コテージ、バンガロー、テント、ホテル、んんん
左手の薬指には、マリッジリング。若くてお金もなかったから、プラチナっぽく見えるステンレス製の銀色の指輪。
シングルマザーで独身。
はめている理由も、ずっと亡くなった真君のことを思い続けているからというわけではない。
恋愛するつもりはないと。ただそれだけの意思表明みたいなものかな。
特に、働き始めたころは優斗も小さくて仕事を覚えるのも大変で、生活に余裕がなくて。それでも若かったから「ご飯どうですか」とか誘ってくれる人もいて。「子供が家で待っているんで」って答えると変な顔をされて。説明にも疲れて。
20代前半で子持ちって確かに珍しいから仕方がないんだけど。
マリッジリングをしていれば、そのわずらわしさから解放された。それ以来、ずっとつけている。
本当は……2つ並べると、私の指輪だけが傷が増えていくのが辛くて、ずっと一緒にしまっておきたかったんだけれど……。
「おお、そうだった、そだった。深山くんは、お母さんだったな」
お母さんは女のうちにはいらないというような発言に、山崎さんが部長を睨み付ける。
本当に知らないうちに女性を馬鹿にした発言をしてしまう上司に、私もちょっと呆れはするけれど。悪気はなくて。むしろ、お母さんという存在は、特別なのだと思っているんだろうなぁと思う。
「うん、頼む。それで行こう。いいか、深山くん、結婚しているふりを続けてくれ。シングルだってことはばれないようにな。じゃぁ行こうか。すでに必要な物は準備してもらっている。移動する車の中ででも目を通してもらえるか」
「じゃぁ、山崎さん行ってくるね。えーっと、2件電話がかかってくる予定があったのだけれど、こちらの書類の赤ラインの部分の変更点を伝えてから後でFAXを送ってもらえますか?もう一つは、値下げ交渉の件で、やはり無理だったと。こちらに子細はあります」
と、事務所を離れる間にお願いすることを山崎さんに急いで伝えて、ロッカールームに鞄を取りに行ってから部長と再び合流。
社用車に乗り込む。運転手は部長。
とりあえず移動中に資料に目を通す。
「これって、東御ホテルグループが新しく始める旅館の?」
「そう、キャンプも流行りだし、バンガローのような小さな建物の集合体のような旅館。テントのような空間で、それぞれの部屋にトイレと眺めの良い家族風呂付」
ん?バンガローは確かにテントのような簡易宿泊施設だったと思う。ベットとかもないって。でも、トイレや風呂などの設備がついていれば、コテージと呼ばれるものじゃないかしら?
いえ、コテージだと簡易キッチンまでついていたりもするから、ロッジ?ああ、もうそうなると山小屋ね。旅館のイメージが全くなくなってしまう。
そもそも、コテージと旅館との違いって何かしら?
「観光地を楽しむために宿泊するための旅館ではなく、旅館での時間そのものを楽しめる旅館というコンセプトだ」
部長の話に耳を傾けながら資料を開いていく。
「中心に旅館の本館、2階建てで大浴場が2つ、食堂や売店のある建物が立つんですね。その南側と東側に、独立の個室となっている離れを、20棟……」
ん?
「部長、旅館で、小さな貸し切りの離れがある施設は、それほど珍しいものではないのでは?」
「だからコテージだよ。今までの旅館の離れなんて、高級宿のイメージしかないだろう?それを、ファミリーでもキャンプに行くように気楽に楽しめるリーズナブルな価格で繰り返し楽しめるようなものを……というらしい」
ああ、なるほど。
ちょこっと、どうでもいい話。
東御→深山→山崎→木頭→
名前が、しりとりです。




