公私
「深山さんをちょうど見かけたので、助かったよ」
という東御社長の言葉に、社員たちはハッと間違いに気が付き口をつぐんで、簡単な挨拶を東御社長にして去っていった。
「深山さんは、随分男性社員に人気があるんだね」
は?え?まさか、いろいろな男性に色気を振りまく、嫌いなタイプの女だとか思われた?
いやいや、いやいやいや。
「違いますよ。東御社長の車が立派なので、気になっただけですよ」
そして、私をからかいにきただけです。
なんだかんだと、10年以上の付き合いのある社員も多く、いろいろ心配してくれて声をかけてくれる人もいますけど。
「ふーん。そう?」
東御社長がにこにこと嬉しそうに小さく頷いた。車を褒められて悪い気はしないってところかな。
「どうぞ、こちらへ」
とりあえず、ずっと駐車場に立たせているわけには行かないし、そのまま案内役を続けることにした。
駐車場から出て来客用の入り口へと案内する。
まぁ、来客用と言っても社員も使いますけど。裏口は、倉庫側なので。
通勤してきた社員たちの目が一斉に東御社長に向いた。
特に女性社員の目は驚きに見開かれている。
そうですよね。まるでテレビの画面から抜け出てきたようなモデルのような男性が来たら、驚くよね。
普段、来客の対応をしている後輩の子がいたので、あとを任せようかと思って声をかける。
「花村さん、東御ホテルグループの東御社長です。会議室に」
と、そこまで話かけたところで急に花村さんの顔色が悪くなった。
いったい何?と思って視線の先を見ると東御社長がすごく冷ややかな顔で花村さんを見ていた。
ひぃっ。
そうだった。女嫌いだった。私とは普通に会話しているから、大丈夫なのかと思ったけれど……。独身の女性はやっぱりだめですか。
よほどひどい目にあったのだろうか。
「お茶を用意してくれる?私が案内するので」
任せるわけにはいかないと、会議室まで案内することにした。
「東御社長こちらです。あの、ところでどなたと約束を?すぐに呼んでまいりますので」
来客用の場所は会議室と打ち合わせ室がある。打ち合わせ室は、簡単な仕切りで区切られて何組も入れる部屋だ。
ふと、そう声をかけて疑問に思う。
あれ?会議ではなく打ち合わせ?あれ?
「あの、東御社長はおひとりでいらっしゃったんですか?後からどなたか見えますか?」
「一人だ」
そうなんだ。昨日の会議の様子だとワンマン社長で一人で何かを決めるようなことはなかった印象だけれど。
「いえ、その、君のことがどうしても忘れられなくて」
「え?私のこと?」
忘れられない?
「声が……」
声?
「もしかして、不便そうだと言ったことでしょうか?」
「いつもは、こんなことはないんだ。公私混同するようなこと。だけれど、どうしても混乱してしまって。自分の行動が止められずに……」
?公私混同?
まさか、社長としては、冷静に判断できるけれど、私的には女嫌いが発動して、私の発言が引っかかって仕方がなかったとか?
……まぁ、あれですよね。これだけかっこよければあまり女性が東御社長に何か意見をすることも少ないでしょうし。かなり気に障って……。
あれ?
道で声をかけられ、車に乗って話をしているときに、私に腹を立てているような感じは少しもしなかったけれど……。
「ああ、お待たせいたしました。東御社長、遅くなって申しわけありません」
部長が入ってきた。
ああ、部長との約束だったんだ。
あ、いまさらですが、
東御 とうみ
深山 みやま
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