」
「病気?あんな健康そうなのに?」
ジオンに最後に会ったのは確か二日前だ。
初めて大浴場へお邪魔して以来、なぜか毎日夕方になるとミーナが迎えにくる様になった。昨日は煮込みたいものがあって目が離せず遠慮させて頂いたけど。
二日前見たジオンは至って変わらず健康そのものだった気がする。ディナーも食べていたし、好きな赤ワインも嗜んでいた。
「多分……あれだ、精神的なやつ」
陽キャ代表のようなレオが言う。絶対詳しく知らないやつだ。
「確かに最近妙に優しかったりしたよな」
「と、思えば、急に落ち込んだりよ」
「昨日はやばかったよな……」
「あれだろ……突如夕方から始まった訓練試合」
「入ったばっかりの新人がダメになるとこだった」
「そんなに厳しいの?」
「あぁ。これ以上はやばいと思って俺ら二人で止めに入ったんだ」
「二人がかりでやっと一撃だぜ?」
「通りで……」
双子の瞼の上が左右対称に腫れていると思った。
「二人は慣れてるだろうけど、新人さんは辛かっただろうね」
「そう思うだろ?」
「それが腹が立つことにキラッキラした目でジオン様を見て「これがずっと憧れていたジオン様の美しい剣捌き!!!」って興奮してんだぜ」
「やってらんねーよ」
ハァァー……と深いため息をついた双子。どうやらお疲れのようだ。
仕方ない。今日は私、この魔女さんがエナジードリンクを奢ってやろう。
用意するためにキッチンへ向かうと、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。ビクッ!と盛大に体を揺らしたのはさっきまで散々ジオンの愚痴を溢していた双子だ。
扉が開き、こちらを覗き込んだのは城のメイドであるミーナ。
「お嬢さま、こんばんはですだ。お迎えに参りました」
「もうそんな時間?ごめん。まだお客さんがいて……」
双子はミーナを見てあからさまにホッとした息を吐く。一度散々愚痴ってた時にジオンが現れて以来トラウマになってるようだ。
「大丈夫ですだ。もしお嬢様が来られなかった場合、お嬢様のところでサボってる双子を連れてくる様に言われてますもんで。今日も訓練試合するそうですだ」
「私が行かなかったら、訓練試合?」
「……あの、魔女さん」
「いや、」
「「魔女さま!!!」」
どうかお願いします。と言わんばかりに双子に拝まれる。あまりの必死な形相に、さすがの私もノーとは言えない。
「……分かった。行きます」
「ありがとう魔女さん!武運を祈る!」
「心が負けそうになったら自分の胸に問いかけるんだ。何のために戦ってるんだってことを!」
「一体何しにいくと思ってるの」
双子は知らないだろうが私が行ったところで待ってるのはボコボコにされる訓練試合ではなく、ほかほかの大浴場と美味しいディナー。
セバスさんの何かを期待するあの熱い眼差しさえなければ、ジオンの隣は居心地だって悪くない。
「じゃあミーナ少し待っててくれる?」
「はいですだ!!!」
そうミーナに言えば、勢いよく手を上げて返事が帰ってきた。ミーナまで嬉しそうなのは何故だろう。
◇
「これは……思ってたより重症かも……」
ミーナに連れられてやってきた、ジオンの城。双子が言っていた通り、今まで殺風景で無骨だった庭には色とりどりの花壇が設置されていた。それもかなりの数だ。
迎えに出て来てくれたセバスさんが入り口の大きな扉を開くと、真っ先に目に飛び込んでくるのはジオンの父親である先代の肖像画。
それはいつもと何ら変わらない。
だが、今日は。
「なんで……ティディベア?」
先代の肖像画の真下に飾られた大きなクマのティディベア。真っ赤なリボンを首につけて、可愛らしいまんまるな瞳をこちらに向けている。ふんわりとした毛並みで、いつぞやか仕立て屋で勧められたあのパンツのクマさんにそっくりだ。
「お、来たか」
仕事のキリがついたのか、私を出迎えようとやって来たジオン。このクマをやってのけて普段と変わらないその態度に薄らと恐怖を覚える。
「ど、どうして……こんなところに置いたの……?」
ティディベアを指差し、ジオンに恐る恐る聞く。その指が少しだけ震えていることに気づかないで欲しい。そんな私の心情を知らないジオンは照れたように頭を掻いて小さな声で呟いた。
「この親父の顔が怖いんだと思って」
親父の顔って……ジオンとそっくりなのに……。
っていうか、問題はそこじゃない。
「下に可愛いものを置けば相殺されるってわけじゃないと思うんだけど……」
私の言葉にジオンの後ろでセバスさんが深く頷いた。あっこれ止められたのに押し通したやつだ。
「前に言ってただろう。この城は飾り気がないって。だからマコの好きな花も置いたし、マーケットの娘に聞いてそいつも置いたんだ」
「モカちゃんに?なんて聞いたの?」
「女が可愛いと思うもの」
「あぁ〜なるほど〜……」
それでティディベアか。さすが七歳児セレクトだ。
どうやらこの一連の事件は私が城を怖いと言ったことが原因のようだった。頭の中で双子に謝罪する。ほんと、ごめん。
「か、かわいくないのか!?」
「いや!大丈夫!可愛いから!大丈夫!」
無言になった私に焦り始めたジオンに慌ててフォローを入れる。なんとなくだけど、ここで否定なんかしたら明日の双子が見るに耐えない姿で現れそうで怖いんだよ!
「そうか。ならよかった」
そう呟いて、ジオンが嬉しそうに笑う。
確かにクマは好きだ。ぬいぐるみも可愛いと思う。でも、それ以上に七歳児の小さな女の子に可愛いものを聞いて、それを鵜呑みにしちゃうジオンが可愛いと思ってしまった。
そして、キメッキメッの凛々しい表情をした自分の下になんとも可愛らしいクマを置かれたお父さんの不憫な気持ちは考えないことにしよう。




