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6.婚家への道

 ケンドリック家の居城があるオルムステッドまで馬車で六日。

 クリスティアナはジリアンたちに付き従われて旅路を進め、今日中にはいよいよ目的地に到着というところまで来ていた。


「お衣装が合って良うございました」


 馬車の中で向かいあって座るジリアンが、クリスティアナを見て告げる。


 クリスティアナは妹のものである鮮やかな赤の衣装を着ていた。王城を後にする際、ジリアンたちは王妃の許可を得て、キャロラインの持ち物をいくつか持参してきたらしい。

 赤はイースデイル家の象徴の色であり、公式の場で身に着けることが許されるのは現在の王族だけだ。


「……わたしには、板についていないように思えるのだけど」

「そんなことはございません。レディング城に泊まらせていただいたおかげで、お支度が念入りにできて幸運でございました」


 レディング城はケンドリック領内にある城の一つである。

 王都を後にして以来、クリスティアナと一行はできる限り人目を避け、休憩や宿泊の際は市井の旅籠を利用していた。貴族の館や城を頼れば、王女の輿入れの旅だと明かさないわけにはいかないが、王都に近い土地の領主の中には、キャロラインの顔を見知っている者もいる。彼らに正体を見破られ、王城にいる父に知らされることを免れるために、ジリアンはクリスティアナを裕福な商家の娘と偽り、貴族階級の人間が現れそうな場所は避けて通っていた。

 しかし、ある程度の距離を稼いだら、ケンドリック家に王女が嫁ぐことを知らしめることも必要になってくる。そもそもの婚姻の目的がケンドリック領を懐柔することであるし、ケンドリック家の一族郎党以外にもクリスティアナの姿を記憶させておいたほうが、クリスティアナが王女であることに真実味が出てくる。

 そうして、ジリアンが旅の最後の宿泊地に選んだのが、レディング城だった。


「でも……意外だったわ。あんなに歓迎していただけるなんて」


 クリスティアナにとっては、自分を王女だと偽る最初の場であったし、ケンドリック領内の者は王家を恨んでいると思っていたので、レディング城に足を踏み入れた時は倒れそうなほど緊張していた。

 レディング城主は五十がらみの人の好さそうな男で、急に現れた王女を名乗る一行を出迎え、最上級であろう客室を提供してくれた。ジリアンら女官や護衛たちにも食事を振る舞い、使用人に命じて大きな浴槽まで準備してくれた。

 オルムステッド城にいよいよ赴く時を前にして、ジリアンたちはクリスティアナをすみずみまで洗い、時間をかけて着つけと髪結いを施すことができたのだった。


「レディング城はオルムステッドにもっとも近いですし、ケンドリック家には公国時代から忠誠を誓っているそうなのですが」


 クリスティアナの言葉を聞いて、ジリアンも思案顔になる。


 レディング城主は晩餐の席でこうも言っていた。自分はケンドリック家の旗下にある身だが、同時にイースデイル王家にも忠実である。オーウェン・ケンドリックが王家に反逆を企てた際も、これに加勢しようと思ったことはなく、そもそも計画の存在を知らなかった、知っていればオーウェンを諌めていただろうと。

 王家から来たクリスティアナを前にしての発言なので、そこは差し引いて考えなければならないが――


「ジリアン……どう思った?」

「偽りを申されているようには見えませんでしたが、レディング城の主が王家に忠実だからと言って、ケンドリック領のすべての城主がそうだとは限りません」

「……そうよね」

「それに、小領主や領民はともかく、ケンドリック家の方々は間違いなく反逆のことを知っていたはずです」


 ケンドリック家の者――つまり、キャロラインの婚約者であるナサニエル・ケンドリックは、処刑されたオーウェンの嫡男だ。王家への反乱という大それた計画を知らされていなかったとは考えづらいし、何より父親を殺されて恨みに思っていないはずがないだろう。

 身を包んでいる上質の生地が、体を強く締めつけてくるように感じる。


「……前ケンドリック公は、どうして乱を起こそうなどと思われたのかしら」

「イースデイル王家に取って代わろうとしたというお話ですね。マスグレイヴ旧王家の時代には、ケンドリック家はイースデイル家と同格の領主でしたから」


 だからジェロームもケンドリック家の強大さを無視できず、嫡男ナサニエルに家督を継がせることを許した。

 そのかわりに娘を嫁がせることで、娘婿として自分に仕えろと暗に伝えているのだ。前当主が世を去り、後を継いだ嫡男が若年であれば、娘を通してケンドリック家を手中に収められると考えたのだろう。


 気分が悪くなってきた。自分にそんな役割がこなせるとは思えない。

 まして、本当の名前と身分を隠して、異母妹として振る舞わなければならないなんて。


「オルムステッド城に着いたら……わたしはなんて呼ばれるの?」

「ご婚儀がお済みになれば、奥方さまと。それ以前は、わたしどもは王女殿下とお呼びいたします」


 ジリアンは淡々と答えたが、クリスティアナの顔を見て、かすかに表情を和らげた。少なくとも、クリスティアナの目にはそう映った。


「お美しゅうございますよ。婿君も家臣たちも、ご婦人への礼節は持ちあわせているはず。彼らを跪かせるおつもりで、堂々となさってください」


 堂々とできる自信などない。生家にいた時でさえ、いつも親きょうだいの顔色を窺って過ごしていたというのに。

 けれども、ジリアンの控えめな気遣いは嬉しかった。背を伸ばし、顔を上げて、クリスティアナはうなずいた。

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