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現在進行 鳥の国 4  作者: 蓮尾 純子
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しめくくり  2023年8月17日 記

しめくくり  2023年8月17日 記


 「鳥の国から」「現在進行 鳥の国 1~4」と計5本書き継いできたシリーズ。2009年4月の「リタイア」をラストとして、ひと区切りとなりました。

 これは坦々と書き綴った日々の記録―いわば日記 で、行徳野鳥観察舎と行徳鳥獣保護区のおいたちから、筆者がリタイアする2009年までのできごとを、行徳野鳥観察舎友の会(2021年からは「行徳自然ほごくらぶ」と改称)の会報等に書き綴った記事の再録です。

 シリーズ最初の「鳥の国から」では、1986年に行徳野鳥観察舎友の会が発行した「よみがえれ新浜」の「はじめの10年」と、同書に蓮尾嘉彪が書いた「野鳥病院の10年」を再録し、1975年12月1日から10年間の行徳野鳥観察舎の歩みを書きました。1979年に行徳野鳥観察舎友の会が発足し、会報「すずがも通信」を隔月に発行するようになってから、保護区のニュースや鳥の様子などを不定期に掲載し、後には「鳥の国から」というタイトルで連載しました。1996年4月の掲載分までです。

 このころトヨタ財団で行われていた研究コンクール「身近な環境をみつめよう」第4回に「よみがえれ新浜 水質浄化と水鳥の誘致」というタイトルで1986年5月から参加し、2年半の研究期間を経て、1989年に最優秀賞を獲得しました。この時の活動と、基金としていただいた2千万円という助成金から、現在の行徳鳥獣保護区と行徳野鳥観察舎友の会の基礎ができました。

 シリーズ第二作「現在進行 鳥の国 1」には、すずがも通信1996年4月号から2001年4月号までの記事を再録しています。この時期、保護区では「行徳内陸性湿地再整備事業・第一期・第二期」が行われ、いくつもの池が造成されて、保護区の地形はあらかた現在の姿になりました。草刈りをはじめとした各種の管理作業がこの時期におおむね定着し、千葉県からの委託で市川市が担当していた業務を、NPO法人となった行徳野鳥観察舎友の会が直接受託することになりました。なにごとも初めてのことばかりで、チャレンジまたチャレンジ。ダイナミックな時期です。

 シリーズ第三作「現在進行 鳥の国 2」では、2001年4月から2003年11月までのできごとを綴っています。行徳組が6名も参加した中国西湖での国際シンポジウムや、子ダヌキが6頭も入所して嘉彪が専業保父さんになったり、とあれやこれや。作業は「思い切って」という方針が、いよいよせっぱつまって「何も考えずに」へと転換。

 シリーズ第四作「現在進行 鳥の国 3」は、2004年2月から2006年12月までの再録です。隔月刊の「すずがも通信」ではニュースが間に合わず、石亀明さんが立ち上げてくださった新浜メーリングリストに投稿していた「日々のお仕事ニュース」からの記事が中心に。2004年5月28日に入所した下半身不随のハクビシン「おしんお嬢様」の動向も毎回記事に。おしんお嬢様は2023年現在はスタッフの鈴木陽子さんのご自宅で、あいかわらず人に馴れない生活を続けています。

 シリーズ第五作「現在進行 鳥の国 4」では、アスベスト除去のための全面休館・3度にわたるお引越しの苦い経験や、お餅つきもやった「しんはま収穫祭」等々。出会いや別れも多々。それにしても、ぜんぶ読もうとすると長いですね。

 

 今日は2023年8月17日。6月から延々と続いている猛暑のさなかです。世界各地で頻発している深刻な山火事や異常気象。温暖化への不可逆なスイッチが既に押されてしまったのでしょうか。戦後生まれの私の世代は、その責任を感じずにはおられません。しかし、どうやったら償いができるのか。

 このシリーズでは、失われた干潟や湿地という環境再生の取り組みをずっと書き綴ってきました。遷移して行く自然の歩みを攪乱し、ある状態にとどめようとする努力、時には「リセット」などという物騒なことばが当てはまるような「草の大虐殺」まで続けた努力は何なのか。何か意味があることなのか、絶えず疑問がつきまといます。

 それでも2023年5月末の夕方、久々に参加した夕暮れ観察会で保護区に入った時に、いなくなってから何十年もたつ湿地の鳥、ヒクイナの声が数カ所で聞かれました。彼らにとっては、ここ2,3年で、保護区の環境がようやく安住できるものに育ったのです。

 それでいいのだ、と無条件には喜べず、安心もできません。それでも、立てた目標への努力の結果として、うれしかったです。諦めることなく、見果てぬ夢を追ってゆきたい……それが何らかの償いになるのかしら。



 リタイア後数年にわたって、その時々の近況などを「身辺雑記帳」というタイトルで隔月刊の「すずがも通信」に連載させていただきました。これからしばらく、「小説家になろう」の場をお借りして「花鳥風猫」というタイトルで連載させていただくつもりです。

 そもそも、どうして新浜しんはまにかかわるようになったのか。野鳥観察舎ができるはるか以前(と言っても1964年からですけれど)の経緯を、「ちば環境ネットワーク ニュースレター」へ、同文を数号遅れで千葉県野鳥の会会報「房総の鳥」に連載させていただいています。こちらは66回を過ぎ、ようやく1996年のできごとにたどりつきましたが、まだしばらく続きそうです。

 自分が経験したことをそのまま書き綴っただけのシリーズですが、どなたかに勇気や元気をもらっていただければ、うれしいです。みなさま、ながらくありがとうございました。


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