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現在進行 鳥の国 4  作者: 蓮尾 純子
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嘉彪逝去

嘉彪逝去


 2008年1月24日未明のことです。トイレに起きてきた嘉彪が、突然ばったりと倒れました。「どうしたの、どうしたの」「バランスがとれないんだ」

 思えばこの時、救急車を呼ぶべきだったのですが、その時は私も嘉彪も、これが重大な異変であるとは思ってもいませんでした。数年前の脳梗塞で、ことばの混乱や意欲の減退はあったものの、他には特に障害はなく、その病状が少し進んだのかな、という程度の意識でした。トイレを手伝っただけで嘉彪はまたふとんに戻り、私は当時の習慣でこたつで仕事を続けました。

 この日はかかりつけの医院のお休みの日でした。また夜は日本橋で新浜倶楽部の飲み会の予定で、私は朝になるといつものように仕事に出ました。ひとくぎりついたところで様子を見に戻ると、嘉彪の体調はよくなっていませんでした。受け答えはまるでふつうで落ちついているのですが、バランスがとれずに姿勢が保てず、立つことも、ふつうに座ることもできません。翌日医院に行くという心づもりで、嘉彪は夜の集まりに私が行けると思っていました。 

 食欲もあってお昼はインスタントのたぬきそば、イチゴも食べましたが、やはりただごとではありません。午後も遅くなってから、とうとう救急車を呼ぶことにして嘉彪に納得してもらいました。「ピーポーピーポーで?」苦笑していましたが、あきらめたようです。

 葛南病院(今の東京ベイ浦安市川医療センター)に緊急入院し、手続きをして少し落ちついたところで、私はいったん自宅に戻りました。帰りがけ、週末に予定している「すずがも通信」の発送作業で、嘉彪が担当している会費納入の領収書ができているかどうか聞くと、まだできていないとのこと。「すみません」というのが嘉彪のさいごの言葉になってしまいました。

 徒歩なので30分ほどかけて家に帰り、新浜MLに現況報告を書いている途中で、電話が鳴りました。状態が急変したとのこと。息子のところに電話を入れて、再び病院へ。ちょうど心臓マッサージをしている最中に着きましたが、既に意識はなく、昏睡状態でした。心臓は動きを取り戻したものの、人工呼吸器が使われました。

 たしか翌朝になってから、治療方針について説明を受ける時に、「延命のための延命はしないでほしい。使えるものがあれば、臓器は使ってほしい」と、涙をこらえきれずにお話ししたことを覚えています。さすがに人工呼吸器を外してくれとまでは言えませんでした。

 嘉彪はこの状態で、26日午後まで存命しました。体は暖かく、ただ静かに眠っている感じでした。私は朝夕のタヌキの出し入れに自宅に戻るほかは、ほとんど付き添っていました。息子夫婦や弟夫婦も逢いにきてくれました。

 

 葬儀は家からいちばん近い合掌殿(今の家族葬専用「月のあかり」)で。遺体も病院からそのまま葬儀場に運んでもらいました。家からは5分もあれば行けるので、朝晩会いに。自宅へ戻さなくて申し訳ないとは思ったのですが、何につけても私自身がしゃんとしていなくては。そのためにはやむを得ない方法でした。はからずも、告別式に決まった29日は嘉彪の70歳の誕生日。誕生プレゼントに写真絵本の「猫なべ」と「ちょっと猫ぼけ」を買ってあったのですが、見せてあげられず。

 28日のお通夜は古くからの観察舎の常連さんたちのクラス会のような集まりになりました。嘉彪も喜んでくれたことでしょう。

 告別式の会場から浦安の斎場までの道のりは、昔ながらの御宮型の霊柩車で、観察舎前の道を一巡してもらいました。通過に合わせて達夫さんが餌をまいてくれて、たくさんのカモメたちが霊柩車を見送ることに。

 告別式当日の司会は川上正敬さんにお願いし、鈴木晃夫さんと奥様の佐由巳さんにお願いして、みなが好きな「カプリス」のケーキ、アントルメマロンを買ってきてもらいました。斎場で、来てくださった方々にケーキをおくばりし、「ハッピー・バースデイ」を歌っていただいたので、葬儀屋さんが、他のご葬儀の参列の方々に配慮して、大急ぎで仕切りを閉めておられました。

 

 持ち帰ったお骨は、葬儀屋さんが用意してくださった祭壇に安置するはずでしたが、猫4匹が同居する我が家ではなんともおさまりがよくないのです。あれこれ考えた末に玄関の下足箱の上にしました。葬儀屋さんが、玄関に置くなんて、とさいごまで気にされていたのですが、その方の目の前で、いたずら盛りのころくがとびついて、棚のおおいをひきずりおろしたのを見て、ようやく納得されました。玄関先だとちょっと来られた方がお線香をあげてくださるのにも楽なのです。長いこと玄関先に位牌や線香立て、お花といっしょにお骨が祭られていました。

 仕事帰りを含め、外から帰る私を玄関に迎えに出るオルカは、いつも私のうしろを気にしていました。嘉彪にとてもよくなついていたので、嘉彪がいつ帰ってくるのかと気にしていたに違いありません。オルカはこの年の12月、満15歳で嘉彪の後を追うように旅立ちました。


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