朝の挨拶
「あー、うん……いや、でもなぁ、頼んで何とかなるもんでもなぁ……」
「ん?何?何か頼みたいことあるの?」
「いや、何でもない!ごちそう様。あ、今日のメニューも録音して使っていい?お願い!」
は?
今日のメニュー?料理教室的なこと?料理動画も需要はあるだろうけれど?
首をかしげながら、最後の一口。コロッケを口に入れて、私もごちそう様。
手を合わせると、優斗が食器を重ねて流しに運んでくれる。自分の分は自分でと教えただけなのに、いつからか母さんの分も僕が運ぶよと、運んでくれるようになった。
いい子だ。自慢の息子だ。
次の日。お弁当の中身は、昨日作ったカレーのごろっとジャガイモ。冷凍食品のアスパラベーコン。卵焼きとプチトマト。それから鮭フレークのおにぎり。
「母さん、弁当のメニューを言って」
「は?」
優斗がスマホを構えている。録音?
「カレージャガイモ、アスパラベーコン、卵焼き、プチトマト、鮭ご飯」
朝の忙しい時間なので、会話もそこそこ言われるままお弁当の中身を口にする。
「はい、言ったわよ、さ、朝ご飯食べて。急いで、遅刻しちゃうよ」
バタバタと朝の準備をして一緒に家を出る。
「じゃぁ、いってらっしゃい」
優斗を玄関にカギをかけながら見送り、会社に向かう。電車や待ち時間には、優斗の作った曲をひたすら聞き続ける。
うーん、覚えられない。昔はもっと早く覚えられた気がするんだけどなぁ。
電車に乗ること20分。
降りてから徒歩18分で会社につく。
いつものようにピッと改札を出て、会社に向かって歩き出す。
ここからは、できる女モードだ。背筋を伸ばして、歩幅を広めに歩き始める。
優斗の作った歌、さびは一緒に口ずさめるくらい覚えてきた。
「……、さ、……さん、……」
覚えようとイヤホンから流れる音楽に集中していると、突然肩をつかまれた。
「ひゃぁっ!」
驚いて首をすくめる。
「あ、すいません、驚かせるつもりはなかったんですっ、そ、その、声をかけたんですが気が付かれなかったので……」
イヤホンをはずして振り返ると、そこには長身の男の姿。
「と、東御社長っ」
うわー。朝からとてつもなくいい男オーラを放っている。
通り過ぎる女性たちがちらちら見ているのが分かる。
その、気持ち、わかるよ。
通勤途中の「今日も仕事か」という気の抜けた様子や、疲れがにじみ出ていたり、不機嫌な空気をまとっている他の男性たちと全然違う。
なんで朝からそんなに完璧なのかというくらい、しゃっきりしている。整った顔立ち以上に、そのまとっている雰囲気がよりかっこよさを引き立てている。
「あ、いえ、その……イヤホンをしていたので、気が付きませんでした。失礼いたしました」
そういえば、なんか聞こえていたような気がする。それを、私は無視する形でずんずん歩いて行ってしまったってことだよね。
失礼なことしちゃった。
「おはようございます」
ミスをカバーしようと、まずは姿勢を正してはっきりとあいさつ。
「ここあちゃ……」
「はい?」
私ったら、イヤホンで音楽を聴きすぎて、まだ耳が外の音になれないのか、東御社長の言葉が聞き取りづらく、思わず聞き返してしまう。
「ごめんなさい、もう一度おっしゃっていただいても?」
社長がバッと顔を抑えて天を仰ぐ。
「ああ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……僕だけに朝の挨拶を……」
は?
私の空耳でなければヤバイと聞こえたんですが。
逃げてー!ストーカーよぉ!




