25.女神様の悲願
美月さんへの結婚祝いは、化粧水とヘアオイルを小さめの木箱に入れ、モリーさんから貰ったリボンでラッピング。可愛らしく「ハッピーウェディング」と書いたメッセージカードまでつけてみた。
――まさか、これが全くの無駄になるとは思ってもいなかった。
「ちょっと聞いてよ!」
以前来た時と同様に部屋の床からぬぅ〜んと生えてきた美月さんは開口一番怒鳴るように言った。
「女神である私を妾にするなんて、ほんと信じらんないっ!」
「つまり、もう王太子には奥さんがいたってこと?」
「そう!そっちがもう正妃としているから、私は妾だって!絶対に譲るつもりはないって言って来やがったのよ!」
「まさか……会ったんですか?」
「金髪縦ロールよ。ギラギラのドレスにこれでもか!って程大きな宝石がついたネックレスをしていたわ」
「うわぁ……」
「漫画の広告とかでよく見る嫌な感じのご令嬢って感じ」
あー……分かる。と思えるのはお互い異世界人だからだろう。美月さんとの関係で一番気が楽なのは、元の世界があるって共通点だろうなぁ。
そんなことよりも、モヘジさんから聞いた王宮には金がないって噂の根元がそこにある気がする。
「でも妾ならいいって言ってるんですよね?」
「それが私も不思議だったの。大人しくて王子の言うこと聞くような子なら納得したんだけど……だからメイドにお金握らせて調べさせたのよ」
「美月さん、すごいな……どの世界でも生きていけそう」
私がここで呑気に暮らしている間、美月さんは王宮でお姫様と戦ってたのか……。
「どうやら彼女、正妃ってブランドが好きなだけで、王子のことあんまり好きじゃないみたい」
「まぁ、ありがちな政略結婚じゃないんですか」
我が家に来る来客は当たり前のように窓際のテーブルに居座るので、最近の私は慣れたようにお茶まで出してしまっている。
そのお茶を啜り、美月さんがまた口を開く。
「それがさ、違うらしいの。どうやら彼女には好きな男がいて、その男が見向きもしないから泣く泣く諦めて王子と結婚したみたい」
「へぇ〜王子一瞬見ただけですけどキラキラしててアイドルみたいでしたけどね」
「それが、王子とは全くタイプが違うらしいのよ。メイドが言うには、男らしくてハンサムな感じ」
男らしくてハンサムかぁ。
ジオンみたいな人なのかな?
まあ、ジオン程の人はそうなかなかいないだろうけど。
「どっかで辺境伯爵してる人らしくてね、メイドが言うには中央地区より辺境の方が凄いんだって」
「待って。辺境伯爵?」
「そう」
「もしかして、その正妃様の名前ってエリザベーテ様?」
「え?なに!?知ってるの!?」
「エリザベーテ様には会ったことないけど、ジオンの方……じゃなくて辺境伯爵は知ってる」
正妃、まさかのエリザベーテ様。
最近聞いたばかりの名前だけど、美月さんとの会話でまさか出てくるとは思いもしなかった。
元々ジオンの婚約者だって聞いていた。それが破談になって王子と結婚……変だな。
身分的に言えば王子様なんて選びたい放題のはず。それなのに、辺境伯爵が破談した女性と結婚するなんて。
「ふぅ〜ん……かっこいい?」
私の顔をじっと見てにやにやとした笑みを浮かべる美月さん。
「な、なんですか。そりゃ、確かにハンサムだけど、意地悪ですよ」
「ふぅ〜んなるほどねぇ仲良しなんだぁ」
美月さんのその言い方。まるで女友達と恋バナしてる気分だ。
「はぁ、いいよねぇマコちゃん楽しそう。それに比べて私は……妾なんて公認の愛人みたいなもんだし」
「愛人とは違うような……でも、そもそもお金が好きなんですよね?」
元より私が異世界召喚される原因になったのが美月さんが起こしていた愛人トラブルだ。あの時、美月さんは言っていた。インパクトのある言葉だったから今でも思い出せる。
私が好きだったのは、あなたのお金だけよ、と。
「そうよ。悪い?」
「いいえ、全然。ハッキリしてていいと思いますよ。ただ王子様って本当にお金持ちなんですか?」
「そりゃそうでしょ。だっていずれ国のトップになるわけだし」
「でもそれって王子様の私財ではなく国費でしょ?結婚したとしても美月さんが自由に使えるお金ではないし……もし、万が一国費を散財なんかしたら、かの有名なマリー・アントワネットと同じ末路を辿るんじゃないですか?」
「マリー・アントワネットと同じ末路……」
「広場でギロチン刑」
「ひぃっ……!いやだわ、絶対……!殺されるのはもうごめんよ!!!」
「私も巻き込まれて死ぬのはごめんです」
女神共々連帯責任で、なんて言われたらとんでもない。巻き込まれて死ぬのは一度で、いや、もう絶対に嫌だ。
思わず声に出した私を見て、美月さんは珍しく沈んだ表情を見せる。
「あの、本当に……ごめんなさい……」
彼女の瞳から静かに零れたのは涙。その涙を見てギョっとした私は慌てて近くにあった布巾を手に取ると美月さんに渡した。
「大丈夫です、よくはないけど……美月さんのせいじゃないですから」
「でも元はと言えば、私が」
「それでも、突き飛ばした奴が一番悪いんです。美月さんだって死にたかったわけじゃないだろうし」
私の言葉に何度も頷いて、鼻を鳴らす。その度「ごめんね」と呟いた。
美月さんのせいじゃないって分かってる。でもなんとなく今まで美月さんのことを好きになれなかったのは、やっぱり心のどこかで「ごめんなさい」の言葉が欲しかったんだと思う。
心の中に燻っていた蟠りがスッと溶けていくのを感じた。
「私ね、今時珍しく十二人兄弟なの。しかも長女」
「十二人!?」
「貧乏ってね辛いのよ。何も出来ないし、どこにもいけない。お金さえあれば良かったのに、って今まで何度思ったことか数えきれないくらい」
「そうだったんですね」
「だから結婚するならお金持ちと、って思ってたんだけど……」
長い沈黙の後、美月さんは、「よし、決めた。」と決意を固めたように拳を作る。
「もう男になんか頼らない!自分で稼ぐことにするわ!」
そう言った美月さんの笑顔は、晴々としていて綺麗だった。
私は美月さんに悟られないようにこっそり「ハッピーウェディング」と書いたメッセージカードを抜き取ると美月さんにそれを渡した。再出発祝いだと言って。




