14 潜入
最後の場面転換で三人称で進みます。
混乱させてすいません。
リュカの消息が絶ってから2日。
満足な睡眠もとれないままに覚醒しきらない頭のままレイヴンの元を訪れる。
余程ひどい顔をしていたのか、彼は私の顔を見てギョッと目を見開く。
「おいおい、ヒイロ。お前また寝ずにチビのこと探してたな?隈が酷い。
無理にでも寝ないと体がもたないぞ」
「でも、リュカが…」
「チビはお前より丈夫な筈だから大丈夫だ。ったく」
レイヴンはまだぶつぶつ文句を述べながら私をソファへと通す。
私が座ると直ぐに蜂蜜が入ったホットミルクを持ってくる。
「子供じゃないんですけど。ブラックの方が…」
「黙って飲んどけ。疲労回復に持って来いの飲み物だぞ」
これはいつもリュカに出されるもので、私には珈琲だった筈なのだが注文は聞いてくれそうにない。
眠たくなりそうだが、渋々ミルクを口に含むと優しい味に寝不足からくる頭痛が少し止む。
「旨いだろ?」
「…はい」
「よし」
レイヴンはひとつ笑みを見せて私の前に腰かける。
自分には無糖の珈琲を入れたのだろう、一口飲むと話を始めた。
「取り敢えず、今回のチビの消失は裏の人攫いが関係しているとみて間違いないが俺のところには何も情報は入っていない。俺のところとは別の組織が動いてるんだろう」
「リュカ以外にも攫われた人が?」
「ああ。主に女、子供が多いみたいだな。ここ数日、王都内での行方不明者が増えている」
レイヴンも裏に属す人間であり、彼も奴隷市を取り仕切ることがあるが自身の身内には手を出さないそうだ。
王都の裏の中心人物でもある彼の目を掻い潜って大胆にも人攫いを行うこの謎の組織はかなり大きいものだというのが彼の見解だった。
「じゃあリュカをどうやって探せば…」
「俺の方でも手広く探ってるところだ。お前は少し休んでいざって時に備えてな」
トンと肩を押されソファに倒れる。
目元を手で隠され何事か彼が呟くと一気に眠気が襲ってきた。
ああ、寝たくないのに…。
ゆっくり瞼を開けて覚醒する。
レイヴンに眠りに誘われてからどれくらい時間が経ったのか。部屋に漏れる明かりはまだ日差しが差しているいるのだが時間が分からない。
ソファでそのまま寝かされていたようだったがレイヴンの姿はなく、私はかけられた毛布を畳んで戻すと彼のアジトを出た。
アテもなくアジトから路地裏に沿って道を通る。
日は出ているのに道は薄暗い。
どこ、どこ。リュカは…?
「――。」
聞こえたのは誰かの争う声か。
だがその声には聞き覚えがあった。
急ぎ足で声の方へと歩を進める。
「やめて!放して下さいッ!」
暗がりの先、聞こえてきたのは若い女性の声で、そぉっと覗き込むと想像通りの人物で。
黒いローブの集団に今まさに攫われようとしていたのはハナだった。
懸命に抵抗するが虚しく、口元を乱暴に塞がれたハナは何かの薬品でも使われたのか力なく体を沈める。
集団は手慣れたようにハナを縛り上げ、担ぐとどこかへと移動を始めた。
これは…話題の人攫い?レイヴンは今は活動していないと言っていたし、可能性は高い筈。
レイヴンに連絡するか悩んだが早々に移動し始めた集団に迷っている暇はなかった。
距離をとり、気づかれないように尾行する。
…下水道?
集団が下水道へ下るのを確認し、後へ続く。
路地より更に暗くなった下水道を進むので、どこに向かっているのか全く分からなくなった。
集団は止まることなく進み、目的地に着いたのか梯子を登っていく。
このまま続くのは流石にリスクが高く、時間を空ける。
今の内にレイヴンに知らせるために文を作り、鳥を象ったそれを飛ばす。
…本来ならレイヴンを待つのが正解だろうが、リュカが心配なのだ.
例え彼女が私より強い竜種であってもまだ世界に生まれた幼い子。心配で、心配でたまらなかった。
今のこの世界での私の唯一の家族。
ここにリュカがいるのかも分からないが、可能性は一つでも潰しておきたい。
答えは決まっていた。無策ではあるが、侵入あるのみだと。
双銃の弾を確認して一呼吸。
リュカ、どうか無事で。
▽▽▽▽▽
梯子を登った先は古びた教会の聖堂だった。
長椅子の殆どはボロボロで、中心にある筈の十字架も傷んでいる。
集団の姿はないが誰がこの場に戻ってくるかも分からないので素早く柱の陰へ。
どこか別の部屋へ移動できないかと聖堂を見渡すと古びた十字架の隣に壊れかけの扉を見つける。
建付けの悪いそれの先はどうやら地下へと続いているようで長い階段が見えた。
ヒューと風が流れ込み、音が反響する。
この扉の先はかなり深いと思われた。
怖い…でも、
「ッ行こう」
長い螺旋階段を降る、降る。
所々に松明が付いているが足元は心許なく踏み外せば大怪我では済まないだろう。
一歩一歩確実に降り、一番下へと辿り着く。
石で出来たアーチ状の門を潜り抜け、壁に沿って進む。
石の門を抜けてから人の気配が多く現れ始める。
自信の進む先からも誰かが向かってくる気配を感じ、隠れると案の定、黒のローブを羽織った数人が現れ、私には気付かずにすれ違う。
奴らが通り過ぎたのを確認し、更に奥へ。
闇雲に動いているのは理解しているがどこに向かえば、と焦り始めた時、どこからか歓声が聞こえた。
見えたのはまた石造りの門。扉はついておらず、門の入り口には真っ赤なカーテンが取り付けられていてそれらが風で揺らめく。
門に近づくほど歓声は大きくなり、私は気付かれないようにカーテンの先へと抜けた。
目下に広がるは明るく彩られた檀上と仮面をつけたドレスコードに身を包んだ男女。
壇上には黒いタキシードに身を包み、シルクハットを被った男が饒舌に話しながらくるくると回る。
「さあさあ紳士淑女の皆々様!お次は見目麗しい幼女の登場です!」
三日月の様に口元を歪めて笑うタキシードの男は舞台袖に登場を促すように手を伸ばす。
ガラガラと運ばれてきた大きな檻に私の目は釘付けになる。
大きな檻の中には気持ちよさそうに眠るリュカの姿があった。
いつものゴスロリワンピースを身に包み、一見怪我をしている様には見えない。
「ッ!」
思わず声をあげそうになるのを寸のところで止める。
ここはやはりレイヴンの管轄外の奴隷市のようでリュカを賭けた競りが始まった。
今飛び出せば捕まるのは目に見えているので飛び出したい気持ちを圧し留め、陰に溶け込むことに努める。
リュカの料金は跳ね上がっていき、最後には頭頂部の禿げたふくよかな男が買った。
男の周りには生気の抜けた虚ろな目をした少年少女が数名並んでいるのが見える。
確実にリュカを渡してはいけない人物であるというのは目に見えて分かった。
「商品は後程お渡しします。では、本日のメインといきましょう!」
タキシードの男の声で会場がヒートアップする。
男を証明が照らし、華やかな音楽が鳴り響く。
リュカの入った檻が脇に引いていくのを確認して、壁に沿って壇上へ近づく。
反対脇からはまた別の檻が登場してきているが最早知ったことではないのだ。
男の演説は続いた。
「本日のメイン!癒しの希少属性をその身に宿す、麗しの少女ーーー!」
声高らかに聞こえる男の声と会場で上がった爆発とどちらが先か。
客席から小さな爆発が生じ、それはパニックを生んだ。
好機とばかりに私はその様子を一瞥すると舞台袖へと飛び込む。
舞台袖には大小さまざまな檻が置かれており、中には女、子供から珍しい魔物等、さまざまに閉じ込められていた。
つい先ほど戻ってきていたリュカの檻は入り口から直ぐのところでローブの人物が戻しに来たで、その人物も外の状況に驚き、固まっている。
素早く腰の双銃を抜き、両足を打ち抜く。
悲鳴と共に崩れ落ちるそいつを檻から蹴り飛ばし、ガシャンと檻を掴んだ。
「リュカッ!」
声を張り上げて呼んだのに彼女は普段通りにむにゃむにゃ眠っている。まるで周りの喧騒など聞こえていない。
急がないと他のが来る…!
檻は頑丈な造りのようで、その出入口であろう錠前は鉄製のものが組み込まれている。映画の様に銃で撃つだけで錠前が壊れることを願って打ち抜いてみるがそれは壊れない。
舞台から爆発音と金属をぶつけ合う音が響く。
早く早くと焦る心とは裏腹に鍵は開かない。
「お探しのものはこちらで?」
かけられた声は確かに私に向けられていて。まるで耳元に直接声をかけられたと錯覚するほどねっとりとした声に反応し、双銃を振り向きながら打ち抜く。
前の依頼で命の危機を思い知った。先手必勝でも死人に口なし。
「お転婆なお嬢さんだ、クッ、クフ」
私の撃った弾は、先ほど私が足を打ち抜いて転がった黒ローブに当たる。
いや、故意に当てたのではなく“タキシードの男”が黒ローブを盾にしたからこそ奴に当たった。
目元だけを隠した仮面の下の口元は檀上で見せた様に三日月型に歪んでいる。
血を吐き出した黒ローブを床に捨て、タキシードの男は片手に檻の鍵と思われる鍵束を揺らす。
「全く。招待客ではない方が本日は多すぎる。今日はショーももう店仕舞いしないと」
「店仕舞いというなら、その鍵を渡して頂けませんかね?」
「それとこれとは別ですよ。なんせ、ここまで私のショーを滅茶苦茶にされて多少なりとも私、怒っていますので、クッフ」
奇妙な笑いを繰り返す男は右手を前に出し恭しく礼を取る。
「私、“終焉の観測者”がひとり、道化のガーブと申します。以後お見知りおきを」
またあげられた顔は変わらず張り付けた笑みが浮かんでいて、続けて奴の頭上に鍵束が投げられた。
それを目で追うのと奴の指が動いたのは同じ。
視界の端に捉えた動きを頭が認識するより本能から体が動き、その場から転がる。
「これを避けますか。存外に楽しめそうですね。クフックフ」
驚いたといった風に笑うガーブ。私が元々いた場所には何もないが、確かに何かが迫ってくる気がしたのだ。
クツクツ笑うガーブ更に指を動かせば、床に転がっていた黒ローブが何故か起き上がる。
私の弾丸で致命傷を負った筈のそれは起き上がれる程の力は残ってないと思っていたぼだが、それは真っすぐ私に向かって剣を構えてみせた。
「さぁ、私の部下が相手です。華麗に舞ってくださいね、くふ」
合図とばかりにガーブの腕が私に向けて振るわれると、黒ローブが肉迫してきた。
振り下ろされる剣を銃の1丁で受け止め、その腹に追撃とばかりに弾を撃ち込む。
それらは確実に腹を貫通するが、黒ローブの動きは止まらず、蹴りが飛んでくるので片腕でそれを受けるがその衝撃でその場を飛ばされる。
積み上げられた荷物に飛び込むが、体を丸めて受け身を取って直ぐに今度は魔力の弾を強出力で打ち込む。
今度は反動で黒ローブが吹き飛ぶが、直ぐに起き上がってきた。
どうなってる!?確実に死ぬほどの弾を浴びせたはず…!
身体は確かに穴だらけの筈なのに黒ローブは初めの様に倒れることはなくなり、どんどん人間味を無くしていっている様な気がする。
「クフクフ。私もいるんですよ?」
「っ!?」
しまったと思った時には遅く。私の肩を何かが切り裂く。
激痛と共に見据えた先にはガーブが笑っており、肩を見るがそこには何も見えない。
いや、血に濡れてそれが薄っすらと見える。
細い細い糸が私の血を滴らせて姿を見せていた。
できた裂傷が熱を持って焼けるように熱くなり、肩を押さえて膝を着きそうになる。
「ああ、いい色です!とても鮮やかな赤!美しい!綺麗だ!」
興奮したように体を押さえてクネクネするガーブ。
「美しいものを彩るのは赤と決まっている!貴方もそう思うでしょう?
…そういえば、あの幼女も大変美しかった」
ガーブの目が細められ、眠るリュカへと向く。
奴の腕が振るわれる。
やだ、やだ、やだ。
“私”じゃリュカを救えない。
だけど“私”が紅くなれば、“私”が染まれば…。
「―――。」
声が、聞こえた。
▽▽▽▽▽
見えない糸の先を全て弾丸で弾き飛ばしヒイロが檻の前に立つ。
まさか見えない糸を弾丸で弾いて進行方向を変えるとは思わなかったガーブは大きく目を見開き固まっていた。
「…ックフ、クフクフクフフ!まさかまさか止められるとは思いませんでした!
…っと、貴方、その瞳」
ガーブの興奮から一転、ヒイロの顔…瞳を見てまたその動きを止める。
深紅に染まったその瞳。
感情の見えない瞳はガーブを見ているようで見ていない。
ヒイロの瞳を見て、ガーブは感無量といったように叫びだす。
「なぁーんて美しいんでしょう!ああ、なんて綺麗な赤なんだ!まるで貴方に流れる血潮そのものを表現するかの様な紅!美しい麗しい羨ましい!私の人生の中でもこれほど美しい紅玉と出会ったのは初めてです!綺麗だ綺麗だ綺麗だ!その美しさ…私のものにしてしまいたい!」
興奮を隠すことのないガーブはヒイロの瞳を抜き取らんばかりに腕を伸ばしながら肉迫してきた。
きらりとガーブの身体から蜘蛛の巣を張るように瞬時に糸が張り巡らされ、それはヒイロを覆うように広がって迫ってきたが、ヒイロに慌てた様子はない。
ヒイロが片手を胸の前であげると黒影が収縮し、どこからか黒い本が姿を現す。
本は掌に収まると勝手に頁を捲り、目的の頁を開いたのか自然と止まる。
「『爆ぜろ』」
バチバチと空気中に雷と炎が巻き起こり、それらが向かってくる糸の全てを焼く。
それでもガーブの勢いは止まることはなく、ヒイロの面前に腕が迫ろうとした寸前、ヒイロは更に言葉を紡ぐ。
「『黒星』」
向かう拳の先に小さな点ができたと思うと瞬時に拳大の大きさに膨らむ。
ガーブと接触した瞬間、黒星は拳をズブリと飲み込み、終ぞアスモの手はヒイロに接触することはなく指先から腕までを飲み込んだ。
ガーブの絶叫が響き、迫っていた距離を空けガーブが膝をつき腕を…いや“欠損した右腕の付け根”を押さえる。
荒い息を必死に整えるガーブに追撃することはなく、ヒイロは冷めた目で彼を見下ろしていた。
「クッフフ、なるほど。黒の聖典の所有者は貴方でしたか。
いやー、ラファも人が悪い」
冷や汗を掻いているガーブだが、その笑いは止まることはない。
ヒイロは興味なさげではあるが、その様子から目を放すことはしなかった。
そして突如ガーブがその場を飛び退く。それまでガーブがいた場所から無数の黒い影が突き出て、今だ彼があの場にいたならば串刺しになっていたことだろう。
「おいおい、動いてんじゃねえよ。一思いに殺してやろうと気を揉んだのによ」
「おや、援軍ですか。残念、もっとダンスを楽しみたかったのに」
土煙の中から表用の装いのレイヴンが現れる。
ガーブのいうように増援とは本当なのだろう。外が騒がしくなっていた。
さも残念だとガーブは言うがその顔は変わらず笑っている。
「お前が今回の首謀者か?黙って捕まるってんなら悪いようにはしないぜ?」
「クフ、ご冗談を。本日は良縁を結べたのでこれにて私は失礼しますよ」
「戯言を。『捕縛』」
レイヴンの声に反応して影がガーブを追うが軽い動きでそれを避け続け、笑うガーブは思い出したかの様にズボンのポケットから鍵束を取り出すとそれをヒイロに向かって投げた。
ヒイロが持っていた筈の黒い本はレイヴンが現れた時点で既に跡形もなく消えており、ガーブが投げた鍵束は吸い込まれるようにヒイロの手元に収まる。
「ではまた会いましょう。紅玉の君」
また恭しく礼をしたかと思うと地面から黒い靄が現れ、ガーブを包んだかと思うと溶けるように消えた。
「チッ、逃げたか。ヒイロ悪いが、少し話を…」
話を続けながらレイヴンがヒイロの正面に回った時、彼女の瞳を見て驚く。
彼女の両肩をガッと掴んでその瞳を覗き込む。
「ヒイロ!ッ、その瞳…!」
レイヴンを見ているようで捉えていない瞳がゆっくりと閉じられ、また見開かれる。
その瞳の色は深紅ではなく、元のブラウンの瞳へと戻っていた。
「ん…、あれ?レイヴン」
「…戻ったか。さっきの、…いや、なんでもない」
ヒイロは自分の掌に収まっていた鍵束で檻を空けるとリュカの無事を確認する。
「むぅー?うにゅ?ごしゅじん?」
「もう、心配させすぎですッ!」
リュカを抱えると緩く覚醒し、まだ眠たそうにする様子など関係なしにぎゅっと抱きしめたヒイロをリュカは抱きしめ返す。
この微笑ましい雰囲気にいつもなら笑顔を向けるレイヴンだったが、あのヒイロの赤い瞳が彼の思考を捉えて離さなかった。