「ざまぁ」の呪縛
4万字ちょい書きためておいた異世界恋愛のストックをまるまる消しましてね。
2人の関係を重視したストーリーにして、自然の情景、ほぐれていく心の機微をできるかぎり描写して、自分なりに楽しんで書いていたんですが、ふと、
「なろうでは「ざまぁ」がなければ読まれない」
「とにかく残虐に惨たらしく悪者を痛めつけろ」
「そうでなければ、出したところで読者の目に止まることすらない」
「時間をかけて書いたところで労力の無駄、そんなものはなろうにおいて価値がない」
魔が差した、という表現が適当でしょう。
その瞬間だけ、なにかが憑いた、のかもしれない。
そんな強迫観念めいたものが頭の中をぐるぐると巡って、胸の奥が真っ黒に塗り潰されて。
腹立たしいとも物悲しいとも、悔しいとか寂寥感とか、とにかくそういった負の感情がない交ぜになった、言い様のない鬱々とした気持ちになり、ほぼ衝動的に消しました。
ざまぁについては個人の好き嫌いの問題だから是非についてはとやかく言わないし、読む需要側と書く供給側が成り立っているからそれは別に構わない。
悪者が最後に痛い目を見る、というのはエンターテイメントの基本だから人気なのも分かる。
分かるけれども。
なろうでは「ざまぁ」を入れなければ、人なんか寄って来ない。
だってみんな──みんなというと主語が大雑把すぎるけれど──「ざまぁ」を見に来てるんだもの。
異世界恋愛、ハイファンタジー、現実恋愛、それらの上位にどんなタグを備えた小説が並んでいるか。
その感想欄で読者はどんな感情を発露しているか。
ただただ優しさで心が満たされる物語が書きたかった。
けどここで望まれるのは読者の嗜虐心や復讐心を満たす物語。
Web小説全体のレーベルカラーが広義の「ざまぁ」になりつつあるなか、いつ筆を折ろうかと、毎日そればかり考えている。