ガンダリム
って、私、ドアを開かれたからそのまますっと乗り込んだけれど……。
助手席だよ。助手席に座っちゃった。
いいの?独身男性の車の助手席なんて、恋人を乗せるためにあるんじゃ。
って、今更後ろに移りますっていうのもおかしいし。
「正直なところ、地図を見るのはあまり得意じゃなくて、道案内もしてくれると助かります」
隣で私と同じようにカチャリとシートベルトを締めた東御社長が笑った。
あ、ああ。そういう……。
「ナビなら任せてください。毎日通っている会社までなら目をつむっていても案内できますよ」
そういう理由だったんだ。
だから、私を見かけて声をかけたのか。
そして、助手席に座らせたのか。
道案内してほしかったんだ。確かに、駅から歩けば18分、車なら5分もかからない場所に会社はあるけれど、一方通行の道だとか、カーブしていて北へ進んでいるつもりがいつの間にか西に向かっているとか、ちょっとわかりにくいところもある。
「それは心強い」
東御社長が車のエンジンをかける。
ああ、キーを差し込まなくてもエンジンがかかる車だ。
エンジンがかかると、音楽が心地よい音量で流れ始める。
ん?
どこかで聞いたことのある曲。
何だったかなぁ。
あー、駄目。気になる。えっと、聞いたことがるのに、何だったか思い出せないのって、地味に気になる。
これが、東御社長じゃなければ「この曲なんでしたっけ?」って尋ねれば済むんだけど。
あ!思い出した!
「ガンダリム!」
しまった。思わず思い出してすっきりした勢いで口に出しちゃった。
慌ててハッと口をふさぐ。
「あ、え?えええ?あの?」
東御社長が大げさなくらい大きな声を出した。
そりゃ驚くよね。いきなりガンダリムって言う人間がいれば……。
「いえ、すいません、えっと……この曲、ガンダリムの映画の挿入歌だったんですよ。歌っている歌手の方が有名なので、あまり知っている人も少ないと思うんですが……」
東御社長が、信号待ちで止まっている間に、私の顔をまじまじと見ている。
「なぜ、それを……?」
東御社長が期待に満ちた目をしているように見える。
「息子がガンダリムが好きで、よく家で聞いていたので」
と、正直に答えると、ちょっとがっかりしたような顔を東御社長が見せた。
もしかして、車で聞くくらいだから、この歌手のファンなのかな……。それで、マイナーな情報も知っている私のことを、同じファンだと思って期待した?
……ごめんなさい。私、あまり歌手とか特定の推しがなくて。いい歌だなぁと思えば何でも聞くタイプなんです。
「そうですか、なるほど」
一瞬で東御社長は表情を戻した。
パッパーと、小さくクラクションを鳴らされる。
「おっと」
前を向けば信号がいつの間にか青に変わっていた。
「すいません、いつもはこんなことはないのですけど。深山さんが隣にいて話をしている状態に、慣れなくて」
そうなんだ。やっぱり普段は助手席に誰かを乗せることはないってことなのかな。
「いえ、あの、私こそ突然声を上げたりしてすいませんでした。ナビに徹しますね。300m先交差点を右です」
「あははは、ここナビ……なんという贅沢」
「え?」
「あー、会話も楽しめるナビなんて、贅沢だなと」
「そういっていただければ幸いです」
楽しそうに笑い声を上げて笑う東御社長。
どうやら、私、今のところ失礼なことして怒らせたということはないようです。ほっと息を吐きだす。
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社長、うっかり、カーステレオ、やばみ




