19.テレポート
「うーん、サラサラ!」
私の最近のお気に入りは、モリーさんに作ったヘアトリートメントオイル(洗い流さないタイプ)だ。
原料は、栄養剤に魔物性オイルと抽出したリリー・ホワイトのエキス。この魔物性オイルは使い心地がアルガンオイルによく似ていて、髪をしっとりさらさらにしてくれる。
ただ、捕まえるのには苦労した。この魔物性オイルはプクプクという水中に棲む小型のスライムの中身だったからだ。プクプクの色は透明で、水の中から見つけるのは本当に大変。
まあ…林の中にある川に潜ったのは、私ではなく隣の城から呼びつけた双子だけども。
おかげで私とモリーさんはサラサラとした髪を手に入れることができた。
モリーさんなんて、サラサラになった髭を可愛らしく三つ編みにしてピンクのリボンまで括り付けてるんだから。
リリー・ホワイトには限りがある為、エキスを入れたのは私の分だけ。モリーさんからお花の匂いがしても、ちょっとなぁ……と思ったのも理由のひとつだけど……。
「さて、今日も調合始めますか〜」
経営は順調だ。次から次へと入る注文に菜園も大鍋もフル稼働。会計士モカちゃん(七歳児)のおかげでウッカリ脱税してディラン補佐官に睨まれる心配もない。今はもう運営資金と生活費のやりくりまでお願いしてる。
「クロウ〜、庭から鈴りん草三束持ってきてー」
「従魔使イガ荒イカァ!」
「終わったら今日はシチューにするから」
「……スープジャナイ?」
「ちゃんと人参も玉ねぎも入れるわよ!」
大鍋を吊るした暖炉に薪を入れる。そろそろ師匠が残してくれた薪の在庫も無くなりそうだし、薪割りにチャレンジしなきゃいけないな。着火剤代わりにプクプクの油を垂らして、マッチをーー
「ガウッ!」
コトラの口から炎が飛び出した。その小さな炎は薪に燃え移り、パチパチと音を立てる。
呆然とコトラを見るとオレンジ色の瞳が少しだけ赤く染まっていることに気づいた。
「コトラ……あなた、口から、火が……」
「ガゥ……」
いきなりの事で呆然としたままの私が怒っていると思ったのか、落ち込んだように頭を下げたコトラ。怒る、なんてとんでもない!
「すごいわ!コトラ!炎が使えるなんて!」
「ガゥッ!?」
思わずコトラの身体を抱きしめた。柔らかい毛並みがとても温かい。それに、初めて会った時よりも少しだけ大きくなった気がする。
「またいつジオンに無茶振りされて外に放り出されるか分からないもの!その時、すごく頼もしいし、こうやってまたお手伝いしてくれる?」
「がーうッ!!!」
褒められたのが嬉しかったのか、ぺろりと舌で私の頬を舐める。親バカかもしれないが、うちの従魔達は本当に優秀だわ!
「ガゥ!?」
ぴくりコトラの耳が跳ねた。ある一点を見つめ、私を守るように毛を逆立て身構える。
「ど、どうしたの!?コトラ!?」
「ガウゥゥッ!!!」
コトラが見つめた床が光り、銀色の魔法陣が現れた。そこから、ぬぅぅぅぅん……と上がってきた顔には見覚えがある。
「み、美月さんっ……!?」
「やったわ……大成功っ!」
そう言って笑った美月さんは、真っ白な衣装に身を包み、手には銀色に輝く細長いロッドを持っていた。その先には月の模型が。
「ガウッ!」
「きゃあ!な、なに!?」
「コトラ、大丈夫だから」
今にも飛び付かんばかりのコトラを宥め、落ち着かせる。そりゃびっくりするよね。いきなり床から人が生えてくるんだもの。
「驚いたでしょう?これが私の特異"テレポート"」
「テレポート……?」
「そう。所謂、瞬間移動ってやつね。色々発動条件があって面倒臭いけど意外に使えるわよ。自分で試したのは今回が初めてだったからドキドキしたわ!」
「そ、そう」
成功したことが嬉しかったのか鼻息荒く美月さんは一気に捲し立てた。確かに便利そうな能力だ。王都から来たとしたら、普通馬車で三日かかる道乗りをたった一瞬で来たということ。
「真子ちゃんは何もらった?」
「私は、あの……威力爆発」
「なにそれ」
「簡単に言えば、ふつーより出来のいいものができる」
「ぷっ、そっかぁ!」
馬鹿にしたような笑いにちょっとイラッ!としたけど、正直美月さんが女神として王都にいてくれることは私にとって有難いこと。
真っ白に身を包んだ美月さんは反対に真っ黒に身を包んだ私を眉を顰めて見た。
「真子ちゃん王宮から追い出されたって聞いて心配してたけど、大丈夫なの?」
「うん。なんとかね」
「そう……、ここが家?」
「家兼お店ってとこかな」
「お店!?すごい!なんのお店なの?」
美月さんは良くも悪くもハッキリしてる。私より年上だけど、好奇心旺盛で天真爛漫。性格が悪いって思えたら嫌いになれるんだろうけど、悪いわけじゃなくハッキリしてるだけだからなぁ。とはいえ、良いってわけでもなく。微妙なところだ。
「作れるものなら、なんでも作るよ。栄養剤とか傷薬とか」
「なんか薬局みたいなものね。真子ちゃん頭良さそうだし、向いてるわ。きっと」
私が賢いのではなく全て師匠が残してくれた本の知識だけど。
「ねえ、私も頼んでいい?」
「いいけど、難しいものは無理だよ?」
「傷薬が作れるなら大丈夫!私が欲しいのは化粧水よ!」
「化粧水かぁ」
「もうすぐ王太子様との結婚式があるのに顔パサパサでごわごわ!ここの化粧水って水みたいなの、本当サイテーよ!」
そう言って地団駄を踏む。確かにここの兵士たちが傷薬をこぞって買っていくところをみると、なかなか効果のあるものは無いんだろう。
それに王太子様との結婚。この辺境でのんびり(仕事山積みだけど)スローライフを送りたい私にとって、なんとしても応援したい出来事だ。化粧水は結婚祝いとして贈らせてもらおう。
「わかった。試しに作ってみる」
「本当?」
「うん、もちろん。一週間ぐらい貰えたら」
「ありがと!じゃまた一週間後に来るわ!」
そう笑うと美月さんは細長いロッドを両手で持って床に円を描く。その円の中に入ると、私に手を振った。
「またね!真子ちゃん!」
魔法陣となった円が銀色に光り、美月さんの身体はまるで沼の中のように沈んでいく。最後に、とぷん!っと音がして美月さんと銀の光は消えた。




