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24.二人だけの晩餐会


 お風呂から上がってミーナに案内されたのは、これまた立派なダイニングルーム。

 

 真紅の上等なベロア生地の張られた椅子に座らされ、既に私を待っていたジオンとは向かい合わせの位置。ただ、なんせ貴族の食卓。テーブルが長い。

 案内を終えるとミーナはコトラとクロウの面倒をそのまま見てくれるらしく、引き連れてどこかへいってしまった。

 

「随分と長風呂だったな」


 私を待っている間に読んでいたであろう分厚い書物を閉じて、私へと向く。


「豪華なお風呂だったから楽しんじゃった」

「そりゃよかったよ。しかし、服はどうした。用意させておいたはずだが……」


 ジオンの言う通り、ミーナはきちんと用意してしていてくれた。

 フリフリのレースがついた薄ピンクの可愛らしいドレス。舞踏会に着ていくほど重くはないが、どちらかと言えばネグリジェのような、それ。

 もちろん全力でお断りして、いつも通りのボロ着を着たけど……。

 

「お風呂ありがとう。すごい立派なお風呂だった」

「気に入ったなら毎日入りに来るといい。そのようにセバスには伝えてある」

「流石にそこまでは……」

「しかし遠いな。おい、セバス」


 私のお断りの言葉を無視するように、セバスさんを呼びつける。


「彼女の席をこちらに」

「かしこまりました」


 セバスさんが手を叩くと、奥から執事服にエプロンを着た男性執事が出てきた。私のお皿をテーブルのお誕生日席に座るジオンから一番近い、斜めの席に移動させる。私はといえば、セバスさんに優雅にエスコートされ、そのお皿の置かれた席に。


「酒は飲めるか?」

「あんまり好きじゃない」

「やっぱりお子様だな。そうだ、この間土産でもらったアレを出してやれ」

「南の大陸のものですね。かしこまりました」

「お酒?」

「いいえ、南国で取れる果物を絞った飲み物ですよ。かなり希少な品物でして」

「私、ほんと水でいいですよ」

「遠慮するな。どうせ俺は飲まんものだから」


 そう言って赤ワインに口付けるジオンは、なんというか様になる。洋画の俳優みたいだ。

 私のシャンパングラスに注がれたのは薄らと黄色味がかった炭酸水。そのグラスを手に取り、ジオンを見る。


「乾杯……する?」

「は、そうだな」


 パーティでも何でもないけど。ジオンのワイングラスと音を鳴らし、一口。


「ん!美味しい!!!」

「そりゃよかった」


 パイン味のサイダーだ。お子様舌の私にはぴったりの品。

 私の顔を見て、ジオンも満足そうに笑みを浮かべる。


 そうしているうちに、オードブルが運ばれてくる。綺麗な彩りのサラダ。それを運んできたのも、男性執事だ。

 未だ、この世界のことはよく知らないけど、配膳まで男性がするって珍しい気がする。っていうよりミーナ以外のメイドを見ていない。


「この屋敷ってミーナ以外のメイドいるの?」

「ん?いるぞ。朝番のメイドが一人。まあ、かなりの年配だがな」

「こんな大きな城なのにメイドが二人!?」

「ああ。だが、その分執事の数は多いぞ」

「なるほど。だからかぁ……」

「何がだ」

「この城ってさ、ものすごーく無骨……じゃなくて、飾り気がな……じゃなく、男らしいというか、なんていうか」

「……まあ、要塞も兼ねているからな」

「そうよね。でも、ほらもう少し、なんていうか……」


 華やかさがあってもいい気がするんだけど。

 と、言おうとした口を閉じる。それは城主であるジオンの好みだからだ。私が口を出すことではない。


「嫌か……?」

「嫌っていうか、ちょっと怖い感じ」


 この世界は私が元いた世界に比べると少し不便な世界だ。

 水道も井戸で手押しポンプ式だし、火元も薪が必要で。夜暗い部屋の中を灯すのは電気ではなく灯り虫や、この城だったら蝋燭を使っている。

 それが異世界人の私にとって真夜中の東京が昼に思えるほど薄暗く感じる。


 中世の石造の城がゆらゆら揺れる蝋燭で照らされている様は、なんと言いますか……出そう、なんだよね。

 思わずぶるりと震えた身体を振るうようにして、慌てて違う話題を捻り出すことにした。

 

「ところで、ジオンって結婚しないの?」

「ッ、ゴホッ!ゴホ!い、いきなりなにを」

「いや、そんな驚かなくても……」


 何気なく選んだ話が不味かったのか赤ワインで盛大に咽せたジオン。

 ……しまった、異世界人の私からしてみれば「結婚」ってそんな重い話ではないけど、相手は貴族であり、辺境伯爵だ。この世界ではもっとナイーブなものだったのかもしれない。


「ご、ごめん。聞いたらまずいよね」

「いやぁ早くお相手を見つけて欲しいと常々思っているんですけどねぇ」


 焦る私の質問に答えたのは、ジオンではなくセバスさんだった。余計なこと言うなと言わんばかりの視線を向けるジオンをものともせず、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「チッ、なんでそんなこと聞いたんだ」

「だって後継とかの関係で早くに結婚したりすると思って」

「……お前ってやつは、本当に」


 呆れたようにため息をつくジオンを面白そうに見つめるセバスさん。

 そんなこと言ったって、私の中の貴族というものの知識なんていうのは、ペラッペラなものしかない。なんとなくそうなんじゃないかって事を聞いただけだ。


「婚約者とかいたんじゃないの?」

「……気になるのか?」

「えっ」


 そ、それはどういう意味の眼差しなんだろう。

 真っ直ぐ私を見つめるジオンの瞳から逃げるように、慌てて目の前のステーキを突く。


「気になるっていうか、いて当たり前なのかなって」

「……まぁ、いたような、いなかったような」

「どっちなの」

「やっぱり気になるのか?」

「だから、」

「坊ちゃんが12歳の時になります。エリザベーテ様とご婚約されていたのは」

「おい、セバス」

「いいではありませんか。過去のことです」


 エリザベーテ様。その名前を聞いた瞬間、ペラッペラの私の脳内が勝手に妄想し作り出したのは金髪の髪を縦ロールし、レースたっぷりのドレスに身を包み、煌びやかな扇子を持ったご令嬢だった。名前だけでも格式が高そうだ……。

 

 ミーナから聞いていたけど、それを主人であるジオンに言うわけにもいかず、知らない体を装って聞いてみる。

 

「それって……婚約破棄したってこと?」

「勝手に城にやってきて、三日で逃げ出した」

「逃げ出した?どうして?」


 私の質問に二人が笑った。

 急に笑い出した二人に目を白黒させたのは私の方。そんな可笑しな質問をしたつもりなんてないのに。


「それが分からないのはマコだからなんだろうな」


 少し嬉しそうにも見えるジオンの表情。酷く優しげな表情だった。

 

「ここは辺境の地の端だ。壁一枚挟んだ向こう側には恐ろしい魔物がうじゃうじゃ生息してる。そのおかげでメイドも採用できず、兵士ですら初日の夜は泣いて過ごす。呑気に安眠できるのはマコぐらいなもんだ」


 呑気に……寝起きの顔を一度見られているせいで否定できない……。

 確かに最初、あの家を見つけて住み始めた時は何も知らず住んでいたけど、今だって別にそんなに怖い場所だと思えない。


「私が住んでるのはジオンの庭みたいなとこだしな……」

「はは、あそこが俺の庭か」

「それに何かあったらジオンのところまで走ってくるから大丈夫」

「走ってくる前に助けに行くようにするさ」


 そう言ってまたも柔らかい眼差しを私に向けるジオンから逃げるように、デザートをフォークで突いた。パイ生地の上に乗った桃のような果実。薄ら黄色味のある見た目とは違って、とても甘く感じる。


「マコはここが好きか?」

「……そうだなぁ。王都では牢屋に入れられていい思い出はないし」

「牢屋!?なんて酷い!坊ちゃん、今すぐ王宮に直訴いたしましょう」

「まあ、待て。あと、坊ちゃんって言うな」

「いいの。神官も不憫に思ってお気に入りのフカフカ座布団貸してくれたしね」

「ですが……」

「このガルシアで一番好きなのは、多分きっと人柄だと思う。上手く言えないけど……ガルシアの住人は穏やかで優しい。モヘジマーケットの親父さんも仕立て屋のおばちゃんも、双子はいつも文句ばっか言ってるけど、兵士さんたちも。みんな明るくて、いつも笑ってる」


 今になって元いた世界の人々を思い出すと、みんな疲れた顔をしてた気がする。

 すれ違うサラリーマンも、子供を連れた主婦も、コンビニのバイトのお兄さんも。もちろん就活が上手くいかない大学生の私も。


 それでも、この世界と比べれば私が暮らしていたところは安全で。スイッチ一つで真昼間みたいに明るくなる便利な世界だった。

 それに比べたら壁の向こうには危険な魔物がいて、お湯を沸かすにも薪が必要。そんな世界だ。

 ――でも、私は。


「ジオンはここを危険な場所だって言うけど住んでる住人の表情を見たら分かる。ちゃんと守られてる、ちゃんと安心して暮らせてるの」


 それは、ジオンがガルシアを大切にしているからだと思う。

 

「わたし、ここが好き」


 言葉にしたら、ストンと心に落ちて来た。


「そうか。俺もガルシアが好きだ」


 ジオンが頷く。そんなジオンをセバスさんは優しい瞳で見つめた。

 

 森の中で踞り、元の世界に帰りたいと泣いた日から今を振り返ると、クロウやコトラ、そしてジオンや双子、ガルシアに住む人々。そして、棲む家がある。

 

 いつの間にか、この世界に大切なものが増えている。その事が、何より嬉しい。

 

「もし、俺が結婚するとしたら、このガルシアを愛してくれる人がいい」


 そう言って笑ったジオンの気持ちが少し分かった気がした。


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