形から
それから、育児と仕事の両立は大変だったけれど、化粧も服装も手を抜かずに”できる女”風を目指して頑張った。
10センチ、視線の高さがヒールの分変わるだけで、まるで世界が変わったようだった。
駅ですれ違いざまにぶつかられることが無くなった。
「ったくこれだから女は」って言われる回数も減った。
まぁその代わりに「あんなんじゃ嫁の貰い手なんてねぇぞ。可愛げがない」と陰口をたたかれるようになったけれど。
「はんっ、男探しに会社来てるんじゃないんだから、何相手にしてもらえると思ってんだか!麗華様があんたたちのような女性蔑視するクズ相手にするわけねぇだろっ!」
と、山崎麗華さんはべぇーっと舌をだしていた。
「部長、女嫌いならその辺の男性社員連れてけばいいんじゃないですか?別に女性である必要はないですよね?」
確かにそうだよね。
「いや、それが……東御グループのホテルの会議室で打ち合わせなんだよ……。あいつらの服装でホテルをうろうろされたくはないみたいで」
現場に出向くことも多いうちの社員は、作業着姿が普通だ。
部長も普段は作業着。きっと、相手が大手ホテルグループの東御でなければ作業着のままだろう。
いや、別に大手だからと言うわけではなく場所がホテルなため宿泊客への配慮が必要っていう話で。
作業着姿でうろつけば、なにか問題があって修繕修理でもしているかと勘繰られかねない。その点女性は事務員の制服姿だから、まぁよくも悪くも作業着姿の社員よりはましというわけか。
「で、営業についていって何をすればいいんですか?」
山崎さんの言葉に、部長がポケットからハンドタオルを取り出して額の汗をぬぐう。
「プレゼン資料を配ったり、PC操作をお願いしたい。あとは、メモだな」
ああ、それくらいならできそうだなと。
いろいろ質問されて答えないといけないなら営業の人間を連れて行った方がいい。下手にできそうな女風にしている分、本当にできそうだと思われていても困るのだ。
「ったく、東御の社長ってめんどくさそうですね……分かりました。私が行きますよ」
山崎さんが立ち上がった。
めんどくさい相手だと思って、自分が行くと言う。私が大変な目に会うんじゃないかと気を使ってくれたんだ。
入社後すぐのアドバイスもそうだけれど、山崎さんは姉御肌で面倒見がいい。
男性社員だって、みんな山崎さんのことを頼っているし、慕っている。何人か好意を寄せている人も知っている。
「あっ、やばっ」
立ち上がった山崎さんがあーっと声を上げて、振り返って足元を見た。
「やっちゃったわ」
視線の先は、伝線したストッキング。
「生足はさすがにないな、この年じゃぁ。替え、コンビニで買って替えるか……」
いつも助けてもらってるばかりじゃ駄目よね。
「私が行きます」
すくっと立ち上がる。
「え?深山、大丈夫?結構めんどくさそうな社長相手で、女ってだけで目の敵にするような奴なら、嫌味とか言われるかもよ?」
にこっとわらって、左手を見せる。
「大丈夫。相手が女嫌いになった理由が、結婚を迫るような女性にうんざりしてということだったら、ね?」