ライバル会社
確かに、旅館の離れで、貸し切りお宿なんて……高そう。高級そう。
子連れの家族で1泊したら10万とか軽く飛びそう。老夫婦だとかラブラブ期のカップルだとか、金持ちだとか、人目を忍ぶ不倫カップルくらいしか使わなそう。
少なくとも、私には縁がなさそう。
そもそも東御ホテルって、ちょっと高くて、使ったことないんだよね。ビジネスホテルしか使ったことがない。とはいえ……。
なかなか旅行にすら行けてないんだけどね。友達と一緒になんてありえないし。優斗を連れて旅行も、数える程度しか行ってない。
資料をめくると、確かに旅館の離れとして、和風の建物ではあるものの、必要以上に過剰な装飾はされていない。割とシンプルな部屋だ。
家族風呂として美しい景色を見ながら入れる露天風呂はなく、普通のホテルにあるようなトイレと風呂。和室は8畳ほどの部屋が1室のみ。
囲炉裏を囲む部屋がついているだとか凝ったコンセプトルームは一切なし。
逆に、外見だけは和風の建物だけれど、中は洋室で、畳も床の間もない物もある。
「ほれ、食事なしプランで、建物の目の前でバーベキューができる施設がついてる離れもあるだろう?旅館のいいところと、キャンプ場のいいところをミックスした新しい宿を目指すんだと」
ふぅーん。
資料をペラペラめくりながら、首をかしげる。
ターゲットは、ファミリーだけなのだろうか。
竹林の小道を通ってとか、庭に鹿威しがとか、高級旅館の離れっぽさも要所要所に見える。
キャンプをさらに豪華にお手軽にしたグランピングの、さらに豪華版?
高齢者にもキャンプ気分を気軽に味わってもらえるようにっていう方向なの?
それともファミリー層にも気軽に旅館を楽しんでもらおうっていう方向なの?
「本館の施工会社はすでに決まってるんだよ、あとは、20棟の離れ。その仕事が採れるかどうかだ。東御グループの仕事が取れて結果を残せば、これから新しく旅館を立てるたびに声がかかるかもしれないからな」
うわー。なんか結構重要な案件だった。責任重大じゃない。
……緊張するよ。
まぁでも私は言われた資料配布と、PC操作をすればいいんだよね。
東御ホテルグループの中でも、都内一等地に立つ、セレブ御用達の高級ホテルに到着した。
部長が駐車場に車を止めると、ちょうど隣に1台の車が止まり、中から3人のスーツ姿の男性が下りてきた。
「おや、二棲建築さん、今日はずいぶん別嬪さんを連れてきていますねぇ」
車から降りてきた50前後の細身の男が私の顔をじろりと見た。
「府網建築の、木頭専務……あなたが今日は……?」
部長が男性に言葉を返した。府網建築の木頭専務さんというのか。府網建築さんは専務さんが社員二人を連れて出てくるのに、うちは部長で、しかも素人の私と2人。大丈夫かしら。
「タイプの違う女性を連れてきても、東御社長はなびかないと思いますよ?もう、この仕事はほぼうち、府網建築で決まりですからねぇ」
そうか。この仕事は、府網建築とうち、二棲建築の二社で争っているのか。そういえば、最終候補の2つに残ったみたいなこと言っていたけれど。府網建築が相手かぁ。確か、うちは4連敗してましたよねぇ。
部長がぐっと言葉に詰まって何も言い返せないでいる。
明らかに馬鹿にしたような表情で府網建築の木頭専務がニヤニヤと笑っている。