移動
いや、なんでそんなにじろじろ見られてるの?ちょっと生意気発言しちゃったから?
女ではなく、人として認識してくれた?うーん、分からない。
おっと、思わずにこっと笑って心の動揺をごまかそうとしてしまったけれど、東御社長に笑顔を向けるのは誘惑してると勘違いされて危険だったんだっけ。
「失礼いたします」
ぺこりと頭を下げて、部屋を退室。茉莉さんが、見送りしてくれるようで、エレベーターまで案内される。
帰りは、従業員用のエレベーターからそのまま地下駐車場に向かうことになる。
茉莉さんが先に乗り込み、スイッチを押して待っている。
そこに、府網建築の3人と私と部長が乗り込んだ。
「今回は二棲さんは考えてきましたね」
府網の専務が部長に話かけた。
「いかにも、東御社長が目を引くような女性を用意し、嫌悪感をあおりつつ、その実、きっちり仕事ができるという二面性を見せることで興味を引く」
なんだそれは。
全然違うけれどね。
嫌悪感をあおるってそもそも何にもメリットないよ。二面性もなにも、突然話を触れれなければ、見せる機会もなかっただろうし。
それに、私が言ったことは仕事ができるという話ではない。
子育てママの気持ちを口にしただけだ。
「こう見えても彼女は、大学は建築家を卒業していますし、福祉住環境コーディネーターの資格もある。有能社員ですからね」
ニヤニヤと勝ち誇ったように部長が笑った。
え?いや、うん。確かに間違ってはいないけれど、今は単なる事務員ですし、急遽連れてこられただけですし。話を盛りすぎでは?
茉莉さんが私をちらりと見た。
いやいや、有能じゃないですよ?
社用車に乗り込む。
運転席には部長。後部座席には私と荷物。
「いやぁー、深山くん、今回は本当に助かった。仕事がとれるか分からないが、首の皮がつながったよ」
「東御社長が聞く耳のある方でよかったです。私は、皆さんが考えてきたプランに不便だとダメ出しをしてしまったので……。下手すれば怒らせてしまう話でしたし」
そう。よく考えると、そうなのだ。
駄目だしをしたのだ。いくら素直な声を聴かせてほしいと言われたからと、良識のある社会人ならば、関係性ができている間柄ならともかく、初対面の取引相手に駄目だしなんてもってのほかだ。
正直にといわれても、駄目だしするにしても、褒めるのが基本。言うにしても遠回しに失礼のないように……が、大人の世界の空気だ。
「あはは、そうだな。だがあのまま黙っていても怒らせてしまっただろう」
確かに。声を聴かせてくれと、ずいぶん熱心に要求された。何もありませんでは済みそうもない感じだった。
「それに、もうすでにこちらの負けがほぼ確定してる状態だったし、今更だったろう。しかし、それが逆によかった」
部長が楽しそうに話をしている。
「移動で1時間はかかる。のんびりしてくれ」




