メイク
「顔が負けてない」
「部長、それ、厚化粧だっていう意味でしょうか?」
しっかりメイクはしている。
もともと垂れ目気味な顔の作りだけれど、釣り目の方が舐められないからと、釣り目に見えるようなメイク。目元の印象を変えるために、かなり目の周りは厚塗りだ。眉もかっちり角を作ってぼやかさずに書いている。
それから口紅も、リップやグロスでふんわりつやつやではなく、きっちり色のつく口紅を使い、紅筆でしっかり輪郭を描いている。
目も眉も口もはっきりきっぱり強めのメイクだ。
「ママ、仕事に行くときの顔怖い」
……と、無邪気な息子に言われたことを思い出す。あれは、山崎さんに指導を受けて1か月ほどたったころだっただろうか。
だから、家に帰るとすぐにメイクを落とすし、休みの日はまるっきり化粧はしない。
まぁ、優斗の言葉がなくても、疲れるしめんどくさいし化粧は仕事以外ではしたくないんだけどね。
コンタクトをはずした瞬間、ふはーって解放された気持ちになれるし。化粧を落とすと顔が呼吸を取り戻す感じもする。
「いや、いや、そういう意味じゃなくて、あれだ。あれだよ。セクハラだって言われるといけないからな。うん、それ以上は言えないが」
ごほんと部長が咳ばらいをした。
ああ、そういえば、府網建築の木頭専務に「容姿に関する発言はセクハラです」って言ったんだっけ。
まさか部長がそれを覚えていて気を遣うなんてねぇ。と、驚いて部長を見ると、照れくさそうに部長が笑った。
「いや、あれはすっきりしたよ。よく言ってくれた」
そうか。人のふり見て我がふり治せとはよく言ったものね。セクハラだと言われて押し黙った木頭専務の姿を見て、気を付けようと思い始めたってことよね。
「でも、なんでわざわざ東御グループのホテルの中でも、こんな超一流のホテルで打ち合わせなんですか?」
「ああ、このホテルの4階~8階はホテルじゃなくて東御グループの本社が入っているんだよ」
なんと。この豪華なホテルに客室じゃなくて会社を入れちゃうなんて、勿体ない。
「宿泊客の求めていることを肌で感じるために、社員たちがホテル内を見て回れるようになっているそうだ。我々が、社員用エレベーターでなく、表を通って会議室に通されるのも、同じ理由のようだよ。ホテルというものを肌で感じるためだそうだ」
肌で感じるって。
豪華だ、すごいってことを?
「ありがとう、とても快適だったわ。一生に一度、来てみたいと思っていたの」
老夫婦がフロントで支払いを済ませる様子が聞こえてきた。
顔を見ると、とても幸福そうだ。
ただ、寝る場所としてのホテルとは違うんだ……。
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