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13.ガルシア辺境伯爵


「おまえが、魔女か」


 男の登場で賑やかだった場の空気が一瞬にして変わる。思わず私は、ごくり。息を呑んだ。


「セオ、レオ。」

「「こいつが言いました!」」


 素早く椅子から起立し、互いに罪を擦りつける双子に男は大きく溜息をつく。


(この人が、ガルシア辺境伯……)


 想像していたよりもずっと若く見える。私より少し上ぐらい。なによりイケメンというより、ハンサムという言葉がとてもよく似合う美丈夫だ。漏れ出る色気に当てられたのか、思わず見惚れてしまっていたことに気づき慌てて首を振った。


「お前らが最近入り浸ってるって噂を聞いてな。興味が湧いてお忍びで俺も見に来たんだ」

「いや、全然忍べてないですし」

「バッカレオ!ジオン様がわざわざ忍んでいらっしゃらなくても!」

「そ、そう!俺たちが魔女さんにお願いして」


 あの脳筋な双子が彼に対してペコペコ下手に出ている。よっぽど怖いようだ。男は切長の目を私へと向けると、にやりと口角を上げる。


「お前ら双子は本当に馬鹿だが、たまーにとんでもなく良い仕事をしてくれる」

「えっ!?あ!壁の修繕のことですか!?」

「そりゃもう、あんなん俺らの手に掛かればチョチョイのチョイ!ですよ!」


 何を言う。疲れたやら、もう無理やら言って人んちの庭で寝てたくせに。それに男が言った良い仕事とは、きっと森に隠れていた私を見つけたことだろう。

 褒められてご機嫌な双子とは裏腹に、私は凍ったようにその場から動けない。


「ところで、調査チームはもう収集がかかっている筈だが?」

「「ひっ!」」

「お前らは、一体ここで何をしているんだ」

「「す、すぐ行きますっ!!!」」


 ぎろりと睨んだ男から逃げるようにして双子は慌てて家から出て行く。ドタン、バタン!慌ただしい音が去ると、家の中は静まり返った。


「さて、と」


 この場に残されたのは、私。そして木箱の中で呑気に眠るコトラと、びびって隠れているクロウ。男は家の中を見回すと、笑った。


「この廃墟に人が住み始めたなんてな。こんなに近くにいて気づかないなんて俺も相当抜けている」


 双子がいなくなって空いた椅子に腰掛ける。未だ張り詰めた空気の中、その椅子は私の椅子であって決して来客用ではないと言える程の強心臓を私は持ち合わせていない。


「俺はジオン・ガルシア。ここの領主であり、おまえのご近所さんだ。よろしくな」

「……はい。私は、マコと申します」

「そうか、マコ。挨拶に来るのが遅れてすまないが、壁に穴が開いたり魔物が出たりで忙しくてな。俺のところに来るはずだった異世界人のことすら追ってる暇もなかった」

「そ、そうですか……」

「なあ、おまえ。その異世界人について何か知らないか?」


 にっこりと笑って、私を見る。

   絶対に知っている顔だ。全て分かった上で聞いてるのは明白だった。


「ただ、異世界人といっても特異を持っているだけの人間だ。放っておいたところで害もなく、これといって興味もない。そう思っていたが……、」


 男が椅子から立ち上がると、私は思わず一歩後ろに足を引いた。やはり背が高く、百九十はありそうだ。男は、私へと歩み寄る。そしてーー、


「おまえに少しだけ興味が湧いた」


 私の顎を指先で上げ、じっと見下ろす。金色の瞳に射抜かれるように、抵抗すらできない。私から溢れたのは、


「ひぇ……」


 なんとも間抜けな声だった。


(こ、こんな、ハンサムに至近距離で見つめられるなんて、息が、息が……もうむりっ!)


 耳の端まで真っ赤になった私を見て、男は満足そうに笑う。ちょっと馬鹿にしてる顔だ。むっ、っと顔を歪ませると、また男は楽しげに笑みを浮かべた。


「だが、見逃してやらんこともない」

「え!ほんとうですか……!?」


 抵抗の意思ナシと見做されたのか私から離れると、長い足を組んでもう一度椅子に座り直した。


「ただし、条件がある」

「条件……?」

「この家には昔魔女が住んでいた。その魔女は我々にとって良い魔女で、対魔獣用の武器を提供してくれていたらしい。お前にそれが作れるか?」

「対魔獣用の武器……」

「それが出来るなら、お前を見逃してやろう」


 ……脅しだ、こんなの。


「で、出来ません。魔獣と一緒に暮らす私が魔獣を殺す武器なんて……つくれません」

「ハッ。一緒に暮らしてるってのは、この寝てるでけぇ白猫と、あそこに隠れているスピークビークか」


 白猫ではなく、本当は白虎なんだけど……。お気に入りのブランケットの中で鼻提灯膨らませて、ぐーすか寝ているのを見る限り、呑気な飼い猫に見えても仕方ない。

 クロウは、いつも見知らぬ人には出テケ攻撃する癖に、今回はだんまりを決め込んでいて賢いんだか、臆病なんだか。


「そうです。二匹とも私の大事な家族です」


 そんな二匹を見ている限り、魔獣が絶対的悪だとは思えない。私が作ったもので魔獣の命を奪ってしまうなんて、絶対に嫌だ。

 悲しむ二匹の顔を見るくらいなら、連行されて、牢屋に行った方がまだマシにすら思えた。


「何か勘違いしてるみたいだな。魔女が提供していたのは、魔獣を殺す武器じゃない。魔獣を追い払う為のものだ」

「追い払う……?」

「そうだ。このガルシア領は一応魔獣との共存を掲げている。必要とあれば討伐もするが、無闇矢鱈の殺生はしない。万が一、森の主の怒りを買ってしまえば滅びるのは我ら人間の方だからだ」


 魔獣との共存。そういえば、モヘジさんが言っていた。四方の辺境が魔獣との均衡を保っていると。

 それは、こうして魔と人とのバランスを彼ら兵士達が丁寧に護ってきたから壁の中で人は安全に暮らしている、ということなんだろう。


「だが最近、森の主の気が立っているのか怯えた魔獣達がこぞって壁に押し寄せて来ている。そうなってくると我々も討伐せざるを得ないんだ」

「成程」

「討伐となれば兵士達も無事では済まない」


 兵士達……双子のアホ面が頭に浮かぶ。出会ってまだ日が浅く、ほぼ迷惑しかかけられていないが、怪我をして欲しいとは思えない。

 むしろ、なんだかんだ私の生活を賑やかにしてくれる二人が来ないと思うと、やっぱり寂しい気持ちになる。


「魔獣を威嚇して追い払えるもの……」


 そう呟いた瞬間。パッと目の前に現れた本。慌てて隠そうとしたが、


「なんだ。なにか思いついたのか?」


 男の視線は私に向いていた。


(えっ、見えてないの……?)


 もしかして、この本。屋敷の主にしか見えないようになってるんじゃ……。見えていないとはいえ、変に思われないように横目でこっそり本を見る。


『魔女の探索道具〜道具を駆使して安全に探検しよう〜』


 書かれていたのは、サラマンダーの爆竹だった。対魔獣用であり、大きな音が鳴るだけの爆弾な為、攻撃ではなく威嚇として利用出来る。さすがお師匠様。今の注文にピッタリだった。


「えーっと、爆竹はどうですか?」

「爆竹?」

「はい。大きな音を出す爆弾で殺傷能力はありませんが、威嚇にはなると思います」

「なるほど。して、簡単に作れるのか?」

「材料は、竹筒と油紐、弾ける実と……サラマンダー?」

「サラマンダーか?」

「ええ。その魔物の尻尾が必要になります」

「分かった。壁の外に出るなら危険だ。双子をつけよう」

「え?」


 思わず聞き返した。なんか、とんでもない言葉が聞こえた気がして。そんな私にもう一度男は言った。


「行くんだろ。サラマンダーの洞窟へ」

「ま、待ってください、えと、ジオン……様……?」

「ハッ、お前は貴族でも何でもないだろう。楽に呼べ」

「えっと……じゃあ、ジオン。まさか、私が行くの?」

「他に誰が行くんだ。じゃ、明日の朝。双子を迎えに寄越すから準備しておけよ」


 そう言ってにっこり笑うと扉から出ていく後ろ姿を見て、呆然。まさか自分が双子の気持ちを理解できるようになる日が来るとは思ってもいなかった。


 

ブックマークありがとうございます(*´꒳`*)

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