あれ?
「いえ、約束の時間にはまだあります。私が早く着きすぎただけです。急がせてしまってむしろ申し訳ない」
部長と東御社長が挨拶を交わしている。
「では、私はここで」
まだ、タイムカードも押してないし、事務服に着替えてもいない。
「あ、いや、深山くんにも関係する話だ。このままいてくれ」
部長の言葉に動きが止まる。そんなぁ。せっかく部長がきたから、東御社長の相手から解放されると思ったのに。
緊張するんですよ。俳優のようなイケメンとの会話。
しかも、社長なんですよ?全然私と住む世界が違う人間なんですよ?
ノックの音がして、女子社員がお茶を運んできた。
お盆の上には、3つのカップ。部長から聞いたのか、初めから3人で話をする予定だったようだ。
「ありがとう、あとはやります」
お盆を受け取り、着席した東御社長と部長にお茶を出し、もう一つのカップもテーブルに置いて部長の隣に座る。東御社長の斜め前だ。
「実は、あれから社内会議で二棲建築さんの話を検討しましてね。今回、府網建築さんと二棲建築さんに半々に仕事をお願いしようという話にまとまったんですよ」
ガタンと音を立てて部長が席を立った。
「ほ、本当ですか?うちが、半分とはいえ、仕事を!」
「ええ。まぁ、まだ社内でいくつか話を詰めないといけない部分もあるんですが。車いすで不便な場所はベビーカーでも不便だという言葉は随分重かったですよ」
東御社長が私を見た。
「あはは、まぁ、うちの深山は、子育て経験があるだけではなく、福祉住環境コーディネーターの資格も持っていますからね」
部長がぽんっと私の肩をたたくと、なぜか東御社長がムッとする。
「女性社員に気軽に手を触れるものではないと思いますが」
もしかして、セクハラを容認している会社だと思われたのかな?
部長のこれは癖みたいなもので、むしろ、よくやったと褒めたたえるときの動作なんだけどな。世間での「肩をたたく」というのとは意味合いが違う。
私、部長に褒められてるって思って嬉しいくらいなんだけれど。そういうことをいちいち説明するのも変ですかね。
「ああ、お見苦しいところをお見せしてしまいました、ですが、東御ホテルグループでは、セクハラに対して厳しいということがよくわかりました。これでしたら、安心して深山くんを預けられるというものです」
は?
部長、私を預ける?
「なるほど、深山さんの肩に触れたのは、私の反応を確かめるためと、私が試されていたんですね」
東御社長がふっと表情を緩めた。
「いやいや、試すだなんて。そんな大それたこと……」
部長が慌てて額の汗をぬぐっている。
「あの、さっぱり話が分からないのですが……」
そもそも私がこの場にいる理由も分からないというのに……だって、設計した人間でもない。営業というわけでもない。
ただの事務員だ。昨日だって、急遽連れていかれただけの人間だ。
東御社長が私を見た。
美しい瞳が私をとらえる。いやいや、視線を逸らすわけにはいかないけれど、ちょっとオーラがまぶしい。
まるっきり私に気があるわけじゃないと分かっているのに、視線に射抜かれるようにドキドキするくらいには威力がある。




