彼氏、彼女の事情
息子に、台本4冊と、スマホと歌の楽譜と、スケジュール表を渡された。
……うん、用意周到。息子って、こういう段取りも天才よね。
「はー、よかった実は、こそっと母さんのカラオケ録音して「歌ってみた」とか上げたり、母さんの日常の「おやすみ」とか「おはよう」とか声を録音してすでに動画作ってアップしてみたんだよね……。だから、この子の声はすでに母さん……で、登録者もそろそろ3万人……熱狂的ともいえるファンもすでに何人かいるんだよね」
優斗が何かつぶやきながら、体につけていた物とか外した。
「頑張って母さんに旅行させてあげたいんだ!」
キラキラと優斗が目を輝かせる。
「旅行?」
「あれ?なんか、初任給で親に旅行をプレゼントするとかって」
優斗の頭をがしっと両手でつかんでわしゃわしゃする。
「何言ってんの!初任給じゃないでしょうが、それはまだもっと先でしょ!バイト代みたいなもんよ。バイト代は自分の好きなことに使えばいいの!全部、自分のために使えばいいんだからね?」
わしゃわしゃわしゃ。
「ちょ、母さん僕は犬じゃないんだから、もふらないでって!」
わしゃわしゃわしゃ。
「もふってなんかないわよ。あー、あんたも小学生のころまでは柔らかくて触り心地のいい髪の毛だったんだけど。もうすっかりハリのあるしっかりした髪の毛になっちゃった……あー、さわり心地がいまいち」
わしゃわしゃ。
「もうっ、母さん……はぁー」
諦めたように、優斗がため息をついた。
「彼氏でも作って彼氏にやればいいのに……」
ふえ?
か、か、か、彼氏を?
「何を言ってるの優斗!母さんに彼氏なんてできるわけないじゃない、っていうか、作るつもりもないし、あ、別に優斗がいるからとかでなく、単に恋愛とか全然興味ないし、そ、それに、あー、もうっ!」
何を言い出すの!
びっくりして心臓止まるかと思った。
優斗の口から彼氏作ればなんて……あれ?もしかして、優斗に彼女が出来たりとかで……お母さんも作ればみたいな話?
え?うそ、優斗に彼女?
だって、オタクだよ?
いや、二次元彼女だとか二次元嫁だとか二次元妹だとか言うタイプだよ?
「ねぇ、オタクって、彼女とか作ると思う?あー、高校生とか大学生とかそういう年齢で」
次の日、会社。休憩時間に、同僚の山崎さんに尋ねた。
私と山崎さんは、会社の2大お局様と呼ばれている存在だ。同じ38歳で気も合う。
山崎さんは、独身で婚活中。40歳までには結婚したいと言っている。
私は夫はいないので独身と言えば独身だけれど、息子がいるし、もう結婚しようとは思っていない。
「えー、そりゃ、作る人は作るでしょう。漫画家とかだって結婚してるじゃん?」
ああ、そう言えば……。漫画家だってオタクな業界の人がみんな独身っていうわけじゃないもんね。げんしなんとかって漫画でも、大学のオタクサークルで何組もカップル……。
そういえば、カップルでコスプレしてイベント参加なんていう話も聞いたことがある。
そうか。ついに、息子にも彼女が……。
「ああ、漫画家もいいわねぇ。どっかにヒット作とばした漫画家との出会いが落ちてないかなぁ」
山崎さんがはぁーとため息を漏らす。
出会いがないかなぁは、いつものセリフだ。