案内係
「次の角を曲がると、白地に青い文字で二棲建築の看板が見えると思います。その向こう側が駐車場になっているので」
うちの会社は少し郊外にある。社用車を止めるための駐車場が必要だからな。現場に機材を運ぶための大きな車もある。
昔に比べて、現場にちょっとした機材や道具を置いておくだけで、盗難されるので毎日運ぶ必要があるため、人だけが現場に行けばいいわけじゃないのだ。
棟上げのときに使うようなクレーン車など特殊車両などは、クレーン会社などにその都度依頼しているためない。
ウインカーがカチカチと音を立て、見慣れた我が社の駐車場に、まるっきり見慣れない高級車が入っていく。
数人の社員がすでに駐車場にいた。
東御社長が、慣れた手つきでバックで車を止めるのを、ポカーンとして見ている。
「おかげで迷わず着けたよ、ありがとう」
シートベルトをはずしていると社長がこちらを見てお礼を述べた。
ずいぶん、まっすぐこちらを見るものだから、思わず焦ってシートベルトをはずす手がうまく動かない。
近いよ。こんな近くで、人が振り向いて注目するくらい、オーラを放ってる男性に見られるなんて、緊張しかない。
バクバクする心臓を悟られないように、笑顔を顔に張り付ける。
大丈夫。今の私は、できる女風、がっちりメイクで武装してるんだから。
「こちらこそ、こんなに座り心地のいいシートに座って出勤なんて贅沢ができました。ありがとうございます」
よし。無事にシートベルトも外せた。緊張も隠せた。
「また、送りましょうか」
「はぁ?」
いけない。驚きすぎて、巣が出ちゃった。
また送りましょうかって、言いましたか?
聞き間違い……ではないよね。
いや、これは社交辞令だ。会話のエッセンスに違いない。
しまったな。一瞬本気にして間抜けな声を出してしまった。
「帰り道も迷いそうなら、駅まで案内しますよ」
すっと落ち着きを取り戻して、何とか言葉を返した。
「贅沢ナビ」
東御社長が笑っている。
「社内への案内も致しましょうか?どなたとお約束でしょう?」
声をかけながら、ドアを開いて、外に出る。
いつまでも助手席と運転席なんて至近距離に居たら、また失態を犯しそうだ。
外に出たとたん、遠巻きに見ていた男性社員の何人かが近づいてきた。
「深山、お前、ついにいい人ができたのか?」
「朝から送ってもらうなんて、おあついことで」
「昨日はあれか?」
うっわー。めちゃ誤解されてるし、下品な詮索されてる!
「こほん、こほん」
慌てて東御社長に聞かれないようにドアを閉めて咳ばらいをする。
「東御グループの東御社長です。道案内を頼まれたので駅から案内してきました」
早口で、説明している間に、東御社長もドアを開けて車から出てきた。




