沖縄 泡瀬・やんばるツァー 2007年3月2日~3月5日
沖縄 泡瀬・やんばるツアー 2007年3月2日~3月5日
大阪南港ウェットランドグループの村田朋子さん、沖縄の山城正邦さんとのやりとりから、ぱっと決まった泡瀬干潟遠征ツアー。広い土地が必要だから干潟を埋め立てる、というわけでは必ずしもなくて、港等の造成のために浚渫して余った土砂の処理、埋立地は観光等の目的に供する、というのはなんとも納得しがたい理由です。山城さんとしては、みごとな干潟をともかくできるだけ多くの人に見てもらいたい、とのこと。干潟の体験はとても大事。それに、大潮の干潮時には歩いてゆけるという岸から2キロ近くも離れたところにあるサンゴ砂の島(初夏はコアジサシが繁殖)や、真夜中の夜光虫、ウミホタルの光も見てみたい。
観察舎スタッフ7名(佐藤達夫 野長瀬雅樹 鈴木陽子 岩崎加奈子 山本尚子 村上邦男 蓮尾純子)とインターンの南公一郎・板谷和城、計9名に、友の会の鈴木裕子さんと西方明雄さんで、行徳組だけで計11名。NPO大阪南港ウェットランドグループの村田朋子さんと高田博さん、JAWANの柏木実さん、藤前干潟を守る会の梅宮幸稔さん、吉野川の井口利枝子さん、そして「どうぶつたちの病院」の長嶺隆さん、金城道雄さん、地元泡瀬の山城正邦さん、桑江直哉さん等々、なぜかあちこちから錚々たるメンバーが集まって、時ならぬ干潟シンポジウムのような催しになりました。
コースをはじめ、宿の手配から泡瀬ツァーのしおりまで、燃える案内人こと村田朋子さんが大ノリにのりまくって準備。航空券やレンタカーの手配等々は行徳組の野長瀬さん、留守番組の山口まこちゃんたちにおんぶに抱っこ。運転は達夫さんと野長瀬さんが一切引き受け。私はただついて行っただけ。こんなにハードで、楽しくて、初体験ばかりのものすごいツァーになるとは思いもしませんでした。
この泡瀬ツァーではずみがついて、後に(私は参加していないのですが)、スタッフ中心に2度にわたるボルネオ旅行(田仲謙介さんのご案内)や、タイで開催されたアジアン・バード・フェスティバルへの参加(故重松圭三さんの肝煎り)などが次々に実現し、行徳スタッフも 国際的な催しに少しだけ慣れたようです。
野長瀬さんがまとめられた沖縄ツァーの行程は以下。
3月2日;那覇のホテル サン・シー集合
3月3日;糸満市米須海岸(たしか海中に淡水が湧き出していて、トラックで用水を汲みに来ていた方がいた)(白いクロサギを初めて見た) 保栄茂川河口 豊見城市三角池(達夫さんが数年前に標識をつけたクロツラヘラサギと再会) 空港南側の具志干潟を見た後、一路泡瀬へ お昼過ぎ到着 昼の干潟歩き 16時前に昼食 ホテルに戻る前に比屋根湿地へ(沖縄総合運動公園の一角から見る)。 数百羽のムナグロ(ハルチジュヤー)が群れる
高台の東京第一ホテルへ 夕食・交流後、高江洲公民館に移動して交流会 各地の情報をうかがい、行徳組は「ちごがに音頭」を披露 25時7分が干潮で、それに合わせて再度泡瀬干潟へ。ウミホタルや夜光虫の青白い美しい光をたんのうし、沖合の中洲へ。
3月4日;大浦湾のマングローブ林 ここで解散し行徳スタッフ組は更に北上 慶佐次のヒルギ林へ 楚州あさひの丘(廃校になった小中校を改造した宿泊施設)で泊
3月5日;朝食前付近を車で一巡 宿をたちヤンバルクイナ観察小屋 ヤンバルクイナ救命救急センター(移転した幼稚園を改造し保護育成、繁殖を試みている施設) 美ら海水族館 空港
帰路に




