沖縄ツァー はらはらどきどき 失敗コレクション その2
真夜中の干潟歩き 3月3日~4日
大潮の最大干潮は25:07とのこと。交流会の後、昼と同じコースで泡瀬干潟の中へ。海中を歩くたびに夜光虫の青い光がきらめき、海藻に手を入れると、美しいウミホタルも光ります。3月はじめですが、水は冷たくはなく、寒いという感じではありません。
中洲まで行ってみたかったので、中途からは大阪南港の高田さんといっしょに先頭を切ってじゃぼじゃぼ歩いていました。あと2カ月もすると、コアジサシが繁殖のために訪れるとのこと。2ⅿ以上も干潟面から立ち上がっている中洲。ヤギとなんとか、で、すぐ高いところに上がりたがる。上がったら先端まで行ってみたくなりました。後続部隊が中洲に着くまでは10分以上はかかるだろうし、中洲の長さは1㎞はないはず。よしっ。
結局先端まで歩いたのは私と西方さんのふたりだけ。潮に浸らない部分は2カ所ほど曲がりながら、300ⅿほど延び、その先は次第に低くなって干潟に続いています。7~800ⅿ先に埋立工事のためシートのようなもので仕切られたところにつきました。干潟はその先まだ目地の届く限り広がっています。帰り道は大急ぎ。サンゴ砂の上でかけらに足をひっかけて2回もばったり転びました。みなさんを10分以上もお待たせしてしまった。ごめんなさいっ。
真夜中の干潟歩き・その後も……
夜光虫・ウミボタル・群雲の合間に見え隠れする満月・不思議な中洲・埋立現場・シギの声・具だくさんのお味噌汁・真夜中の観察会とのすれ違い等々、十二分以上に堪能した潟歩き。急坂を登った上の「東京第一ホテル」はひろびろとした和室で6人くらいは楽々泊まれそう。窓側には次の間つきで、別々に使えるお風呂とトイレと洗面所もあって、これで1室1万2千円(朝食1千円)は安い!それにしても、前回「りんけんバンド」ファンクラブの集いで来た2泊3日を含め、沖縄のホテル泊で午前様でなかったことは1回もないなあ。
行徳組の年少女性スタッフ3人と、各地年長おばさん組3人+コーディネーターの村田朋子さん(本来は年少組)4人がそれぞれの部屋へ。鈴木裕子さんの泡盛をもらってさっさと寝るはずが、結局吉野川の井口利枝子さんと6時前まで話し込んでしまいました。8時ごろ起床された村田さんと一緒に朝食を。いやあ眠い!
居眠り、ごめんなさい 3月4日
この日は生まれて初めてのマングローブ体験。やわらかい泥干潟はなめらかで、黒ずんだところも臭気もまったくありません。大浦湾の堂々たるオキナワアナジャコ塚(ここでJAWANの柏木さんはなんと携帯電話を干潟に落とされた!)と口元が角張ったミナミトビハゼに感動しました。
行徳スタッフ組以外の方々はここで帰路に、スタッフ組はさらに北上してやんばるを目指します。途中のひるぎ公園のシオマネキたちに感動して(あこがれのハクセンシオマネキ、大きな大きなまっ白なハサミは右が大きいのも、左が大きいのも。ご本体は意外にちっちゃい)、その上やんばるの宿舎「楚州あさひの丘」(廃校になった小中学校を改装した宿舎)から聞かれたヤンバルクイナの声になおも感動して、案内してくださった金城道男さんについて行く車の中から見た鳥、黒い体を立てて、嘴は長くて赤くて、何、あれ、ヤンバルクイナじゃないの、と仰天して、睡眠2時間の身にはずっしりこたえる連続感動体験。おまけにおいしい夕食。その後の金城さんのレクチャーでは、学生時代と同じく、最前列で間欠的に寝ていました。とんちんかんな質問で達夫さんがはらはら。金城さん、ごめんなさい。
ところが、行徳組とは共通部分が多かったせいか、あれこれ出る質問を含め、金城さんパワー全開!諦めて机に突っ伏して寝ていた野長瀬にいさんだけでなくて、みんな眠かったと思うのですが、「中西せつ子さん(やんばる行の影の司令塔。「NPO法人どうぶつたちの病院」の設立者のおひとり)に、われわれの行動は頭を使って考えるんでなくて、脊髄反射、って言われましたよ」
堂々レクチャー3時間。かつて固有種の保護のために野猫を排除しようとして、環境庁(当時は)が動物愛護団体から激しく攻撃されたことが、猫を捕獲し避妊・去勢の上里親を探すという方策でみごとに沈静したこと、マングース等対策のためのシェルターのこと、どう計算してもヤンバルクイナはこのままでは25年以内に絶滅することになるので、これからは保護ばかりか増殖を重点等々、いくらでも聞きたいこと、(金城さんは)話したいことがありました。




