15.ガルシアの子供達
「はぁ〜疲れた〜……」
洞窟が壁から近かったこともあり、無事何事もなく(ただ、もう二度と行きたくはない)家まで帰ってくることが出来た。
持っていった瓶一杯に詰められた、なんともグロテスクな尻尾の数々。「物は試しでまずは五十個でいい」とハンサムな笑顔で言ったのは、もちろんジオンだ。
その上、納期が三日という鬼領主。サラマンダーの尻尾を一日乾燥させる必要がある為、実質二日しかない。
昨日のうちに庭の竹を割って竹筒を五十個用意し、その中に乾燥させたサラマンダーの尻尾と弾ける実。油を染み込ませた紐を垂らして粘土で封をする。これを五十個だ。
きちんと賃金は頂けるらしいが、出来栄えによるとのこと。まずは使ってみて品質と魔獣に対する効果をみて決めるらしい。
その為、下手な物を作るわけにもいかず。
(自由になるためとはいえ……しんどい)
明日の朝までに作り終えていなきゃだめなのに、まだ十七個目。気が遠くなる。
「……ん?」
ふと視線を感じて振り返る。窓の向こうに動いた三つの小さな影。子供だ。
「みて!本物の魔女だ!どうしょう!」
「バカ!声がでかい!見つかったらどうすんだ!?」
「もう帰ろうよぉ、この林には近付いちゃダメってお父さん言ってたもん……」
「モカは本当に臆病だな!」
どうやらこの家に魔女が住んでいるという噂を聞いて、冒険気分で見にきたようだ。
「ちょっと脅かしてやろーかな……」
手休めの息抜きだ。
椅子から立ちあがるとクロウとコトラを呼び、二匹に簡単に指示を出した。
ほんのちょっぴり、ほんのちょっとだけ、驚かせるつもりでーー。
・
・
・
「ど、どうしよう……」
自身のベッドに寝かせた女の子の寝顔を見て、私は頭を抱えた。
まあ……クロウはよかった。大きな鳴き声でいい感じに子供たちを吃驚させた。しめしめと思い、次にコトラを向かわせる。
そして問題はそのコトラだった。
飼い主である自分ですらすっかり忘れていたけど、コトラは白猫じゃなくて白虎。コトラが「ガルルゥ!!!」と吠えた時の子供達の悲鳴。
そのあと真っ黒なローブに身を包んだ私の「みぃ〜たぁ〜なぁ〜」に、男の子二人は「「ぎゃーー!鬼ババーッ!!!」」」と叫び声を上げ、我先にと逃げ出した。
そして、ひとり残された女の子はというと……
「完璧、気ぃ失っちゃってる……」
血の気が失せた顔色。これはもう百パー私が悪い。考えてみれば子供相手に虎をけしかけるなんて、とんでもないことをしてしまった。ちょっぴり反省。
「ぅ、んぅ……?」
ごろん、と寝返りをうって少女の目が開く。そして、その目をカッと開くと
「ま、魔女……っ!?」
私に向かって怯えたように仰け反った。
「そーです魔女です。びっくりさせちゃって、ごめんね」
申し訳なさそうに微笑むと少しだけ少女の強張った肩から力が抜けたように見える。肩までの茶色のおかっぱがよく似合う可愛い女の子だ。
「魔女さん……ここに住んでるの……?」
「うん。あ、領主公認だから安心して」
「ガルシア伯爵様の……でも、トラが」
「この子のこと?」
コトラを抱き上げて少女へと向ける。
「きゃあっ!」
少女の怯えた表情をみて、すぐにシュンと落ち込んだコトラ。気絶した少女をベッドの側から心配そうに見守っていたコトラだけに怖がられたままなのは可哀想だ。
「大丈夫よ。絶対噛んだり貴方を傷つけたりしないわ」
「ほんとう……?」
「ええ、本当よ」
「じゃあ……あの、触っても……いい?」
少女のその言葉に、コトラの瞳がきらきらと輝いた。そして私の腕の中のまま、頭だけをぐいっと少女へと押しつける。少女はその頭を恐る恐る撫でつけた。
「わぁ……ふわふわ……」
「かわいいでしょう?コトラっていうの」
「コトラちゃん……わたし、モカ。怖がってごめんね」
「ガゥ!」
仲直りとばかりにお互い頬擦りをしてにっこり。かわいい……。
「さあ、もう夕方よ。林を出たところまで送っていってあげるから、もう帰りなさい」
逃げ帰った少年二人が街に戻って助けを呼んでたら大変。誘拐犯になって今度こそジオンの牢屋行きだ。あの城の牢屋は頑丈そうだし、ふかふかの座布団は貸してもらえないだろう。
「うん……でも、また遊びにきてもいい?」
「いいわよ。またコトラと遊んであげて」
そう答えると少女、モカは嬉しそうに笑った。
・
・
・
翌日。サラマンダーの爆竹は、目の下に隈を携えてなんとか五十個作り上げることが出来た。
「ハッハッハ!そんで子供達から鬼婆だって怖がられたって?」
引き渡す時、ジオンに子供達とのやり取りを話すと突き抜けたように笑う。
「まぁ、子供達が元気なのは良い街の証拠だ」
「でも私まだぴちぴちの二十二歳なのに」
「は?マコ、おまえ二十二なのか?」
「そうだけど……」
「十七、八ぐらいだと思ってた。ちっせーし」
「……この世界の人が大きすぎるの。ジオンはいくつなの?」
「俺か?二十四だ」
二十四歳でこの大きなガルシア領地の領主か……。目の前で呑気に笑ってるけど、改めて考えるとすごい事だ。
魔女様の本が教えてくれた世界地図。三つの大陸があり、その中で一番大きい大陸がハルク皇子が王太子を務めるこのルーカスタ王国だ。
他の国はそれぞれ海を隔てた向こうにあり、どこかの国を侵略するには海を渡らなきゃいけない。もちろん魔獣の棲む海の上をだ。なので、国家同士の戦争というのはこれまで一度も起きていない。
ルーカスタ王国の地図を見て驚いたのは、魔物の棲む場所が大陸の大半を占めていたこと。
北にある蛇神の海、南には神鳥の樹。東には龍神の滝があり、そしてその中でも一番広大な土地の西には、神獣の森がある。
東西南北、それぞれに主がおり決して主の怒りに触れないように魔物との共存を保って来た。
「誰に聞いてもジオンは優秀な領主だと聞くわ」
王宮の評判の悪さは街へ行く度、耳にする。けど、ジオンのことを悪く言う人間は双子くらいしか思い当たらない。
「……なら、いいけどな」
そう言って私に答えたジオンの表情。少しだけ疲れて見えた。
街には色んな人がいる。良い人も悪い人も。ジオンは私なんかより街のことを知っている。きっと私が考えているよりも、大変な仕事なんだと思う。
「でも最近は魔物の方にかかりっきりで、なかなか街の問題には……あ、そうだ」
何かを閃いたように、こちらを見る。そして相変わらずハンサムな顔でにっこり笑った。
「いいこと、考えた」
短い付き合いだが、わかる。ジオンのいい事、それが私にとって大概よくない事だと。




