第1話 俺、奴隷と契約しました その1
夢を見た。
奴隷の証である首輪を付けた物凄く綺麗で気品ある女性を、奴隷市場で見かけて衝動的に契約してしまった夢だ。
……おかしな話だ。俺、エリックはとあることで有名な冒険者なんだ。奴隷と契約したなんて皆に知られたらとんでもないことになるかもしれない。
そうさ、昨日お酒を少し飲みすぎたから、それのせいで頭の悪い夢を見てしまったんだ。
ハハ、もうそろそろ頭も冴えてきた頃だろうし、目を覚ますとしよう。そして、起きてすぐに冷たい水で顔を洗ってスッキリするんだ。
思考が回り始め、日の明るさがまぶたを通り越して俺の眼球へと届き、周囲の音を拾えるようになってきた。
「……グスン……グスン……」
すると、なにやら俺の顔の上から女性の泣き声が聞こえてくる。
……何故か分からないが、俺の頭が目を覚ますなと警鐘を鳴らし始める。
(おかしいな。俺は一人暮らしのはず。昨日、何かあったのか……?)
思い出そうとするが……夜からの記憶がない。友人と酒を飲みに行ったところまでは覚えているんだが、その後の記憶は完全に抜け落ちていた。
「グスン……グスン……うえぇえん」
あの夜、何があったんだろうかと思い出そうとするが、あまりにもわざとらしい泣き声が気になりすぎて何も思い出せない。普通、泣く時って『うわーーーん』とか「うぅぅぅ……」とか、そんな感じじゃなかろうか?
(なんだよ、「うえぇえん」って。思いっきり棒読みだったし、絶対にウソ泣きだろ。今すぐ目を起き上がってツッコみてぇ……)
そんな俺だったが、未だに起きようと決心することが出来ないでいた。というのも、非常にまずい予感--さっきの夢が現実だったのでは? という感じがしたからである。
俺が生きるこの世界では、奴隷の存在や彼らの売買自体は珍しくないし、国からも正式に認められている。昔は、劣悪な環境で命尽きるまでこき使われるというのが奴隷の実情だったが、現在ではそういうことは一切ない。
というのも、奴隷を購入するには結構合格率の低い国家試験を合格し、ライセンスを取得しないといけないというハードルが設けられたために、奴隷へのあたりがキツかった悪徳業者などは壊滅。優良な業者や契約者だけの市場となり、労働環境が大幅に改善されたのだ。
また、人権なども国によってきちんと保障されるようになり、今では普通に働いたり冒険者をするよりも、奴隷になって契約者に契約された方が良い人生を送れる、なんて言われることも多いのだ。最近では、『奴隷』という名称を変えてはどうか? という機運も高まっているらしい。
で、なんでそんな奴隷と契約したことがまずい、と俺の場合なるのか。それは、さっきも言ったように俺がとあることで有名な冒険者であることと密接に関係している。
実力? まあ、そこそこだ。
権力? まあ、それもそこそこだ。
俺が有名なのはそういうことではない。
俺は……《《戦闘中に女性を発情させる男》》ということで有名になったのだ。
『カッコいい姿を見て興奮する』とかそういう話ではない。『発情』と言ったように、俺がユニークスキルというものを使って戦っていると、女性がエッチな気分になってしまうのだ。
もう一度言おう。俺は女の人を発情させてしまう。それも大事な大事な戦闘中に。
想像してみて欲しい。女性がいるパーティーで俺が戦った時のことを。
想像通り、それはもう大変だった。あの時は、回復役が女性だったのだが、俺がユニークスキルを発動して戦闘を開始した途端、突然発情しだして、自慰を戦場でし始めたのだ。
パーティーには俺の他にもう一人男が居たのだが……すっごいムンムンしながら敵と戦うはめになり危うく死にかけた、という誰も得しない出来事があった。
決してわざとやったわけじゃない。当時、俺は駆け出し冒険者で自分のユニークスキルのことをそこまで把握できていなかった。パーティーを組むにも基本的には男とだったし、そのパーティでは何も問題は起きていなかったのだ。まさかユニークスキルを使うと女性を発情させるなんて夢にも思っていなかった。
戦闘終了後、回復役の女性には誠心誠意謝り、許してもらえた。特に駆け出しのときは、ユニークスキルの全容を把握しきれていない場合が多々あることは知られおり、女性もハプニングは想定済みだったらしい。流石に発情させられたのは想定外だったと言われたが……。
その後は、こういう事故が起きないようパーティーを組むときは基本的に男と組んで魔物を討伐していたのだが、ある程度冒険者稼業をやっていると、魔物に襲われ危ない状況になっている男女混合のパーティーに遭遇することが多々ある。救えるなら救いたいというのが俺の基本方針なため、彼らに助太刀をするということをしていたのだが……その際、不可抗力ではあるが女性を発情させてしまっていた。
助太刀した彼ら彼女らには感謝され、発情のことに関しても謝れば『全然気にしていないですよ!』と笑顔で許して貰えていたのだ。
ただ、そんなことを何度も何度も繰り返していくうちに、俺は『ピンチのときに颯爽と現れ魔物を倒し、女性を発情させて消えていく男』として名が知れ渡ってしまったのだ。
いや、別に悪意があってそういう名を吹聴している訳ではないのだろう。その名を口に出している複数人に俺にどういうイメージを持っているのかと赤の他人のふりをして聞いても『彼に救われた人たちからは良い話しか聞かないし、ヒーローみたいな印象を持っているよ』と言われるだけだった。なので悪い印象は持たれていない……はず。
ただ、女性を発情させてしまうユニークスキル持ちの俺が、女性の奴隷と契約したなんて知れたら、変な思考の深掘りをされてせっかくの評判が崩れ去ってしまうかもしれない。まあ、俺の周りの冒険者はみんな優しいからそんなことにはならないのかもしれないが。
(というか、今までは赤の他人ということで、そういう場面を見てしまったとしてもなんとか興奮しないでいれたが、俺とある程度近しい関係になるであろう奴隷の女性が自慰なんてし始めたら……理性が吹き飛んで何かをやらかしかねん……)
やばいな、どうしようと不安になってアワアワしていた俺だったのだが、
「うえぇえん……うえぇえん……んー、まだ起きないのでしょうか? かれこれ一時間ほどずっと泣き真似をしていたのですが……なかなか難しいものですね」
顔の上からまた声が女性の声が聞こえてきた。
どうやら俺が狸寝入りを決め込んでいることには気がついていないらしい。
一時間以上泣き真似をしているのは流石にどうなんだ? と思ったが、泣き真似じゃない普通の彼女の声を聞いて、聞き覚えがある声、具体的に言うと夢で見かけた女性の声だと思った。どうやら、奴隷を買ったというのは現実だったらしい。
これからのことを思うと起きたくないのは山々だったが、今日は朝からソロでクエストを受けることになっていたので、それを本当に受けるにしてもキャンセルにしてもどのみちもう起きなければいけなかった。
ということで、俺は意を決して目を開ける。すると……そこには、やはり夢に出てきた美しく、そして気高いオーラを放っている女性が俺の顔の目の前にいた。
透明感はありながらもしっかりと血色がある肌に、色素が薄い人特有の茶色い髪、しかも手入れがしっかりとされているのか、長さはかなりのものなのにキラキラと光を美しく反射している。
奴隷の証である首輪はデザインが凝ったネックレス型になっており、おしゃれな感じで何かの宝石もついていた。服なども裕福なご令嬢が所持しているレベルで良い生地、センスの良いデザインだ。
(--えっ……なにこの女性……美しすぎません……? 俺の好みにどストライクなんだけど……。てか、こんなきれいな人が俺の家に来てくれたという事実だけで今後生きていけそうだわ……)
彼女に思わず見惚れていると、
「あっ! 起きてくださいましたか! その……寝起きということで大変申し上げにくいんですが……私、お腹と背中がくっついてしまうくらいお腹が減っていて……何か食べるものをいただけないでしょうか? できれば量は多めでお願いしたいです……。私、大食いらしいので……すみません!」
目の前の彼女がご飯を作ってくれないかと上目遣いで頼んできた。