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15 笑う青年

コトコトと揺れる馬車に思わず出そうになる欠伸を噛み殺す。

隣に座るリュカに関しては、私の膝を枕にすっかり夢の世界に旅立っているが幼子に無理に起きていろという方が酷である。よく食べ、よく遊び、よく寝て大きく育ってほしい。

「ヒイロ様お疲れではございませんこと?休憩は大丈夫かしら?」

「あ、大丈夫です!お気遣いありがとうございます」

後方に設置された天蓋付の車両の小窓からルティナ嬢が労いの声をかけてくれたのでそれに反応する。

今日は彼女から近くの町までの送迎の依頼を受けて王都を出ているところだった。



リュカが誘拐された事件から数日、ガーブから受けた傷も癒え早々にきた仕事だったので即受理したのだ。

あの日、リュカの消息が消えた日の事情聴取を彼女にするも、私と離れた後いつの間にか眠っていて、その後のことは全く覚えていなかった。リュカを昏倒させるなど並大抵の者じゃできないだろう、もしくは何か怪しい魔法薬とか…。

色々な可能性が考えられたことから数日様子を見たのだが寧ろ私より元気だったので心配も杞憂に終わった。


集まっていた仮面の集団は貴族や裕福な商人等様々だったようで、一部は逃げたが大半は捕縛できたらしい。

王国自体が奴隷制度を採用していないことから、参加者には厳し罰が降るとレイヴンから聞かされた。

因みに私が突入した時に起きた爆発はハナを助けに来ていた王子達が起こしたそうだ。数刻遅れて王国騎士団と私が連絡したレイヴン等も突入する手筈となっていたらしいが、何よりレイヴンが早く来てくれて助かった。

ガーブとの戦闘の途中から記憶がなく、気絶させられていたであろう私はあのままでは死んでいたかもしれないのだから。きっと後から来たレイヴンが助けてくれたのだろう。



そして今まで止めてしまっていた依頼を再開させたのだが、偶然か必然か、待ち合わせ場所にいたのはルティナ嬢、ひとり。

淡い黒の日傘を差した彼女は最近学園で見かけていた制服姿ではなく落ち着いた紫色のワンピース。

その後ろには立派な箱馬車があった。

商業ギルドの依頼板(クエストボード)に割のいい送迎依頼で残っていたのでまさか彼女の出したものとは思わなかったが彼女も受理者が私たちと分かったからか顔を綻ばせた。


依頼内容は王都から馬車で数時間の町までの往復の送迎。

この町の街道は整備が行き届いており、魔物に襲われることのない安全な依頼となっている。

朝早くに出発した為か朝食を食べてリュカは早々と眠りにつき、私はルティナ嬢と他愛無い会話を続けていたので退屈することはなかった。




▽▽▽▽▽



片手を伸ばしてルティナ嬢が馬車から降車し易いようエスコートをする。

肌触りのいいシルクの手袋が私の指先に触れてふわりと彼女が降り立つ。その姿は正に異国の姫と言えよう容貌で魅入られそうだ。

馬車置き場まで石畳が続いており、町への入口は落ち着きのある趣となっていた。

「それじゃあヒイロ様。夕方、また町の門まで迎えに来て下さるかしら?」

「え。ここまででいいんですか?」

「ええ。ここからは案内がいるから大丈夫よ。ヒイロ様とリュカ様も町を見て回るといいわ」


くるりと踵を返した彼女は先に門を抜けて町へと入ってしまう。

予定より早く着いたと思ったが、彼女の待ち合わせより遅かったのかもしれない。悪いことをした。

馬車を小屋へと預け、門を潜る。

思った通り、町並みは花に溢れ道行く人の表情も穏やかで、過ごしやすい町なのだろうと思う。

しかし、

「急に暇になってしまった」



元々、ルティナ嬢に同行しようと考えていたのだが、それも無くなったとなると本当に町を散策するしかなくなってしまった。

「リュカはどうします?」

「んー、リュカまだ眠いからご主人の鞄で寝てるー」


そう言いながら小竜になると同時に肩から下げた鞄に体を滑り込ませ、すっぽりと中へと入る。

ものの数秒でスピョスピョと小さな寝息が聞こえてきたので寝かせてやることにした。

あてもなくウロウロと街を歩いていると小さな雑貨屋を見つける。


派手な装飾のない、素朴な佇まいは大きなこの町には何だか物足りなさを感じた。

それが逆に物珍しく、興味本位で扉を潜る。


「いらっしゃいませ」と中から中年の女性に声をかけられ、「中の物は自由にご覧下さいね」と続けられると女性はカウンターに座って本を読み始めた。

並ぶ小物に目をやる。

雑貨屋というだけあって文具や本など様々な物が並んでいる中、私はアクセサリーの列に目をやった。


いつだったか、シルバから魔石を埋め込んだモノは付加(エンチャント)の効果が得られると聞いた。

その効果は様々であるが中には相手の居場所が判るGPSのような付加がついたモノもあるらしい。


魔石が埋め込まれたモノならアクセサリー類が多く、私は最近、リュカにそういった身の危険を守る物を贈るために色々な店を回っていた。

高級アクセサリー店は高くてとても手が出せないが、レイヴン曰く、町の雑貨屋には掘り出し物があるそうだ。

ズラリと並んだ一点一点に目を通す。



どれも繊細な造りで、雑貨屋に置いているにしては良いものの様に感じた。

一つ一つを丁寧に見ていき、埋まる魔石の色でそれぞれプレゼントしたい人が思い浮かんだ。


蜂蜜色の髪飾りはリュカ、薄い紫色の指輪はレイヴン、乳白色のアンクルはシルバ…。

買うかどうかは別としてあげたい人が思い浮かぶのはなんだか楽しく感じた。

それらを手に取ってじっくりと眺めて小さく笑う。


ふと、ズラリと並ぶアクセサリーの端にそれを見つける。

赤色の小ぶりな魔石が嵌め込まれた銀のチェーンのペンダント。

派手なものではないにしろ、よく創り込まれており、手に取るとチェーンが軽く揺れて反射し、キラリと光る。


別に誰かへ贈る物としてではなくただ何となく色合いが綺麗で手に取ったペンダント。

紅の魔石が綺麗で手にしたが、自分が着けるには派手だろうか?

そう思いながら鏡の前に立ち、首元に当ててみようと顔をあげて肩を跳ねさせる。


私の背後に人が立っていたのだ。



背後に映った人物と目が合い、軽く微笑まれる。

金髪碧眼という正しく美青年という言葉が似合う彼は優しく笑ったつもりなのだろうが私は驚き、その場を飛び退いた。

その時、手に持っていたペンダントは宙を待って青年が軽くキャッチする。



「おっと」

「な、なんですか。貴方は」

「ごめんね。穴が空きそうなぐらいアクセサリーを熱心に眺めてる女の子がいたから気になって」



物腰柔らかに眉尻を下げて青年はまた笑う。

それにしても私の行動はそこまで奇怪だったのだろうか。

穴が空くほどとは…。

確かに長居していた自覚はあったが思わず顔に熱が集まる。



「綺麗なペンダントだね。君に似合いそうだ」

「…今までされたこと無いんですけど、ナンパというやつですか?」

「ふふ、そう受け取って貰っても構わないよ」



彼はそう言って今度は悪戯っぽく笑うとペンダントを私の手元に戻す。


その一挙一動が整っており、本当にお暇な貴族様ではないだろうか?

暇そうな私に声をかけたのなら納得がいく。

好青年風のの美青年に声をかけられれば世の女性は嬉しいものなのかもしれないが、世の厳しさを異世界転移という形で絶賛経験中の私は青年に対して不審者を見るような目で見てしまう。

私の視線が居心地が悪かったのか青年は困ったように眉尻を下げると続けた。



「ごめんね。だいぶ不審がってるみたいだね。本当にただ君が小さなアクセサリ一つで百面相してるのが可笑しくて声をかけただけ」

「…百面相」



この青年、天然なんだろうか。

誰が面白いだ、失礼な!とも思ったが純粋にそう思っている様な様子であった為、口には出さないでおいた。

「ふふ、ほら今もそうだ。ちょっと怒ったかな?」

ムッとしてしまったのが伝わったのか青年がまた可笑しそうに笑った。

人に言われたことはなかったが私は表情に出やすい方だったのだろうか。



「悪いようにはしないから。ね、ちょっとだけ付き合って」





▽▽▽▽▽



ふわふわのパンケーキにナイフを入れ、すかさずそれを口に放り込む。

じゅわりと沁み込んだベリーソースの味が舌に広がり、ふわふわの生地は溶けるように直ぐになくなった。

もきゅもきゅと更に一口、一口を食べ進める私の姿を目の前の青年は珈琲片手に微笑みながら眺めている。



「…あの、食べづらいのであんまり見ないで頂けますか」

「あ、ごめんね?あんまり美味しそうに見えるからつい」



私はこの男のナンパに乗った。

直感だったが、青年に全く引く気がないように思えたのだ。押し問答を続けるのも疲れるし、彼も数時間と約束を取り付けた上で乗ったのだ。

狭い町だし鞄の中にはリュカもいる。いざ何かあっても大丈夫だとやはり警戒は怠らなかったのだが連れて来られたのはお洒落なケーキ屋。拍子抜けである。

「僕の奢りだから好きなのを食べて」

そう言って青年は珈琲だけ頼み、私は店のオススメだというパンケーキセットを頼んだ。


普段はリュカがお菓子などの甘い物を好んでいるが私も人並み以上に甘味が好きな部類だった。

奢りと聞いて頼むのもはしたないかもしれないが、向こうは気にするなと言うので私も遠慮無く頼ませて貰ったのだ。

パクパクとパンケーキを食べる自分とニコニコとその様子を見る青年。

流石に居心地が悪い。


そういえば、甘い匂いがすればいつもは起きてくる筈のリュカは今日は随分と寝入っている。

大丈夫だろうかとそっと鞄を覗こうとした時、青年が口を開いた。



「美味しいかい?ここの店のパンケーキは近隣でも有名になる程のものなんだ」

「…確かにすごく美味しいです」

「ほんと?それなら僕も頼べば良かったかな」

「…珈琲だけですし、あまり甘味は食べないんですか?」

「よく見てるね。実はそうなんだ。普段から甘いものは食べないんだけど、君みたいに美味しそうに食べれるなら頼べば良かったよ」



少し気を遣って話を続ける。

彼の初めの誘いは強引だったが対応は丁寧で、世間話は尚も続く。青年はとても紳士的で社交的、話し易かった。


青年はどうやら冒険者稼業を営んでいるようでこの町までは様々な国を旅してきたそうだ。

出会った魔物の話、可笑しな依頼の話、不思議な迷宮(ダンジョン)の話。私がパンケーキを食べ終わってからも彼は色々聞かせてくれた。


不意に青年が席を立つ。



「そろそろ時間だ。…付き合ってくれてありがとう」

「いえ、思った以上に楽しい時間でした。こちらこそありがとうございました」

「ふふ、僕も楽しかったよ。お代ここに置いておくね」



金を置いて彼は席を立つ。

パンケーキ代にしては明らかに多すぎる金額に返そうと思って再度青年に視線を向けると喫茶店の扉を引いたまま、彼もまた私を見ていた。



「僕はセナ=レギオス。覚えておいて」



そういって青年、セナは最初のように柔らかく笑うと私が声をかける間もなく店を出て行ってしまった。




▽▽▽▽▽





コトコトとまた馬車が揺れる。


あの後直ぐに起きたリュカが喫茶店でご飯を食べ始め、支払いはまさかのセナの置いていった金額ほぼピッタリで収まった。

よく寝たからかは分からないがリュカは普段以上によく食べ、手持ち的に少し不安だったのだが結果的にリュカもセナに奢って貰う形で助かった。


その後は何事もなく、良く寝てよく食べたリュカが元気になり町を見て回る。

しかし、小さな町ながらセナには会えなかった。


集合の時間が迫り馬車に戻ってくると先にルティナ嬢が待機しているのに驚き、思いっきり謝り倒したのだがルティナ嬢は特に気にした様子ではない。

待ち合わせ相手との予定が早く片付いたようで先に戻って待機していたそうだ。

それでも、客を待たせる商売人とは如何なものかと思い、精一杯謝った。


早く出発できたこともあり、行きより少し遅いペースで馬車は揺れる。

茜色となった太陽が、あのペンダントを思い出させ、セナの顔が思い浮かんだ。




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