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12 学園討伐実習(2)

シルバ視点

さらさらと流れる髪を拭う。

落ち着き安心したように眠るヒイロは、周りの惨状など聞かなくてもいい。


ふと、背中と頭に軽い重み。

「ご主人、寝たの?」

「ああ、魔力の使い過ぎだな」

俺の上に不躾にものって来たのは彼女の相棒と自称する幼女、リュカだった。

心配そうにヒイロの顔を覗き込み、起こさないようにそっと隣に座る。

擦り傷だらけのヒイロは今回かなり無理をしただろう。俺があの馬鹿どもに気を取らせなければ…。

自然と拳に力が籠る。


3体の魔獣はそれぞれ、ヒイロとリュカのコンビ、俺が加勢に向かったハナ=アマギのチーム、そして単騎で戦ったルティナによって撃破されていた。


リュカにヒイロ隣に居るように告げ、重い腰をあげて広間の中心部に足を向ける。

各個撃破した筈の魔獣は不可解なことに死骸が残らず、その亡骸があった場所には小さな宝玉が残っているだけだった。


ヒイロが撃破した個体の宝玉を回収し、学生、ギルド員、それぞれ集まっている場所まで戻って現状を確認する。

奇跡的に死者はいない最早だがなかなかに悲惨な状況だ。ギルド員側には重傷者も多く、学生にも何名か怪我人がみられた。

「あらあら思ってたより被害が大きいわね?」

「しれっと俺の隣に立つな。同類だと思われる」

「釣れないこと仰らないで下さいな」

俺の隣に体を血に濡らした女、『鮮血の狂姫(きょうき)』の異名を持つルティナ=アルバス公爵令嬢が並び立つ。


恍惚とした表情を隠さず、自身の愛武器である鉄扇の血を自身に付着した血を拭き取りながら何かを捜すように辺りを見回した。

「ところで、ヒイロ様はどちらに?お怪我はないのかしら?」

「…特に急患といった様子ではない」

「そう、よかったわぁ」

コロコロと笑う彼女にただ違和感しか感じない。



ルティナ=アルバス公爵令嬢。

この王国を担う公爵家の娘にして、希代の天才魔術師と名高い才女である彼女。

『鮮血の狂姫』とは彼女の渾名である。

魔物の突然変異体がアルバス領で多量発生したとき、領地を守る騎士に混じり単身、その戦果に身を投じた彼女は誰よりも戦果を上げたそうだ。

魔物の血塗れになりながら、苦悶の表情もなく嬉々として舞う彼女のことを怖れた誰かがその名をつけたと聞いている。


婚約者は現在ハナ=アマギの取り巻きと化している王子殿下であるが、ルティナ自身、幼馴染みで婚約者でもある王子には毛ほどの興味もなく、最低限婚約者に見えるようには振舞っていると聞いた。

そんな、彼女が何かに、誰かに、興味を持って追いかけ回している姿など一度も見たことがないので違和感を感じのだ。

だから

「何故、ヒイロに構う」

しっかりとその視線を留め、問う。

「なに?嫉妬、かしら?」

余裕有りげに形の良い唇を歪める。

普段から穏やかに微笑む彼女にしては珍しい、ニヒルな笑み。

「話をすり替えるな」

「シルバ様は面白みがない殿方よね。

 私、楽しい子が好きよ。見てて飽きないもの。そして、彼女は特別」

「特別?」

「そう、特別に面白くて可愛らしくて、とても…良い匂いのする女の子」

うっとりとして想いを馳せるように遠くを見つめるルティナ。

その表情に背筋に冷たいものが伝う。


その視線がふ、と俺に向けられ細められる。

俺を見ているようで、見ていないその視線。


「気をつけて。シルバ様が大事に大事にしまっちゃわないと-ー-食べちゃうわよ」


カチャリ、と音がしてルティナの首筋に短刀を構える。

さして動揺した様子のないルティナは「ふふ」と笑うと「冗談よ」と言ってその場を離れていった。

全く思考の読めない女だとつくづく実感し、拳を握りなおすことで寒気を飛ばす。

踵を返し、周囲の確認に向かおうと思った時、一部で歓声が上がる声が聞こえた。


そこは負傷者が多く集められていた場所で、その中心からは淡い光が放たれている。

その集団に近づき、それを目にする。

明らかに重傷者と思われる男の手を握り、祈るようにその瞼を閉じるハナ=アマギ。2人を包むように薄い緑の光が包み込み、血が流れる男の傷がみるみる治っていくのだ。


世界には治癒魔法なるものがあると聞いていたが、まさかそれをこの女が使えるとは…。

薬草やポーションでもこれほどの回復力はない。

流石は“聖女様”といったところか。

男の治療が粗方完了したのか、ハナは額に若干汗を滲ませながら、その瞳を開けると周りを見渡す。

「重傷者を私のところへ!絶対に助けます!」

声を張り上げて周りに聞こえるように叫ぶと辺りが慌ただしく動き始める。





▽▽▽▽▽



ハナによる重傷者の治療が終わった。

負傷者は多数でていたが奇跡的に死者は出なかったことに広間に集まっていた者は皆、安心した表情を見せた。

治療が終わる頃合いを見計らったかのように広間の一部の壁が壊れ、それを確認したところ、どうやら迷宮の外へと続く通路となっていたようだ。

重傷者は減ったものの、軽傷者や情けなくも腰を抜かした者は少なからずおり、それらに手を貸して外に出ることとなり、俺はまだ目を覚まさないヒイロを背負う。

顔を見られなかった様子だった彼女のフードを深く被せ肩に頭を置かせることで見えないようにして、できる限りハナと距離を取る。


続く通路を抜けた先は、俺たちがスタートした地点である迷宮の入口へと出てこれた。

ギルド員の代表と生徒を代表して王子の班が入口に待機していた教師陣の説明へと向かう。


「おい、リュカ」

「んー、なに?ご主人起きた?」

「いや目を覚まさないから先に宿へ連れていけ。お前たちのチームの者にはうまく説明しておく」

「わかった!」

リュカは元気よく頷くと少し引きずるようにヒイロを背中と頭を使って背負い込む。

その小さな体で女性1人を軽々担ぎ上げる幼女は早々にその場を離れた。

教師の代表者が生徒は怪我のないものは早々に寮に戻るように指示を出し、大半の生徒がそれらに従い帰路につくのを見守り、俺は自分自身に風属性の認識疎外の魔法をかける。


さて、行くか…。




▽▽▽▽▽



先の道を通り、魔獣の現れた広間に戻った。

収納魔法のかけられたペンダントの亜空間から自身のローブを取り出し羽織ると中へと赴く。

中には数名の教師、他今回のギルド依頼を受けた代表者が集まって調査を進めていた。

その中の1人が俺に気付き、近づく。

「銀灰の魔導士様!まだギルドへは報告したばかりですのにお早いお付きで」

「ああ、偶然此度の事件を耳にしてな。俺も調査に協力したいんだが」

「それは助かります!現状の報告等は必要でしょうか?」

「結構だ。また不明点があればその都度聞かせてもらう」

もともと学生の討伐実習で年々使用されているような迷宮にあのような強力な魔獣が出現すること自体がおかしい。

突然変異ならまだしも、現時点では…

「人為的な線が強いよな」

「…クロウ」

いつもの様に口元だけに笑みを浮かべて(クロウ)は手を挙げる。


「暇してたら上に急ぎで此処行けって言われてなー。俺にはいつも急の依頼しか言ってこないとことか本当人使いが荒いよな」

「お前が正規の依頼を殆ど受けないからだろ」

「そうだっけかー?」

いつもの調子でクロウは軽く笑う。

「それより、こっち来てみろよ。いいもん見せてやんぜ」


クロウが自身の後ろに向けて親指を立てる。

どういう原理か知らないが、この男は呪術系統の魔法・魔術の感知が得意でこれらの発見も早いのだ。

癪だが、素直について行けばこの異変の原因究明も早くなるだろう。

奴について歩を進めると案内されたのは広間の中心地。だが、特にこれといった目印はない。

「おい、此処になにが」

「いいから見てろって」

得意げに笑ったクロウが地に手をつき、なにやら詠唱を唱えたあとに魔力を込めた。


「うわあぁぁぁ!」

広間内に叫び声が聞こえ、そちらに視線を向けると先の魔獣がどこからか姿を現していた。

これは…。

「地面に広域魔法陣が描かれてる。ご丁寧に地面の模様と見間違うような精巧な造りだな。

 流す魔力量によって魔力でできた使役する魔獣が召喚されるって仕組みだ」

「わざわざ召喚する必要が?」

「確証があったわけではないからな。実践して初めてわかった」

「…お前が呼び出したんだから制御できるのでは?」

「そういう機能はないみたいだな。召喚者関係なく無差別攻撃を繰り返す造りみたいだ」

「呑気に解説している場合か!詠んだなら最後まで処理しろ!」

「えー、めんどくせえなぁ」

大げさに溜息を吐きながらクロウが腰を上げる。

ポリポリと頭をかきながら正にやる気が無さげな彼は片手を魔獣に向けた。


「『固定・圧縮』」


短く詠唱を紡ぐ。それだけで、魔獣の身体に無数の影が絡みつき、それらはその身体の全てを包み込むとゴキゴキと骨の軋む音をさせながら小さくなり始めた。

「さあ、『影へと溶けろ』」

随分とちいさくなった影の球は水面に沈むように地面の影へと飲まれていった。

相変わらず此奴(クロウ)の影の魔法は素直に凄いと思う。

息をするように軽くこの男は自身の特殊属性を扱うのだ。敵に回すと厄介な相手だと、魔法を見せられる度に思わされる。


「あーだる。銀灰、悪いけど俺、もう帰るわ」

「まだ魔法陣を見つけただけだろう。設置者の調査もしっかり熟してから帰れ」

「幾ら魔法陣を調べても設置者は分からねえよ。かなり精巧な造りだし、解読は無理だ」

珍しく真剣な口調。呪術魔法に関してエキスパートであるクロウが告げるなら、魔法のエキスパートである王国師団の魔術団長に見せても同じかもしれない。

クロウはやることは終わったとばかりに踵を返す。

「じゃあな、俺は無駄に時間をかけることは嫌いだからな」

クロウは進めた足を止め、少しだけこちらを振り返る。

「一つだけ。俺もお前も知らないところで何かが動いてる。まあ、忠告だけはしといてやるよ」

それだけ告げて片手を挙げて男は姿を消した。



「銀灰の魔導士様、調査が終了次第、ギルドへ帰投するように指示が来ています」

「ああ、了解した」

これからの会議を予見し、溜息を吐く。


俺は必要なものさえ無事ならそれだけでいいのに、国とはそうはいかないようだ。


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