部長の提案
「よい提案をいただいた。社内で検討して、離れのいくつかに、ロフト付きの建物も導入できないか話し合おうと思う」
社長が一度この話を閉めるために口を開いた。そして、部長の顔を見る。
「二棲建築さんからも、何か思ったことがあれば伺いたい」
部長が、話を振られてぐいっと机の上でこぶしを握るのが見えた。
力を入れて握っているのか次第に手が血の気を失い白くなっていく。
これは、何も考えてなかったということかな。完全にうちの負けみたいですよ。
まぁ、4連敗が5連敗になって帰って行っても「仕方がなかった」で終わるんじゃないですかねぇ。部長のせいだと誰も責め立てやしませんよ。
やっぱり価格を抑えるために、柱を細くするべきだったんだと、誰かが唾を飛ばすくらいで。
「何棟か、グレードを上げませんか?玄関の床には国産の御影石、風呂はユニットバスではなく総檜風呂。それから、床柱には黒柿とまでは言いませんが、天然の絞り丸太あたりを用いませんか」
しぃーんと、静まり返る会議室。
府網建築がロフトを提案した時のような盛り上がりがない。
しばらくして、社員の一人が口を開いた。
「高級路線の東御グループの宿を利用してもらえばいいですよね。わざわざファミリー向けの施設に高級路線の離れを作る必要はないのでは」
はい。もっともでしょうね。
何もアイデアが出ずに、部長は自分の大好きな純和風建築の良さが目いっぱい詰まった建物を提案しただけだと思います。
「本物の良いものに触れてもらい、良さを知って、今度はもっと素敵な旅館に泊まりたいと思うようになるかもしれませんね」
と、社員の一人がフォローのような言葉を発してくれた。
それでもすぐに、別の社員が問題点を口にする。
「周りはファミリー客でしょう。静かな時間を求めていらした方は、走り回る子供の声などで嫌な気持ちになりはしないですかね?」
分からなくはない。けれど、逆に、子供の声を聴きたくて来る客もいるんじゃない?にぎやかなのが好きな人とか。
むしろそんなことでクレームを入れるような奴こそ、高級宿へ行けばいい。あ、そうか。だから20棟の中にわざわざ高級路線の宿を作らずすみ分けをきっちりしちゃおうっていうことか。
でもなぁ。
情緒あふれる、風情ある……四季折々の風景だの、澄み渡る清涼な風が吹く、竹林の小道だの……。高級路線っぽいものをふんだんに配置するんだよね?安価にそういうもの楽しみたいっていうファミリー層じゃない客も来るだろうし……それに、そもそもファミリー層ねぇ……。目の前でバーベキューができるとか、ロフトだとか、楽しい要素を詰め込んだとしても……。
あまり感触がよくない反応に、部長の手はさらに強く握りしめられている。
大丈夫ですよ。ちゃんと私は、帰ったら部長は頑張りました。ですが駄目でしたって伝えますから。
「確かにある程度のグレードわけはあってはいいかもしれないな。高級路線にはしないまでも、2部屋続きのゆったりした建物、少し広い風呂と。ファミリーの中でも2世帯や大家族も利用できるものがあってもいいかもしれない。いったん検討しよう」
部長が口にしたこととは全然違う話で検討するらしい。
東御社長の言葉で再び皆が口を閉じる。




